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物語のようなもの

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短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
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2022年7月の記事一覧

『少年と人工衛星』

『少年と人工衛星』

少女は丸い窓から外を眺めた。
毎日、同じ時間にここにやってくる。
この時間になると見えるのだ。
暗い空間の向こうに、青い星が。
母親からは、あの星がふるさとだと教えられた。
ふるさとというのは生まれた場所のことだ。
覚えていないというと、
「当然でしょ。あなたはここがふるさとなの」
ここでは、みんなが同じところで生まれる。
ふるさとという言葉に意味があるとは思えなかった。
それでも、ふるさとという

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『長い戦争』

『長い戦争』

僕の国では、戦争をしているらしい。
らしいというのは、こういうことだ。
その戦争は、僕の生まれるずっと前から続いているんだ。
お祖父ちゃんの生まれた時には、もう始まっていた。
それ以前まで遡ることは今では難しい。
いつから始まったのか、記録にも残っていない。
多分、始まった時には、すぐに終わるだろうと思っていたのかな。
それとも、僕の日記みたいに、記録係は明日書こうと思っていて、そのまま忘れてしま

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『ビール傘』 # 毎週ショートショートnote

おめでとうございます。
第一志望の球団に見事決まりましたね。

ありがとうございます。
子供の頃から、この球団のエースになることを夢見てきました。

この喜びを、誰に伝えたいですか?

父ちゃ…いや、父です。
父と2人で目指してきました。
僕が野球を始めたのも父のおかげです。

そう言えば、そのこうもり傘、いつも身につけていられますね。

ああ、これですか。
僕の父も、プロを目指していました。

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『月夜の晩に』

『月夜の晩に』

月の姉妹はお年頃。
月の姉妹は罪作り。
妹は瞳で男を誘い、
姉は美貌で踏みにじる。
妹は言葉で男を騙し、
姉は視線でとどめ刺す。
夜な夜な続く酒宴でさえも、
時々余る夜の名残り。
殺めた男を懐かしみ、
不意に流れるその涙。
月の涙にご用心。
月夜の晩のひとしずく。

月夜の晩に行ったのさ。
君のお家に行ったのさ。
月の光に身を隠し、
そっとたたずむ窓の下。
聞こえてくるのは恋の歌。
あいつが歌う恋

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『愛してる』

『愛してる』

「愛してる」
その言葉を、伝家の宝刀のように仕舞い込んでいるのなら、彼女の部屋を覗いて見るといい。

その部屋を隙間なく埋めているのは、何だと思う?
ほら、たくさんの「愛してる」だ。

古いものは、初恋の「愛してる」
これは、今では見かけなくなった装丁の日記帳の中に大事に納められている。
もちろん、彼女はとっくに忘れてしまっているけれどね。

この、見るからに重そうな「愛してる」
ドアストッパーに

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『色褪せた箱』

『色褪せた箱』

3年たったら迎えに来るよ。
そんな歌の文句のようなセリフを残して、町を出た。
薄暗い神社の境内で、
「明日は見送りに来なくていいよ。3年たったら迎えに来るから」
しかし、何も持たない若者のポケットを、都会はたちまち満たしてくれた。
約束のことなど忘れて、時は流れた。

元々、迎えに戻るつもりなどあったのだろうか。
子供だった2人には、3年というのは、とてつもなく長い時間に思えたはずだ。
何でも起こ

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『ふりかえるとよみがえる』 # 毎週ショートショートnote

『ふりかえるとよみがえる』 # 毎週ショートショートnote

毎日この時間になると、母は私を連れ出した。
幼い私を背負い、ゆっくり歩いた。
自分の歩みに合わせて、時の流れも緩やかになると信じているかのように。
この時だけ、母は少し優しくなる。
微かに鼻歌の聞こえることもあった。
厳格な父を支えるために家事をこなし、唯一気の抜ける時間帯だったのだろう。

行き先は、いつも近くの河原。 
走り回る子供たちの声が聞こえる。
ボールの弾む音。
犬の鳴き声。
母は私に

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『いつものやつで』 # たいらとショートショート

『いつものやつで』 # たいらとショートショート

「先にお飲み物お伺いしましょうか」
そんな感じじゃないんだよなあ。
そんな店でもないし。
いつもなら、
「ビールでいいでしょ」とさっさと持ってきてくれるのに。
そして、こっちは、
「あと、いつものやつで」
となるのに。
なのに、こっちまでかしこばっちゃって、
「え、ああ、ビールでお願いします」
だなんて。

どうして、こうなったんだろうなあ。
そもそもは、僕の転勤の話からだ。
昨日、急に辞令が出た

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『流された神様』

『流された神様』

いつからその男が住み始めたのかは誰もわからなかった。
気がつけば、その橋の下に住み着いていた。
まるで、あの流木がいつからあるのだとは、誰も言えないように。
目を凝らすようなことがなければ、誰にも見えていなかったのかもしれない。
それくらい、男の姿は風景に溶け込んでいた。

それでも、異質なものはやがて人々の目に留まる。
日光写真が浮き上がるように、人々の日常の中にその姿を現してくる。
長く伸びた

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『サラダバス』 # 毎週ショートショートnote

『サラダバス』 # 毎週ショートショートnote

バスに飛び乗ると、アナウンスが流れた。
「本日はサラダバスをご利用いただき誠にありがとうございます」
乗客は僕ひとり。
運転手さんの後ろの席に座った。
動き出すと、運転手さんが話しかけてきた。
「今日は、どうされました?」
僕は話し始めた。

ある人と一緒に暮らしていたんです。
でも、その時の僕は、季節の変わり目も気づかないほど、病んでいたんです。
その人にも辛く当たってしまって、その人は、自分の

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『働かないおじさんの仕事』

『働かないおじさんの仕事』

転職して初めての出勤。
部長は僕を連れて、ひとりひとりのデスクを回ってくれる。
僕も、
「よろしくお願いします」
と、本当の僕よりも少し元気よく頭を下げる。
みんな、仕事の手を止めて、話を聞いてくれる。
中には、立ち上がって、
「こちらこそよろしく」
と握手してくれる人もいる。
きっといい職場なんだ。
そんな思いに満たされる。

ひと通り、紹介が終わった後、教育担当の先輩が決められた。
こちらも優

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『貸してあげます』

『貸してあげます』

そんなことってあるだろう。
好きでも何でもない子に声をかけることって。
別に、デートに誘うとか、そんなことじゃない。
いつもひとりだから可哀想だなって。
俺でも、声をかけてやらなきゃなって。
そうなんだ。
はっきり言って、美人じゃないさ。

ある日の昼休み。
その子が、会社の食堂でひとりで食事をしていた。
他の女子はみんな数人ごとにテーブルを囲んで、食事が終わっても楽しそうに時間までおしゃべりをし

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『七夕の願いごと』

『七夕の願いごと』

窓辺のテーブルでコーヒーを飲んでいる。
夫を送り出した後、毎朝ここにきてコーヒーを飲むのが日課になっている。
その夫も、この夏が終わる頃には定年だ。
そうなれば、多分2人で来たいと言いだすだろう。
でも、私はどうなのか。
この1人の時間を、夫との時間にできるだろうか。

昨夜遅くに降り出した雨がまだ続いている。
今年は例年になく早めの梅雨明けを気象庁は告げていた。
戻り梅雨。
それとも、新しく発生

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『カミングアウトコンビニ』 # 毎週ショートショートnote

『カミングアウトコンビニ』 # 毎週ショートショートnote

集合場所は、カミングアウトのコンビニ。

カミングアウトというのは、小学校の時の担任だ。
きっかけは、谷口君だった。
終わりの会で、突然、
「僕は和田君が好きです」
教室はざわついた。
先生は多分それを静めようとしたのだろう。
「よし、先生もカミングアウトするぞ」
そして、
「先生は、静香のことが大好きだ! 」
静香は、泣きそうだった。

冗談でも、そんなことを言ってはPTAが黙っていない。
間も

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