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ショートショートまとめ

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書いたショートショートをまとめてます。 結構面白いです。
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#小説

【ショートショート】行かないで

【ショートショート】行かないで

お題:行かないで

引き止めるには、少し遅かった。
もう決めたんだとハッキリと君は言った。
その表情は寂しさを微かに含んでいるように見えたが、ただ私がそう思っていたいだけかもしれないと思った。
駅のホームには私たちしかいない。
3月の風はまだ冷気を含んだまま、あっさり遠くへ去っていく。
こうして帰るのも、あと数回だけ。
利用者のほとんどいないこの駅は、私たちの通学のためだけに残されているらしい。

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【ショートショート】さよなら「爆音」

お題:さよならを言う前に

卒業までの数ヶ月くらいは、一緒に過ごせるものだと思っていた。
言いたいことを散々言って、勝ち逃げみたいにこの世から消えた君に、私はさよならもまだ言えていない。
君のおかげで私へのいじめはなくなったけど、代わりに君を失うと知っていたら、こんなことは願わなかった。
望んだ世界に君がいないなら、地獄の底でも君といた方が私は幸せだったけれど、君はそう思ってくれなかったんだろう。

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【毎週ショートショートnote】スナイパーの使い方

私は幼少期より、人を殺すための技術を叩き込まれた。
物心つく前に棄てられたので、本当の親は顔すら知らない。
代わりに私を育ててくれたのは、スラム街で偶然私を拾ってくれた男だった。
彼の職業は殺し屋で、私にその技術を教えてくれた。
金も知恵もないところで生きてきた私たちには、これしか生きるすべがなかった。

私が16の時、彼は殺された。
それからは代わりに仕事を継いでいる。
依頼料は一律3000万円

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【ショートショート】夏を奪った人

お題:夏

夏に潜む切なさの正体が知りたくて。
世界から夏を奪った男は最期にそんなことを言っていたらしい。
地軸が平行になった世界では、日本に夏は訪れない。
空気の循環が狂って、寒冷化しどの季節も少し寒い。
私は水着で浜辺に座り、かき氷を頬張る。

赤道付近の国や、極地に近い国が領土を奪うため戦争を始め、世界は狂乱の渦となった。
敗色濃厚の中、自国の管理機能すら働かなくなって、国内は思うがまま暴徒

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【ショートショート】繊細な花

お題:繊細な花

風が撫でれば花弁が落ちるほど繊細な花は、いつもショーケースの中にいる。
繊細な花は自分が閉じ込められている理由を知っているし、たまにショーケースを開けて水をくれる人が、自分を大切に扱ってくれているということも分かっていた。
彼は時間が来ると、ショーケースの小窓を開けて、水をくれる。
そして、今日の出来事や思ったことを繊細な花に教えてくれる。

繊細な花はその時間が好きだった。

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【ショートショート】好き嫌いのない子

お題:好き嫌い

好き嫌いはしちゃダメと教わってきたから、何も愛さないことに決めた。
そのうち愛されたいと思うことすら辞めて、昆虫のように気高く生きてきた。
だから、今更困るんだ。
こんな風に愛を伝えられたところで、僕にはやり方がわからない。

今週10回目になる林田仁花からの告白を断ると、教室中にブーイングが起きた。
イキんなボケチビ、いらねぇならウチがもらうぞ、引き出し糠床にしたろか、などと物

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【ショートショート】不死の薬は誰がために

(帝視点)
かぐや姫が月に帰って、一年が経った。彼女が最後に残した不死の薬が入った瓶をつまみ上げて、ため息をつく。外に目を向けると、月はあの夜よりも傾いて、放つ光も不安げに見える。辛いだけだと知っていながら、気が付くと見上げてしまう。届かないことは分かっているのに。
 たまにすべてが夢だったのではないかと思うときがある。それぐらいには、現実離れした体験だった。しかし、この激情がいつだってそれを否定

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【ショートショート】花嫁は奪われる

結婚式で花嫁を奪った。
俺と彼女は隠れて、一年付き合っていた。
彼女が結婚を嫌がっていることは知っていたので、勢いよく乗り込んで行った。
彼女は驚いた様子だったが、涙を流し着いてきてくれた。

あれから一年、俺達は結婚する。
荘厳な音楽の下、誓いのキスをしようとすると式場のドアが開いた。
見れば、俺が花嫁を奪った相手がそこにいた。
どういうつもりだと詰め寄ると、男は冷静な口調で言った。
「邪魔する

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【ショートショート】桜の木の下には

【ショートショート】桜の木の下には

お題:春爛漫

ここに来るのは、10年ぶりだ。
季節はうるさいくらいに春めいて、桜の花を爛漫に光らせる。
桜の元に集う群衆はどれも、陽光に勝るとも劣らない笑顔をさんざめかせ、馬鹿騒ぎをしている。
10年前に見たときはこれほど人が集まるような場所ではなかったけれど、随分と出世したものだ。
ここは山の深いところで、道路も通っていなかったのだが、観光の目玉にしようと目をつけた行政が、道路を開拓し、公園を

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【ショートショート】ハッピーエンドの書き方

【ショートショート】ハッピーエンドの書き方

お題:ハッピーエンド

叩いていたキーボードに額をぶつけて目が覚めた。
前方の時計を見上げると、既に朝の4時を指していた。
パソコンの画面を睨みつけて、物語を呪う。
何度書き直しても、ハッピーエンドにならない物語。

「これじゃダメです」

記憶の中の三橋さんが言う。
三橋さんは目鼻立ちのハッキリした美形で口調も丁寧、姿勢も常にバチッと決まった敏腕編集者なのだが、締切が迫ってくると、その眼差しは冷

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【ショートショート】かぐや姫が残した2

【ショートショート】かぐや姫が残した2

お題:過ぎ去った日々

語り終わる頃には、自然と涙が零れていた。

「すまないね。長話に付き合わせちゃって」

袖で拭って、隣を向いた。
月光で表情がうっすらと見える。
真剣だが少し困ったような表情。

「いえ、とても興味深い話でした。私と重なる部分もあって」

女官は名を夕凪といった。
夕凪は、先月ここに来たばかりだと言っていた。

「重なる?」

「はい。私、ここに来る時、家族を置いて来たんで

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【ショートショート】傘が透明だから

【ショートショート】傘が透明だから

書く習慣 お題「お気に入り」

「透明だけど、あなたの横顔が見えるから、これがお気に入りの傘なの」

莉嘉の身長は俺より15cmほど低い。
構内に続く道のアスファルトは既に濃く濡れて、所々水が溜まっている。
隙間を器用に跳ねながら、莉嘉は踊るような口調でそう言った。

「ただのビニ傘じゃん、壊れかけてるし」

俺が指摘すると、え、と動きが止まる。
傘の背中側の骨から露先が外れて、ベロンとめくれてい

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【ショートショート】花束に替えて

【ショートショート】花束に替えて

捨てられていた花束を拾った。捨てられている割には綺麗な姿だった。ゴミ捨て場にポンと置かれていた。仮に花弁がバラバラに散ってでもいたなら、まだ救いようがあったように思えた。

加害すらも与えられずに捨てられた花束からは、徹底的な贈り主への無関心が窺えた。おそらく贈り主はまだ、花束が捨てられたことさえ知らないだろう。

そうしてこれまで通り、伝え続けるのだ。昨日は花束に代えたそれを、花束以外の何かに変

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