七成

(26)

七成

(26)

マガジン

  • 踊り場でおどる

    文学フリマで販売したZINEに書いたエッセイです。

記事一覧

固定された記事

そのための春

 自転車がパンクした。家からちょっと走ったところで後輪からパンッという音がして、ペダルを漕ぎ出してからついに「ああ、やっぱりパンクか」と現実を受け入れた。  買…

七成
1か月前
466

台所で泣く

 大学四年の春、第一志望だった会社から不採用のお知らせをもらったとき、わたしは実家の台所にいた。  その会社は、高校生、いやもしかすると、中学生の頃からずっとあ…

七成
1日前
53

決意のようななみの音

4月後半の日記です。元気です。 4月20日(土)  はるちゃんと一緒にサカナクションの復活ライブへ行った。彼女とサカナクションを見るのは、大学二年生ぶり。「大人にな…

七成
10日前
22

ことばのすき間で息を継ぐ

4月前半の日記です。健康です。 4月4日(木)  会社の人と定期面談をした帰り、近所の和菓子屋をのぞいたら、今日はいちご大福の日だった。ここの和菓子屋では、春になる…

七成
2週間前
29

そうめんに春

 そうめんは、夏にだけ食べる。そんなポリシーがあって、普段は食へのこだわりなんてほとんどないほうなのに、なぜかその季節感にだけは気を遣っていた。スイカバーは夏に…

七成
2週間前
46

ほんとはナンパ ついていきたい

 友だちと青山で夕飯を食べた帰り、久しぶりに若い男の人からナンパをされて「お、やったー」とか思う。べつに遊びたいわけではなく、今までナンパについて行ったことがあ…

七成
2週間前
35

夏葉社の文集に随筆を載せていただきました。とてもたのしい一年間でした。
近々、下北沢の古書ビビビで販売されるみたいなので、読んでいただけたらうれしいです。

七成
1か月前
15

きみとわけ合うちいさな夏

春の日記です。 3月16日(土)  お昼から母が遊びにくる予定で、それまでに部屋の掃除を済ませておきたかったのだけれど、結局10時過ぎに起きてバタバタだった(なのに朝…

七成
1か月前
31

ことばは櫂、本は帆

 生きるとは、いろんなことを自分の中で定義し直していくことの連続である。  たとえば「幸せ」について、私はよく考える。幼い頃であればきっと、「不幸な要素がない」…

七成
1か月前
22

最高のおとな

 大人になるって、何かを失っていくことだと思っていた。だから私はずっと、大人になるのが怖かった。  年齢を重ねるごとに、たとえば夢とか、趣味とか、うつくしさとか…

七成
1か月前
66

FUNNY DANCE

 木枯らしが吹き、冬が駆け足で近付いてまいりました。卒業式の日、本当はちょっとやりたかった答辞みたいなものを読みたいと思います。  高校生活を振り返ると、本当に…

七成
4か月前
26

君に紡げ

 何度も見る夢がある。高校最後の文化祭、チア部で立った引退ステージの夢だ。  本番直前になって、たとえばシューズとか、衣装とか、大事なものを家に忘れてきたことに…

七成
4か月前
14

高校未デビュー

 人生で一度も、男の子と花火を見たことがない。クリスマスを一緒に過ごしたこともないし、ディズニーランドに行ったこともない。  と言うと、憐れみの目を向けられたり…

七成
4か月前
11

キャプテン失格

 放課後、私は時々女優だった。  今思い出しても笑ってしまうのだが、「やる気がないなら帰ってください」という台詞を一度だけ言ったことがある。とある平日、部活のミ…

七成
4か月前
10

イーストライド

 「死ね」という言葉を言われたことがあるし、言ったことがある。小学6年生の頃の話だ。  目立ちたがりな性格だった私は、クラブや委員会のリーダーにガツガツと立候補…

七成
4か月前
4

坂道を漕ぐ

※フィクションです!  婚約を機に、自転車を買った。2万7千円の赤い自転車だ。私はこれからこの自転車に乗って、元カレの家をめぐる。  私には3人の元カレがいる。橘さ…

七成
5か月前
14
そのための春

そのための春

 自転車がパンクした。家からちょっと走ったところで後輪からパンッという音がして、ペダルを漕ぎ出してからついに「ああ、やっぱりパンクか」と現実を受け入れた。
 買ってからまだ3ヶ月も経たないが、空気が抜けてしまったのだろうか。空気入れを借りるため、近くの自転車屋へと駆け込んだ。

 新代田の近くの商店街にあるサイクルショップ。その店先におばちゃんがひとり佇んでいて、「あのう…」と小さく声をかけた。

もっとみる
台所で泣く

台所で泣く

 大学四年の春、第一志望だった会社から不採用のお知らせをもらったとき、わたしは実家の台所にいた。
 その会社は、高校生、いやもしかすると、中学生の頃からずっとあこがれていた会社で、そこで働き、夢を叶えるために大学を受験し、入学してからもこつこつと努力を重ねていた。そんな学生生活がメール一通であっさりと否定されたのだから、なにが起きたのか、すぐには認識することができず、痛がるまでにすこしラグがあった

もっとみる
決意のようななみの音

決意のようななみの音

4月後半の日記です。元気です。

4月20日(土)
 はるちゃんと一緒にサカナクションの復活ライブへ行った。彼女とサカナクションを見るのは、大学二年生ぶり。「大人になったねえ」と言い合いつつも、当時の写真を見返すと、ふたりとも今とほとんど同じ顔つきをしていた。
 LINEを遡ってみたら、七年前も今日みたいにわたしが電車を乗り間違えて遅刻をしていて、そういうところは変わっていてほしかった、と恐縮する

もっとみる
ことばのすき間で息を継ぐ

ことばのすき間で息を継ぐ

4月前半の日記です。健康です。

4月4日(木)
 会社の人と定期面談をした帰り、近所の和菓子屋をのぞいたら、今日はいちご大福の日だった。ここの和菓子屋では、春になると梅大福が売られはじめ、時々不意にそれがいちご大福に入れ替わるというサプライズがあるのだ。
 うれしくなってひとつ買い、家に帰ってすぐに食べた。ふくふくで、ジューシーで、とてもおいしい。思わず母に「今日はいちご大福の日だった」とLIN

もっとみる
そうめんに春

そうめんに春

 そうめんは、夏にだけ食べる。そんなポリシーがあって、普段は食へのこだわりなんてほとんどないほうなのに、なぜかその季節感にだけは気を遣っていた。スイカバーは夏にしか食べられないから数段おいしく感じるように、食べ慣れて、特別感やありがたさが薄まってしまうのが嫌だったのかもしれない。

 昔からそうやって、自分の中のポリシーというか、ジンクス的なものにとらわれて生きてきた。たとえば、いいことがあっても

もっとみる
ほんとはナンパ ついていきたい

ほんとはナンパ ついていきたい

 友だちと青山で夕飯を食べた帰り、久しぶりに若い男の人からナンパをされて「お、やったー」とか思う。べつに遊びたいわけではなく、今までナンパについて行ったことがあるわけでもなく、それでも声をかけられるとやっぱりちょっとうれしい。
 交差点の信号を待つあいだ、自分からこんなに低い声が出るんだ、ということにびっくりしながら、特に内容のない会話をつづける。

 わたしの格好を上から下までじっくり眺めた彼が

もっとみる

夏葉社の文集に随筆を載せていただきました。とてもたのしい一年間でした。
近々、下北沢の古書ビビビで販売されるみたいなので、読んでいただけたらうれしいです。

きみとわけ合うちいさな夏

きみとわけ合うちいさな夏

春の日記です。

3月16日(土)
 お昼から母が遊びにくる予定で、それまでに部屋の掃除を済ませておきたかったのだけれど、結局10時過ぎに起きてバタバタだった(なのに朝ごはんはしっかり食べた)。
 差し入れに湯葉や豆腐、カニやホタテを持ってきてくれて、作っておいたカレーと一緒に食べた。パーティみたいにテーブルの上がいっぱいになって「調子に乗っちゃったね」なんて笑い合いながら、お腹がぱんぱんになるま

もっとみる
ことばは櫂、本は帆

ことばは櫂、本は帆

 生きるとは、いろんなことを自分の中で定義し直していくことの連続である。
 たとえば「幸せ」について、私はよく考える。幼い頃であればきっと、「不幸な要素がない」状態のことをそう呼んでいただろう。しかし年齢を重ねれば重ねるほど、必ずしもそうではないことに気づいていく。
 ”不幸”を経たあとの「幸せ」がどれだけ至福であるか、私たちは身を持って知っている。だから今、「幸せ」について定義するのであれば、私

もっとみる
最高のおとな

最高のおとな

 大人になるって、何かを失っていくことだと思っていた。だから私はずっと、大人になるのが怖かった。

 年齢を重ねるごとに、たとえば夢とか、趣味とか、うつくしさとか、そういう「かつては大切だったもの」を徐々に手放し、つまらない人間になっていく。
 近くでそういう大人をたくさん見てきたし、ただ若いからというだけでそういう人から羨まれて、嫌な思いをしたこともたくさんあった。

 あんな風になってしまうの

もっとみる
FUNNY DANCE

FUNNY DANCE

 木枯らしが吹き、冬が駆け足で近付いてまいりました。卒業式の日、本当はちょっとやりたかった答辞みたいなものを読みたいと思います。

 高校生活を振り返ると、本当にいろいろな日々が思い出されます。
 数学のテストで100点満点を取ったこと。その次のテストで8点を取って、あまりの落差に担任から呼び出されたこと。
 修学旅行で行った沖縄の、海が見える宿で、友だちが YUI の『SUMMER SONG』を

もっとみる
君に紡げ

君に紡げ

 何度も見る夢がある。高校最後の文化祭、チア部で立った引退ステージの夢だ。
 本番直前になって、たとえばシューズとか、衣装とか、大事なものを家に忘れてきたことに気付き、途方に暮れる。しかし刻一刻と開演の時間は迫ってきて、私はずっと絶望している。そこで目が覚める。

 なんていう夢に、8年経った今でもうなされてしまうくらい、文化祭は私にとって、良くも悪くも記憶に残るイベントだった。
 高校生活そのも

もっとみる
高校未デビュー

高校未デビュー

 人生で一度も、男の子と花火を見たことがない。クリスマスを一緒に過ごしたこともないし、ディズニーランドに行ったこともない。

 と言うと、憐れみの目を向けられたり、変に気を遣われたりするのだが、なぜそうなるのかが私にはずっとわからない。
 記憶をたどったとき、花火や、イルミネーションや、シンデレラ城を背景に、大好きな友だちの笑った顔がセル画みたいに重なって見える。
 愛のかたちは違うかもしれないけ

もっとみる
キャプテン失格

キャプテン失格

 放課後、私は時々女優だった。

 今思い出しても笑ってしまうのだが、「やる気がないなら帰ってください」という台詞を一度だけ言ったことがある。とある平日、部活のミーティング中でのことだ。
 過去の自分とはいえ、こんな絵に描いたような〝部長〞っぽい言葉を、同じ口から発していたのかと思うとびっくりする。

 さらに笑ってしまう話、あれ全部、台本だった。
 数日前に言おうと決めて、ルーズリーフに一言一句

もっとみる
イーストライド

イーストライド

 「死ね」という言葉を言われたことがあるし、言ったことがある。小学6年生の頃の話だ。

 目立ちたがりな性格だった私は、クラブや委員会のリーダーにガツガツと立候補していて、それをよく思わない子たちがいたようだった。
 「(◯◯ちゃんが)〝死ね〞って言っといてだって」とクラスメイト伝いに暴言を吐かれたり、「死ね」と書かれた手紙が道具箱の中に入っていたこともある。
 今思えば、私もそう言われるような行

もっとみる
坂道を漕ぐ

坂道を漕ぐ

※フィクションです!

 婚約を機に、自転車を買った。2万7千円の赤い自転車だ。私はこれからこの自転車に乗って、元カレの家をめぐる。
 私には3人の元カレがいる。橘さんと、弘平くんと、修ちゃん。なぜこんなことがしたいのか、自分でもよくわからない。復讐?マリッジブルー?それともただの好奇心だろうか。
 わからないけれど、とにかくやらないと気が収まらなくて、私はペダルを漕ぎ出した。

 一軒目は橘さん

もっとみる