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『働かないおじさんの仕事』

転職して初めての出勤。
部長は僕を連れて、ひとりひとりのデスクを回ってくれる。
僕も、
「よろしくお願いします」
と、本当の僕よりも少し元気よく頭を下げる。
みんな、仕事の手を止めて、話を聞いてくれる。
中には、立ち上がって、
「こちらこそよろしく」
と握手してくれる人もいる。
きっといい職場なんだ。
そんな思いに満たされる。

ひと通り、紹介が終わった後、教育担当の先輩が決められた。
こちらも優しそうな女性だ。
与えられたデスクで、早速指導を受ける。
覚えることはたくさんあるが、何とかやっていけそうだ。

昼食を済ませて、席に戻った時にひとりの男性が目についた。
窓に沿った席の、いちばん奥に座っている。
部長からも紹介されなかったので、今まで気がつかなかった。
椅子にゆったり腰をかけて、腕を頭の後ろに組んで窓の外を眺めてる。
どう見ても、誰よりも高齢だ。
「あの方は?」
担当の先輩に尋ねてみた。
「ああ、あのおじさんはね」
先輩は声をひそめた。
「いわゆる窓際族よ。それとも…」
先輩はさらに声を落とした。
「君たちには、働かないおじさんって言ったほうがいいかな」

聞いたことがある。
長年勤めて、歳をとって、何もしなくなる、お荷物おじさん。
「あの人も、一見そう見えるでしょ?」
「一見?」
「いいの。そんなことより、午後の仕事開始よ」

最初は勢いのあった僕も、陽が傾き始める頃にはくたびれてきた。
初日は覚えることが多すぎる。
でも、僕だけではない。
先輩も少し疲れてきたようだ。
周りを見回すと、他にも、あくびをしていたり、伸びをしていたり。
何となく倦怠感が漂っている。

と、その時、全員が一斉に立ち上がり窓際に駆け寄った。
気がつくと、先輩も窓際に押しかけている。
「さ、あなたも早く」
みんなが見ているのは、ビルの向こうに沈む夕日だった。
まるで、1日の労働を讃えるかのように、最後の一歩を促すかのように、赤く輝いている。
眺めるみんなの表情が少しずつ溶けていくのがわかった。
僕の中にも、
「さあ、あと少しだ」
そんな気持ちが湧き上がったきた。

みんなは、同じ方向に軽く頭を下げると、足取りも軽く席に戻っていった。
みんなが頭を下げた方向を見ると、あのおじさんがいた。
黙って親指を突き立てている。

「ほら」
席に戻ると、先輩が社内システムのメールボックスを開いた。
そこには、
「みんな、夕日が綺麗だぞ」
とだけ書かれていた。
「これって、差出人は…」
「そうよ」
先輩は、おじさんの方を振り向いた。
夕日に照らされて静かに目を閉じているおじさん。
この会社でよかったかもしれない。
あらためて僕は思った。

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