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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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#創作

『遠い手紙』

『遠い手紙』

昭和の時代に別れた人から手紙が届いた。
幸い、夫は学生時代の友人と旅行に出掛けている。
多分、明後日までは帰らない。
夫は定年退職の後、特に定職にはついていない。
たまに、日払いのアルバイトを見つけてくるが、生活のためというよりは、まだまだ働ける体だと自分で納得するためだ。
年金と蓄えだけで何とか不自由のない暮らしはできている。
いや、不自由のないどころか、このように旅行に行けるほどの余裕はある。

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『静かな人生』

『静かな人生』

私は父に引きずられて、2階の寝室まで連れて行かれた。
父は、痛いと泣く私の腕を引っ張って階段を上った。
一段ごとに段差が体に当たり、私は泣きわめく。
無力感がさらに私の泣き声を大きくする。
廊下の突き当たりは父と母の寝室。
父がドアを開けると部屋はカーテンが引かれたままで真っ暗だった。
それとも、もうそれは夜の出来事だったのだろうか。
暗闇の中を父は進んだ。
フローリングの床は、足を突っ張ろうとし

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『穴の中の君に贈る』 # 毎週ショートショートnote

『穴の中の君に贈る』 # 毎週ショートショートnote

一見絶望的なこの状況だが、案外そうでもないかもしれない。
この向こうにも同じような穴があって、両方から掘り進めば、見事トンネル開通、などということも考えられるわけだ。
絶望は希望の始まり。
穴はトンネルの始まりだ。

いや、待て。
トンネルが開通して、掘り進んできた2人が抱き合ったとしてだ。
お互いに穴の外には出られないから掘り進んだのではないか。
そんな穴が開通したとして、その先どこに向かうとい

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『名作の行方』

『名作の行方』

「僕は面白いと思うんですよ。
でもね、今の若い読者には理解できるのかなあ」
そう言って、編集者は原稿の束をこちらに押し戻した。
わかっているさ。
速い話が、面白くないということだ。
「わかったよ。
もう少し柔らかく書き直してみるよ」
「お願いしますよ。
先生の最近の作品はあまりにも高尚すぎるんです。
以前のようにもう少しわかりやすくしてもらえればと」
小説としてはどうなのか、ということを言いたいの

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『違法の健康』2  # 毎週ショートショートnote

『違法の健康』2 # 毎週ショートショートnote

殊更に健康にこだわり必要以上に長生きをしようとする健康者は、自然の摂理に反していると言わざるを得ない。
健康は違法だと提訴された。

もちろん、健康者はそれに意を唱える。
健康が違法なら、不健康も違法ではないか。
いや、違法というなら、むしろ不健康こそが違法だ。
必要以上に、糖分やカロリーをとり、寿命を縮めてしまう。
医療費もかさむ。
不健康こそ違法であり、不健康者は排除するべきだ。

と、そこに

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『違法の健康』 # 毎週ショートショートnote

『違法の健康』 # 毎週ショートショートnote

小窓ひとつない薄暗い小屋の中で女は打ちひしがれていた。
情けなくて涙も出ない。
どうしてこんな目にあうのか。
あんなに苦労したのに。
憲兵に見つかるとは。

つい数時間前までは希望に満ち溢れていた。
やっと闇で手に入れた食料の山。
普通では手に入らない野菜や甘い果物。
少しだが白米もある。
これを息子に食べさせる。
空襲の犠牲になり、余命いくばくもない息子に。
息子の笑顔を見たい。
最後にもう一度

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『息子は死にましたよ』

『息子は死にましたよ』

これは事実をもとにした物語である。

その朝、銀行のシャッターが上がると同時にその男は彼女の目の前に立った。
背は高くないが少し太り気味。
40歳くらいだろうか。
左目と比べて右目が極端に細い。
「母が亡くなったんですけど」
カウンターの向こうに腰をかけてそれだけ言った。
この歳で、他人と話すのに慣れていないようだ。
「お母様がお亡くなりになられたのですね。
ご愁傷様です。大変でしたね」
よくある

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『株式会社のおと』# 毎週ショートショートnote

『株式会社のおと』# 毎週ショートショートnote

「みんなに応援してもらって、仲間と素晴らしいものをつくるのが株式会社なんだよ」
彼は、自分の質問に父が答えるのを聞いていた。
次の日、テーブルの上に一冊のノートがあった。
「株式会社のおと」と書かれている。
「これはなんだい? 」
「これはね、ママに応援してもらって、パパと僕で素敵なおはなしを書いていくんだよ。だから、株式会社のおとなんだ」

「で、あの時のように、この新しいノートに2人で物語を書

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『コスモス』

『コスモス』

今年も庭のコスモスが花を咲かせている。
20坪ほどある庭の片隅に、身を寄せ合うように淡い色の花が揺れている。
この家を買う時に、駐車場とは別に、狭くても庭のある家にしようと妻と話し合った。
郊外の開発されたばかりの分譲地に、それでも無理してローンを組んだ。
妻が懸命にやりくりする給料も、世間の景気の拡大とともに順調に上がり続けた。
肩書きも、ひとつふたつと上がり、部下も増えた。

その間に、子供も

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『捨てられた世界の果てに』

『捨てられた世界の果てに』

どうして歴史なんか学ばなければならないのですか。
そう食ってかかってきたのは、F君だ。
夏休み前の最後の授業で、宿題を出した。
世界史に関すると思うものについてレポートを書きなさい。
ただし、原稿用紙にして、10枚以上。
資料、図等は枚数に含みます。
かなりサービスしたつもりだ。
世界史に関するものなど、逆に関係しないものを探すのが難しい。
夏休みの家族旅行だって、こじつけることが可能だ。
それに

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『タイムスリップコップ』 # 毎週ショートショートnote

『タイムスリップコップ』 # 毎週ショートショートnote

「あら、このコップ、誰のかしら。
どこかでもらったのだったかしら。
まあ、いいわ。
あなた、このコップでいいでしょ」
こんな光景が、あなたの家でも見られないだろうか。
いつからあるのかわからないコップが、戸棚の奥から現れる。
そしてある日。
「あら、このあいだのコップ、どこに行ったかしら。
あなた、知らない?
この戸棚にしまったんだけどなあ。
まあ、いいわ。
また、そのうちに出てくるわよね」

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『今から帰るよ』

『今から帰るよ』

夕食のしたくをしていると、スマホが震え出した。

手を止めて、エプロンのポケットからスマホを取り出す。

いつもの、「今から帰るよ」のメッセージ。

だが、その日、夫は帰ってこなかった。

次の日も同じ時間に、メッセージが入る。

そして、夫は帰ってこない。

次の日も、その次の日も。

さすがに、これだけ続けば不安になる。

それに、バッテリーもこんなにもつはずがない。

誰かに相談しなければ。

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『死が2人を分つとも』

『死が2人を分つとも』

夏子はその街並みに戸惑っていた。
初めてくるはずなのに、懐かしい。
この感覚は何だろうか。
そうだ、確かにこれはあの頃の街並みだ。
記憶という名の闇が少しずつ明るくなってくる。
そして、その記憶がひとつひとつ今に置き換わるようだ。
すっかり寂れていたはずの商店街には、人が溢れている。
自分もそちらの方に進んでみる。
閉店して、有名なチェーン店になっていた喫茶店が、以前のままで営業している。
他にも

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『初めての鬼』 # 毎週ショートショートnote

『初めての鬼』 # 毎週ショートショートnote

いやあ、困りましたね。
信じてもらえないなんて。
私は鬼です。
これ以上、どう言えば。

今どき、鬼がみんな、アフロヘアみたいな髪型にツノを生やしているなんて。
真っ赤な、あるいは真っ青な体に、虎の皮を巻いて、トゲトゲのついた金棒を持っているなんて。
そんな格好で、街を歩けますか。
そんなのは、いまだに日本人はちょんまげを結っていると信じている、浮かれた欧米人と同じですよ。

そりゃ、悪い奴もいま

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