マガジンのカバー画像

よりぬき伝奇さん

28
これまでこのnoteに掲載した記事のうち、特におすすめの作品に関するものについて、よりぬいています。
運営しているクリエイター

記事一覧

東曜太郎『カトリと霧の国の遺産』 少女の見えない将来と幻の街の魔手

東曜太郎『カトリと霧の国の遺産』 少女の見えない将来と幻の街の魔手

 児童書にして優れた伝奇ホラーでもあった『カトリと眠れる石の街』の待望の続編です。エディンバラの博物館で働くことになったカトリの周辺で起きる連続失踪事件。それは幻の街にまつわる古物収集家のコレクションの展示に深く関わっていました。そして謎の魔手はカトリにまで及ぶことになります。

 エディンバラで流行した謎の眠り病事件解決に奔走する中、博物館に興味を抱き、家業を捨ててそこで働くという道を選んだカト

もっとみる
三上延『百鬼園事件帖』 まだ何者でもない内田百閒が挑む謎と恐怖

三上延『百鬼園事件帖』 まだ何者でもない内田百閒が挑む謎と恐怖

 『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズで知られる三上延が、内田百閒を題材に描くホラーミステリ(しかしその実、結構ストレートなホラー)であります。

 昭和六年の冬の晩、いきつけの神楽坂の喫茶店・千鳥で、自分の通う大学のドイツ語教授・内田榮造と出くわした大学生・甘木。成り行きから内田とテーブルを囲むことになった彼は、店を出た後で、内田の背広と自分の背広をを取り違えていたことに気付きます。とりあえず内

もっとみる
瀬川貴次『ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部』 平安ホラーコメディが描く源氏物語の本質!?

瀬川貴次『ばけもの厭ふ中将 戦慄の紫式部』 平安ホラーコメディが描く源氏物語の本質!?

 いよいよクライマックスも近いかと思われた『ばけもの好む中将』――その新作はなんとスピンオフであります。ばけもの好む中将・宣能の友人で、今源氏の異名をとる色好む中将・雅平が、何故か源氏物語を思わせる怪異の数々に遭遇してしまうことになります。

 ある雨の夜、宿直のつれづれに語り合っていた四人の中将。しかし宣能が怪談話を始めたことから興ざめした雅平は、屋敷に帰ることにするのですが――その途中で牛車が

もっとみる
瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

瀬川貴次『もののけ寺の白菊丸』 稚児と白い獣の危うい綺譚

 平安ホラーコメディの名手・瀬川貴次の新作は、とある曰く付きの山寺を舞台に、実母から引き離されて稚児となった少年・白菊丸の姿を描く綺譚。物の怪の骸が納められているという寺の宝蔵を、ある理由から訪れた白菊丸がそこで見たものは――少年と物の怪の奇怪な交流が始まります。

 幼い頃から実母の叔父である中納言夫婦を親代わりに、屋敷の奥で育てられてきた白菊丸。しかし十二歳となった彼は、実母たちと引き離され、

もっとみる
後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けることと

後藤竜二『野心あらためず 日高見国伝』 乱を起こすものと、それに屈せず歩み続けることと

 数々の作品を残してきた児童文学者・後藤竜二が、いわゆる宝亀の乱を題材にし、野間児童文芸賞を受賞した名作であります。かつて大和の人々に奪われた日高見の地に帰還した少年・アビを通じて描かれる、蝦夷と大和の人々の姿とは……

 代々暮らしてきた日高見の地を奪われた末、父は殺され、母は流刑の途中に自分を産んで亡くなった少年アビ。親代わりの老人・オンガと共に流刑地を逃亡し、鮫狩りとして暮らしていた彼は、密

もっとみる
木原敏江『完全版 白妖の娘』 大妖の前で己の想いを貫いた二人の物語

木原敏江『完全版 白妖の娘』 大妖の前で己の想いを貫いた二人の物語

 木原敏江が2018年から2019年にかけて連載した『白妖の娘』の完全版が刊行されました。平安時代を舞台に、一人の少女の復讐譚と九尾の狐伝説が交錯する名作ですが、今回刊行されたものは、連載版になんと286ページ描き下ろしという、まさに「完全版」の名に相応しいものとなっています。

 都の貴族に騙されて死んだ姉の復讐に燃える少女・十鴇と、彼女のために先祖が封印した禁忌の森の白妖の存在を教えた青年・葛

もっとみる
清水朔『奇譚蒐集録 鉄環の娘と来訪神』 因習の村に囚われた三つの運命に終止符を打て

清水朔『奇譚蒐集録 鉄環の娘と来訪神』 因習の村に囚われた三つの運命に終止符を打て

 大正民俗伝奇ミステリ『奇譚蒐集録』待望の第三弾の舞台は、十二年に一度の奇祭を前にした、信州山中の秘村――代々伝わる鉄環を受け取るという御役目で信州を訪れた主人公主従がそこで目の当たりする奇祭の正体とは、祭りと鉄環との関係は……

 大正三年、御柱祭を目前に控えた信州諏訪を訪れた、帝大講師の南辺田廣章と、書生の山内真汐。実家の伯爵家に代々伝わる、十二年に一度諏訪大社で鉄環を受け取るという役目を果た

もっとみる
會川昇『南総怪異八犬獣』 残酷な「現実」と美しい「物語」の狭間で

會川昇『南総怪異八犬獣』 残酷な「現実」と美しい「物語」の狭間で

 2015年の春は不思議な時期で、一月に満たない間に、『怪獣文藝の逆襲』『日本怪獣侵略伝 ご当地怪獣異聞集』と、相次いで怪獣小説アンソロジーが刊行された時期でした。
 特に後者は、「ご当地怪獣異聞」の副題が示すように、各都道府県に設定されたご当地怪獣を題材に、特撮ものの脚本家たちが競作するという極めてユニークな一冊なのですが――他の作品が全て現代を舞台としているのに対し、一作だけ、江戸時代を舞台と

もっとみる
ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとサセックスの海魔』 邪神大決戦! ホームズ最後の挨拶

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとサセックスの海魔』 邪神大決戦! ホームズ最後の挨拶

 あのシャーロック・ホームズがクトゥルー神話の邪神と対決するクトゥルー・ケースブックの完結編であります。時は流れ、サセックスで隠退生活を送るホームズ。しかし突然の悲報に、彼は再び起つことになります。ドイツ人スパイの暗躍と、宿敵の再来と――死闘の末に、彼が選んだ道とは?

(以下、本作を含めたシリーズ全三作の内容に触れますのでご注意ください)
 名探偵シャーロック・ホームズの生涯は、実はクトゥルー神

もっとみる
泉田もと『旅のお供はしゃれこうべ』 二人で一人前の凸凹コンビの旅の終わりに

泉田もと『旅のお供はしゃれこうべ』 二人で一人前の凸凹コンビの旅の終わりに

 古物商の跡取り息子と、喋るしゃれこうべという奇妙なコンビの珍道中と不思議な友情を描く、第14回ジュニア冒険小説大賞受賞作であります。父の使いで旅に出て思わぬ窮地に陥った惣一郎が出会ったしゃれこうべの助左。助左とともに江戸に向かうことになった惣一郎の運命は……

 古物商の大店・大黒屋の跡取り息子の惣一郎は、厳格でやり手の父のやり方についていけないものを感じつつも、努力の日々。そんな中、父の使いで

もっとみる
つるみ犬丸『大奥の陰陽師』 魔術師と占術師の狭間に立つ少女の奮闘記

つるみ犬丸『大奥の陰陽師』 魔術師と占術師の狭間に立つ少女の奮闘記

 江戸城内の女の城・大奥――そ時の将軍吉宗の命を受け、そこで起きる怪事件の真実を暴く少女陰陽師・雲雀の活躍を描く物語であります。先祖代々伝わる妖狐の式神・葛忌とともに、大奥で起きる怪異の正体を暴くべく奔走する雲雀。しかし事態は思わぬ方向に進み、将軍吉宗を狙う刺客の存在が……

 時は享保、安倍晴明の血を引き、代々伝わる妖狐の式神・葛忌を使役する雲雀は、気弱な父が細々と営む占い師を手伝い、陰陽小町と

もっとみる
横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍

横山起也『編み物ざむらい』 特技はメリヤス編み!? 生きづらさを解きほぐし、編み直す侍

 編み物作家として活躍する作者の初時代小説は、江戸を舞台に、メリヤス編みが取り柄の青年武士・感九郎が奮闘する極めてユニークな物語であります。故あって主家と生家を追われた感九郎が出会ったのは、悪党相手に「仕組み」を仕掛ける奇妙な男女たち。彼らの仲間に引き込まれた感九郎が見たものは……

 武家の間でも評判の高い蘭方医・久世の不正を知り、告発しようとしたものの、逆に主家・凸橋家から召し放たれた上、父親

もっとみる
白川紺子『花菱夫妻の退魔帖』 華族から家族へ、「歪み」を乗り越える二人

白川紺子『花菱夫妻の退魔帖』 華族から家族へ、「歪み」を乗り越える二人

 既に続編が刊行されたのに今ごろで恐縮ですが、大正時代を舞台に、幽霊を見る力を持つ侯爵令嬢・鈴子と、彼女に求婚してきた男爵・孝冬の二人が、華族と幽霊にまつわる奇怪な事件に挑む連作シリーズの第一弾であります。ある日、鈴子が目撃した幽霊を食う幽霊。その正体とは……

 瀧川侯爵の令嬢ながら、故あって浅草で生まれ育ち、怪談蒐集を趣味としている鈴子。ある日、怪奇現象に悩まされているという室辻子爵夫人の話を

もっとみる
ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪』 名探偵と地獄の秘境探検行

ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとミスカトニックの怪』 名探偵と地獄の秘境探検行

 シャーロック・ホームズとクトゥルーという禁断の取り合わせを描く「クトゥルー・ケースブック」シリーズ、待望の第二弾です。前作から十五年、邪神たちと戦いを繰り広げるホームズたちの前に現れるのは、ルルイエ語を理解する奇怪な精神病患者。その正体を追う二人が知った、戦慄の真実とは……

 クトゥルー神話の邪神たちの存在を知ったホームズとワトスンが、人知れぬ戦いを始めてから十五年。今日もロンドンの地下鉄で危

もっとみる