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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年10月の記事一覧

『盗み聞き』

『盗み聞き』

-それは、嵐の夜だった。
夏が終わり、秋の気配が微かに漂い始めた頃の突然の嵐。
暗い、明かりひとつない山道を1台のセダンが走っていた。
カーブの度にタイヤは軋んで、激しい雨音にひびを入れていた。
運転席には若い男。
助手席には、同じく若い女性。
時々、稲光に赤い唇が光る。
なぜ、彼らがそれほど急いでいたのかはわからない。
その後の調査では、その夜、誰一人彼らを待ってなどいなかった。
下り道に差しか

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『告白雨雲』 # 毎週ショートショートnote

『告白雨雲』 # 毎週ショートショートnote

告げられた思いは、それが叶おうが叶うまいが、空高く昇っていく。
しかし、告げられなかった思い、胸の奥深く秘められたままの思いは、湿気を含んだまま、空の低いところにとどまる。
高さで言えば、スカイツリーの少し上あたりだろうか。
見る人が見ればわかる。
あれが告白雨雲だと。

告白雨雲は、本来なら、あと何億年かはもつと考えられていた。
しかし、昨今の、温暖化の影響はここにもおよんでいた。
もう、いつ降

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『あの世から来た男』

『あの世から来た男』

ベンチに座っていると、突然両足の間から顔が現れた。
「うわ」
「いや、そこはあっと驚くためゴローじゃないと」
そう言いながら、男はベンチの下から這い出してきた。
「よっこいしょ」
男は、長髪に細いバンドを巻き、もみあげからあご、鼻の下まで濃いひげに覆われている。
派手な服装で、上着の袖と、スボンの裾がラッパのように広がっているが、清潔感は一切ない。
どう見ても小さすぎる丸メガネが鼻の上にちょこんと

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『棒アイドル』 # 毎週ショートショートnote

『棒アイドル』 # 毎週ショートショートnote

ねえねえ、知ってる? このスタジオ、出るらしいの。
出るって、まさか。
そう、それも棒のように細いアイドルの幽霊らしいわよ。

こんな噂が囁かれるのは、都内某所にある撮影スタジオ。
いつ頃からそんな噂が流れるようになったのか。
業界関係者の中には、
「それは、アイドルのような棒の幽霊だな」
などと、ひねくれたことを言う輩もいた。

その日のスケジュールが終わり、静まりかえったスタジオ。
年老いた警

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『大谷翔平の右腕』

『大谷翔平の右腕』

待ち合わせの駅に着き、指定された番号に電話をする。
男は、近くのビルの地下にある喫茶店を指定してきた。
この界隈では有名な老舗だ。
傘をさして歩き始めた。
雨の午後。
人通りはまばらだ。

仕事も私生活も上手くいかずにふさぎ込んでいた。
友人は気を使って冗談を言うが、笑う気にもなれない。
そんな時、不思議なメールが届いた。
怪しいのはわかりきっていたが、失うものなど何もないと返信してみた。
すると

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『居酒屋のふたり』

『居酒屋のふたり』

2人はひとことも話していなかった。
彼の方は、肩をすぼめて、両手を腿の間に挟んだままうつむいている。
向かいの彼女は、そんな彼をまっすぐに見つめている。
テーブルの上には、お通しの煮込みの小鉢と、中ジョッキがふたつずつ。
ビールは泡もすっかりなくなっている。
普段なら、この後に酎ハイやハイボールへと進んでいくのだろう。
ところが、今日は、恐らくとりあえずと頼まれたに違いないビールから、一歩も先に進

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『ジュリエット釣り』 # 毎週ショートショートnote

『ジュリエット釣り』 # 毎週ショートショートnote

「どうだい、ジュリエットは釣れたかい?」
「そう簡単には見つからないよ」
彼の名はロミオ。
悩める女子からの恋愛相談を受け付けている。
その中から、ロミオにふさわしい、いわばジュリエットを探し出そうという魂胆だ。

「君、ついにジュリエットを見つけたよ」
ある日、ロミオから連絡が入った。
「おめでとう」
「いや、そうでもない。ジュリエットには夫がいる。決闘しなくてはならないんだ」

河原で向かい合

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『君の幸福は』

『君の幸福は』

幸福が欲しいと君は言う
幸福を手に入れたいと君は願う

君の幸福は何階建て?
君の幸福は何角形?
君の幸福は何平方メートル?
君の幸福は時速何キロ?
君の幸福は何人分?
君の幸福は何年分?
君の幸福は何色?
君の幸福は何味?
君の幸福は何キロカロリー?
君の幸福は何キログラム?

そうじゃない
きっとそうじゃない

それは
買ってきたり
もらったり
ほらっと手のひらにのせてみたり
引き出しから取り

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『名作の行方』

『名作の行方』

「僕は面白いと思うんですよ。
でもね、今の若い読者には理解できるのかなあ」
そう言って、編集者は原稿の束をこちらに押し戻した。
わかっているさ。
速い話が、面白くないということだ。
「わかったよ。
もう少し柔らかく書き直してみるよ」
「お願いしますよ。
先生の最近の作品はあまりにも高尚すぎるんです。
以前のようにもう少しわかりやすくしてもらえればと」
小説としてはどうなのか、ということを言いたいの

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『漂流する家』

『漂流する家』

明かりを消して、ベッドに横になる。
目が少しずつ暗闇に慣れて、天井が浮かび出てくる。
不規則な模様。
じっと眺めていると、それらが結び合わさって何かに見えてくる。
多いのは、人の顔だ。
誰の顔ということはない。
単純に、目と鼻と口。
時には、動物であったり、見たこともない化け物のようだったりする。
こんな現象に名前があったはずだ。
明日にでも調べてみよう。
これは、心理学の分野だろうか。
ドアの外

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『しゃべる画像』 #毎週ショートショートnote

『しゃべる画像』 #毎週ショートショートnote

夫が浮かない顔をして寝室に入ってきた。
いつもの上機嫌はどこに行ってしまったのだろう。
心配になって尋ねてみる。
「あの子としゃべれなくなったんだよ」
「何か不具合が起きてるんでしょうかね」
「わからない。もう、だめだ」
「わかりました。私からあの子に言っておきますからね」

夫は毎晩、寝る前にパソコンを通して、娘と楽しそうに話している。
時々、大きな笑い声も聞こえてくる。
懐かしい話で盛り上がっ

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『わかっているわ』

『わかっているわ』

あなたがいつから私を見ていたのかは知らない。
気がついた時には、あなたは常に私の視界の片隅にいた。
ここは大丈夫だろうと思っても、あなたは騙し絵のようにどこかに隠れている。
そして、私を見つめている。
ぼんやりとした、モザイクのような背景の中から、あなたが浮かび上がってくる。
その時の、私の気持ちがわかりますか。
いえ、あなたにはわからないでしょうね。
もしわかっていたなら、私にあんなことはしなか

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