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水平線上に浮かぶ海の月

試合で疲れ果てた妹と朝から部活動の準備で忙しかった両親の寝息が部屋に充満していた。リビングでは死人でも出たのかと思うほどシーンとしていて呼吸することを躊躇うほどの息苦しさを感じ、今すぐにも外に出たいという気持ちが僕の心を駆り立て僕は二階に上がりスマホを手に取るとなるべく音を立てないように急ぎ足で玄関ドアをこじ開けた。

ドアを開けた瞬間に外の心地の良い自由な風が玄関に流れ込んでくるのが分かった。これで、帰ってきたときのための準備は整い、やっとの思いで僕は安心して呼吸が出来るはずの夜へと繰り出した。

僕の家の近くには昼間はサーファーが集まることで有名で夏には花火大会が行われてる海岸がある。僕はそこを目指した。前方には月明かりに照らされた歩道橋とその上にはカップルと思われる影がぼやけて輝いていた。海岸に行くには歩道橋を渡るしかないので、僕は月明かりに隠れるようにして階段を上りカップルの惚気話に辟易としながら、今だけは先ほど手に入れた呼吸の仕方を忘れるようにして彼らを横切った。

歩道橋を抜けると目の前には広美しい砂浜と少し夜で色付けられた海が広がっていた。僕は砂浜の上で大きく息を吸い込んだ。海風が懐かしい潮の香りを僕の肺に届けてくれた。やっと呼吸が出来たような気がした。
辺りにはカップルも居ないし人っ子一人もいなかった。ここに佇むのはたった一人の僕のみだった。僕は、砂浜のかけらを靴に少しづつ入れながら無心で30分ほど歩き回った。ふと、ポッケからスマホを取り出し電源を付けると日をまたいでいた。次第に砂浜を吹く風は強くなっていき辺りを覆う潮のにおいは濃くなってきていた。

僕の足は一日の疲労によってパンパンになり自然と砂浜に腰を崩した。足を延ばして水平線の向こう側を呆然と眺めると、水面には月がゆらゆらと海中を漂う海月のように浮かんでいた。

それから、僕は毎秒形を変える海月に心を奪われるように見入ってしまい、次第に時間感覚が可笑しくなっていく体と本来の目的である呼吸の仕方も完璧に忘れ始めていることに恐怖感を覚えた僕はパンパンの足を奮い立たせて砂浜を蹴り飛ばし潮の匂いを振り払うようにして無我夢中で駆けだした。

息を止めた夜を掻い潜って僕は家の玄関ドアをノータイムでこじ開けた。

出かける前に入れておいた空気を吸い込んで、
騒がしくなった家の空気を吸い込み僕は本当の呼吸の仕方を手に入れた。

「ただいまー!」

「どこをほっつき歩いとったんか!!」

親には凄く怒られてしまったが、

なぜか僕は嬉しかった。

毎日マックポテト食べたいです