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小さな物語

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雨の夜に、ワインとごはんを届けてくれた妖精のこと

雨の夜に、ワインとごはんを届けてくれた妖精のこと

こわばっているなあ、とは思っていた。

体も、心も。

家族で遠距離の引っ越しを控え、夫は仕事のため、ひと足先に単身で旅立ち。

私は家事と育児をしながら引っ越しに備えて家を片づけ、手続きや通院をし、引っ越し前に終わらせるべき原稿を大急ぎで書きつつ、大切な人たちにお別れを伝えている。

20代の頃みたいに「とりあえず、2〜3日寝ないでなんとかする」みたいな体力はないから、無理をして体調を崩さないよ

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春宵を照らす木蓮の灯り

春宵を照らす木蓮の灯り

もしもしお嬢さん。

そう、そこの貴女です。

いけませんな、こんな風の強い、花たちが今にも蕾をひらこうとしてそわそわしている宵に出歩いては。

こんなときにはちょくちょく「扉」がひらいて、帰り道がわからなくなってしまう方も多いのです。

さあ、足もとを明るくしてあげます。

月がのぼってくる前に、早くお帰んなさい。

ロックンロールを君に

ロックンロールを君に

ストレスがたまっているのかもしれない、とは思っていた。

睡眠や栄養をしっかりとるよう気をつけているつもりだけれど、少し疲れやすい。

頭が痛くなったり、手がしびれたりするのも、ストレスのサインだ。

 *

でも、ステージの灯りがついて、エレキギターが開放弦で大音量を響かせた瞬間にわかった。

違う。私に足りなかったのはロックンロールだ。

いつの間にか、体の中の音をぜんぶ使い果たして、私のコッ

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文章は生野菜でも古漬けでもなく「浅漬け」がいちばんおいしい

文章は生野菜でも古漬けでもなく「浅漬け」がいちばんおいしい

深夜2時。

「やばい。最高傑作が書けちゃったかも。よし、送っちゃえ!」

……なんて、ハイテンションで送ったメールや文章を翌朝、あらためて読み直したら、感情が暴走してるし、誤字脱字だらけ。

「どうしよう……深い深い穴を掘って地球の裏側まで潜ってしまいたい……」と恥ずかしさで真っ赤になったり真っ青になったりしたこと、ありませんか?

私はあります。百万回くらい。

百万回失敗しても、深夜2時にな

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ネガティブな感情は「資源」になる

ネガティブな感情は「資源」になる

生まれる前から心配性で、1年中、ありとあらゆることを心配しながら生きている。

鍵をかけたか、ガスの元栓を締めたかが気になり、二度三度と家に戻るのはいつものこと。

天変地異から交通事故、明日の天気まで、気がかりの種は数限りない。

ちょっと友達とお茶を飲みに行くだけで、1泊旅行に行くような大荷物になってしまうのは「もし、急に雨が降ったら」「もし、急に咳が出てのど飴が必要になったら」「もし、出先で

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長い旅。はじまりの日

長い旅。はじまりの日

「ちょっと行ってくる」

そう言って、散歩に出かけるように祖母は旅立った。

3月、肌寒い催花雨の朝だった。

旅が好きで、病に倒れるまで世界中を旅していた。

旅先から、必ず私に絵葉書をくれた。

けれど祖父が待つ遠い国に向け、最後の旅に出た祖母からは、いまだに連絡がない。

   *

1年が経った雨の夜、郵便受けを開けて、息が止まりそうになった。

祖母から、絵葉書が届いていた。

奈良の桜

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七夕に、月を受けとる。

七夕に、月を受けとる。

天の川から落ちてきた星屑を集めて、そうめんに浮かべて食べていたら、インターホンが鳴った。

「月のお届けです」

宅配伝票にハンコを押して、箱を受け取る。

大きな段ボール箱を開けると、中の空洞に、ほんのり青く光る月が浮かんでいた。

おそるおそる触ってみる。

熱いのかと思ったら、案外つめたい。

ひんやりした月を抱いて、書斎へ連れて行く。

天井からぶら下げると、月は少し赤くなった。時と場所に

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