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よりぬき伝奇さん

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これまでこのnoteに掲載した記事のうち、特におすすめの作品に関するものについて、よりぬいています。
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天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

天野純希『吉野朝残党伝』 南朝の少年兵が見た戦いの真実

 南北朝合一後も吉野に潜み、足利幕府に対して戦いを繰り広げてきた吉野朝(南朝)残党。本作はその吉野朝残党にいわば少年兵として加わった多聞をはじめ、様々な人々の視点から足利義教期の混沌とした世界を描く物語であります。

 馬借の下人として幼い頃からこきつかわれてきた少年・多聞。大和の山中で荷を運ぶ最中に何者かの襲撃を受け、そのどさくさに襲ってきた主を殺した彼は、襲撃者を率いる後醍醐帝の後胤・玉川宮敦

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北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

北山猛邦『人魚姫 探偵グリムの手稿』 少年アンデルセンが挑む人魚姫後日譚の謎

 人間の王子を愛し、魔女の力で人間になったものの、想いは叶わず、儚く消えた人魚姫――誰もが知るアンデルセン童話「人魚姫」の後日譚として、人魚姫が愛した王子殺害事件の謎に少年時代のアンデルセン本人と人魚姫の姉、そしてグリム兄弟の末弟が挑む、奇想天外な物語です。

 父を亡くし憂鬱な日々を送る中、父の形見の人形を落としてしまった少年・ハンス。偶然知り合った画家を名乗る黒衣の青年・ルートヴィッヒと共に、

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森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利

森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利

<大河ドラマに便乗して本の紹介その1>
 今なお数多くの人を魅了する『源氏物語』。その物語の存在そのものを題材とする作品も決して少なくはありませんが、本作はその中でもユニークなものの一つでしょう。何しろ本作は、作者たる紫式部を探偵役とした――それも、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす――ミステリなのですから。

 本作は、二人の主人公を――藤原香子、すなわち紫式部と、彼女に仕える女房の阿手木

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岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?

岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?

<大河ドラマに便乗して本の紹介その2>
 源氏物語のいわゆる「宇治十帖」、光源氏の子・薫大将とその親友・匂の宮を巡る物語には続編が、それも奇怪な連続殺人を描く物語があった――そんな奇想天外な着想で、しかも作者たる紫式部と、清少納言を探偵役として描かれる、時代ミステリの古典にして名品です。

 紫式部が描いた宇治十帖――それは、理想的すぎる人物として光源氏を描いてしまった反省から、より人間的な存在と

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阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

阪口和久『小説落第忍者乱太郎 ドクタケ忍者隊 最強の軍師』 ハードで「らしい」忍者たちの「戦い」

 2019年に惜しまれつつも連載を終了した(アニメ版は今も絶賛放送中ですが)『落第忍者乱太郎』、その現時点で唯一の小説版であります。あの物語とキャラクターをどのように小説に……? と思えば、これが想像以上にハードなストーリー。土井先生と六年生がほとんど主役状態の大活劇です。

 今日も今日とて挑戦状を叩きつけてきたタソガレドキ城の諸泉尊奈門を、文房具を使ってあしらっていた土井先生。しかし思わぬアク

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瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

瀬川貴次『紫式部と清少納言 二大女房大決戦』 奇妙なバディ、宮中の霊鬼に挑む!?

 いま書店では紫式部や源氏物語、平安時代の関連書籍が様々並んでいますが、平安ホラーコメディの名手が送る本作もその一つ。彰子の女房として出仕した紫式部が、宮中で皇后・定子の霊鬼騒動に巻き込まれ、そこに清少納言が参戦――と、副題通りの、そしてそれにとどまらない快作です。

 源氏物語でその筆名を上げたものの、故あって執筆を中断していた紫式部。しかし中宮・彰子の女房として宮中に招かれた彼女は、彰子の父の

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六道慧『安倍晴明あやかし鬼譚』 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超える物語

六道慧『安倍晴明あやかし鬼譚』 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超える物語

<大河ドラマに便乗して本の紹介その4>
 初単行本時には『源氏夢幻抄 安倍晴明伝』のタイトルで刊行された作品の改題文庫化された作品は、タイトルのとおり、源氏物語と安倍晴明が交錯するユニークな作品――物語と現実が複雑に入り乱れる平安伝奇の名品です。

 大陰陽師として知られながらも、齢84となり、数年前から衰えを隠せない晴明。しかしある晩、自分が「光の君」と呼ばれる少年となった夢を見た晴明が目を覚ま

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平谷美樹『虎と十字架 南部藩虎騒動』 猛虎脱走! 混沌の謎の行方は 

平谷美樹『虎と十字架 南部藩虎騒動』 猛虎脱走! 混沌の謎の行方は 

 時代小説と歴史小説を中心に活躍する平谷美樹ですが、時代小説においては実はミステリ色が強い作品を得意とする作家でもあります。本作はそれが前面に出た作品――家康から拝領した二匹の虎の脱走を巡って南部藩を揺るがす複雑怪奇な騒動に、藩の徒目付が挑みます。

 かつてカンボジアから徳川家康に贈られた二匹の虎・乱菊丸と牡丹丸を拝領し、盛岡城内で飼っていた南部利直。しかしある晩、この二匹が檻から脱走するという

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東曜太郎『カトリと眠れる石の街』 二人の少女が挑む怪奇伝奇な冒険

東曜太郎『カトリと眠れる石の街』 二人の少女が挑む怪奇伝奇な冒険

 19世紀後半のエディンバラを舞台に二人の少女が冒険を繰り広げる、伝奇色も強い児童文学の快作であります。街に蔓延する謎の眠り病の原因を突き止めるため、カトリとリズ――生まれも育ちも違う二人の少女が、街に隠された秘密に挑みます。

 スコットランドの都市・エディンバラ――新市街と旧市街に分かれたこの街の旧市街で、同級生たちから一目置かれるカトリ。金物屋の養女である彼女は、病で寝付いた父に代り、母の仕

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乾緑郎『戯場國の怪人』 史実と虚構、この世とあの世を股にかけたスーパー伝奇

乾緑郎『戯場國の怪人』 史実と虚構、この世とあの世を股にかけたスーパー伝奇

 ミステリと並行して独自の時代伝奇小説を描いてきた作者によるオペラ座の怪人オマージュ――に留まらない、凄まじい奇想に満ち満ちた物語です。女形の溺死の謎を追ううち、市村座に潜む謎の怪人と対峙することになる平賀源内や深井志道軒たち。一連の怪事の背後に潜む「戯場國」の驚くべき姿とは……

 宝暦十三年の夏、舟遊びをしていた市村座の役者たちの一人・荻野八重桐が怪死した事件を、作品にするよう依頼された戯作者

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滝沢志郎『エクアドール』 海を越える同胞愛と、明日に踏み出す人々の物語

滝沢志郎『エクアドール』 海を越える同胞愛と、明日に踏み出す人々の物語

 中世の琉球王国に始まり、東南アジアへと展開していく、希有壮大にして爽快な海洋冒険ロマン――琉球を外敵から守るため、ポルトガル人から新型兵器を手に入れんとする琉球王府の人々の旅路を描く快作です。

 時は種子島に鉄砲が伝来する二年前――倭寇だった過去を持つ琉球王府の下級役人・眞五羅は、湾に迷い込んできた倭寇船との交渉に当たる中、倭寇時代の友・弥次郎と再会することになります。
 弥次郎と共にかつて所

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田中文雄『髑髏皇帝』 後醍醐帝の魔に挑む少年二人、足利直冬と北条時行!

田中文雄『髑髏皇帝』 後醍醐帝の魔に挑む少年二人、足利直冬と北条時行!

 足利尊氏の庶子・直冬、そして北条高時の遺児・時行が、後醍醐天皇に憑いた奇怪な魔物と対峙する時代ホラー長編です。尊氏に都を追われ、吉野に逼塞する後醍醐天皇の前に現れた異国の魔――吉野で相次ぐ奇怪な事件の謎を追う若き武士たちが、魔に挑みます。

 本作の舞台となるのは、鎌倉幕府の滅亡、建武の新政の失敗、南北朝の動乱と、うち続く動乱の時代。その渦中でそれぞれに父母と早くに引き離され、肉親の温かみをほと

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月村了衛『コルトM1847羽衣』 伝奇×ガンアクション! 激突する哀しく熱いアウトローたち 

月村了衛『コルトM1847羽衣』 伝奇×ガンアクション! 激突する哀しく熱いアウトローたち 

 現代を舞台とした骨太のアクションを中心に描いてきた作者ですが、時代小説の分野においても幾つものユニークな作品を発表しています。その一つである本作は、コルトM1847を背負った女渡世人が、失踪した想い人を追って渡った佐渡で謎の邪教集団と対決するという、一大伝奇アクションです。

あらすじ

 時は一八五二年、将来を誓い合った想い人・青峰信三郎を探して佐渡に現れた女渡世人・羽衣お炎。数年前に突如姿を

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羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』 生き残った男・平頼盛の探偵行

羽生飛鳥『蝶として死す 平家物語推理抄』 生き残った男・平頼盛の探偵行

はじめに

 平家の隆盛から源平の合戦、鎌倉幕府の成立と、激動の平安時代末期――平清盛の弟でありつつも一門では主流派とは異なる位置を占め、壇ノ浦以降も生き残った平頼盛を探偵役とした非常にユニークな時代ミステリ連作です。

 平忠盛と池禅尼の間に生まれ、平清盛の異母弟でありつつも、出自という点では清盛よりも上の人物であった平頼盛。それが作用したか、あるいは後白河帝との距離の近さが災いしたか――頼盛は

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