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大日本末期文学全集

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終末感が滲み出る文章がまとまったら、ここに投稿します。イラストと文を合わせて一つの作品になっていることもあるので、雑誌のような感覚でお楽しみください。
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2021年11月の記事一覧

『「それではあなたは、”自宅が近いから”それだけの理由で』

『「それではあなたは、”自宅が近いから”それだけの理由で』

「それではあなたは、”自宅が近いから”それだけの理由で弊社を?

「はい、その通りです

「めずらしいですね

「いけませんか?

「いや、悪いことはない、個人的には大変気に入っています

「個人的ということは、御社全体の見解とは相違しますか?

私は嘘がつけない人間です

そして同時に

相手を詰問してしまいます

そんな性分は充分理解していて

「ご存じのとおり貴方の他にたくさんの学生さんがい

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『遠くで銃声が響く』

『遠くで銃声が響く』

そろそろ一週間は経つだろうか

常に背後や上空から

狙われている気がする

どこにいても

スナイパーが僕の頭を的にして

トリガーを引くときを待っているようで

もちろんそんな言われはない

僕の意識が過剰なことは

充分理解している

僕の首を獲ったところで

誰も得をしないし

何も解決しない

ところで

スナイパーの姿を

僕はまだ見ていない

それに

弾丸が耳元をかすったりもしてい

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『空中庭園』

『空中庭園』

旧く王が造らせたというその庭園は

現代に至っても手入れが行き届き

時代を感じさせない洗練さを以って

訪れるものに至高の感動を与えてくれる

もとは荒れ果てた野原だった

王はその地を戦場に選び

征服し城を建て街を造った

そしてその中心に

庭園が誂えられたという

低木と色とりどりの花で仕切られた水路は

万一のときには生活用水としての備えになり

美しいけれども棘のある草木たちは

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『養育費なら手渡しじゃなくても』

『養育費なら手渡しじゃなくても』

すぐに帰るつもりで

表にはタクシーを待たせたままでいた

「じゃあ、変わりないなら、また来るよ」

いつもなら引きとめられることはない

ただこの日は勝手が違ったようで

「何か話でもあるのか?」

とくに話があるわけじゃないけど

もう少しいてもいいでしょという

彼女の言葉を振り切るように

俺は腰を上げた

「ちょっと約束があるんだ」

そろそろこんな訪問も俺はやめにしたい

だっていまど

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『「ったくどいつもこいつも使えねえし身勝手な主張ばっかり…」』

『「ったくどいつもこいつも使えねえし身勝手な主張ばっかり…」』

「未達未達うるせえんだよいいからさっさと稼いで来い無能!」

怒号がオフィスに響き渡る

営業部長による鉄槌はお馴染みの光景

怒号を浴びせられた社員はすごすごと席に戻り

アテもなく終わりも見えない営業の旅へ

「はぁ?産休なんて1か月で充分だろこれだからオンナは…」

大きなおなかを抱えた女性社員は涙を浮かべ

気分が滅入ったせいなのか手洗いへ向かった

「まだゴルフ始めてねえのか、一生底辺の

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『その鄙びた温泉街は』

『その鄙びた温泉街は』

その鄙びた温泉街は冬となれば雪深い地方の渓谷にあり

有史以来これといって栄えたという様子もなくて

そのためマスコミに取り上げられることがないから

景気やブームの波に左右される心配も少ない

そういった意味では本来のお忍びが実現できる

人によってはたいそう都合のいい場所でもあった

F氏はそのなかでも古株にあたる一軒の宿を抑えていた

古くても清潔感がありまた旨い料理と酒を出すとの評判

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『「シンキングターイム!」』

『「シンキングターイム!」』

「ではこの問題、〇だと思うひとは〇のエリアへ」

いやしかし蒸発したって

身寄りもいないし友達はバカばっかりだし

ひとりでやっていけるだけのカネがあいつに…

「×だと思うひとは×のエリアへ」

ゆうべは言いすぎたかなぁ

でも日付変わるくらい遅くなるのに

連絡よこさないから俺だって心配だったわけで…

「シンキングターイム!」

部屋にスマホ置きっぱなしで出たってことは

俺に対してやまし

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『クラゲはたいしたことないらしい』

『クラゲはたいしたことないらしい』

私服に着替えて

タイムカードをガション

ロッカーを後にする

通路の自販機で

ブラックコーヒーをチャリン

朝日が眩しい

駅までの道すがら

イルカショー目当ての

家族連れやカップルとすれ違う

俺は水族館の警備をしているけど

ほぼ夜勤専門だから

イルカショーは見たことがなくて

暗闇でライトアップされて

幻想的なクラゲの水槽も

営業時間外は

本当にただの真っ暗な空間

休みの

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『「貴様は美術学校の生徒であるな?」』

『「貴様は美術学校の生徒であるな?」』

「貴様は美術学校の生徒であるな?」

赤紙に震え慄いた日から早一週間が過ぎていた

縁もゆかりもない土地の司令部のような場所へ

汽車にゆらりゆられたのち

私は配属をされた

「つまりは絵描き、そうだな!?」

間違ってはいないが正確には違う

ただこの場合そんなことは脇へ置いて

上官の問いにはハイとだけ答える

「貴様にはこれから毎日絵を描いてもらう」

想像していた兵役と違う

たしかに同

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『いま俺はこの世でいちばん幸運なのではないかと』

『いま俺はこの世でいちばん幸運なのではないかと』

呼び鈴が鳴る

ふだんなら集金か勧誘しか来ないから

無視をするところだけども

きょうは午前中に隣室がバタバタしている様子が

伺えたせいもあって何故かドアの覗き穴を…

アタリ!

俺と同世代の女子

「初めまして、きょう隣に越してきたSと申します」

いまどき一人暮らしの賃貸で挨拶に来てくれるなんて

もしかして俺に気があるんじゃないかなどと

邪推するもちろんそんなはずはない

「これよろ

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『さてここはどこだ』

『さてここはどこだ』

埠頭の倉庫街なんて

刑事モノのドラマで

犯人を追い詰めたときくらいにしか

触れる機会がなくて

実際に訪れることなんて

後にも先にも

ないと思っていた

でもこのコンクリートのひんやりとした床

大きな音を立てて閉められたシャッター

そして鼻につく潮の匂い

間違いなくいま僕が拉致されているのは

海にほど近い土地の倉庫のような場所

今日は仕事が休みで

陽が沈むまでだらだらしていた

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『非常ベルは鳴り響き』

『非常ベルは鳴り響き』

非常ベルは鳴り響き

上階のマッサージ店や占いの館の人たちが

ざわざわと階段を下っていく

先輩の電話は終わらない

いつものとおりの仏頂面

いつものとおりの営業口調で

先方を持ち上げている

消防車のサイレンも聞こえてきた

先輩の電話がクロージングに入る

目は一切笑っておらず

インチキな言葉だけがポンポンと飛び出る

僕は先輩を見遣る

先輩が僕を睨み返す

僕はデスクトップに視線を

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『書き溜めの向こうへ』

『書き溜めの向こうへ』

アマチュア作家のS氏は

もっぱらネットの小説サイトに投稿して

創作欲求と承認欲求を満たしている

週に一回のペースで

3万字前後の純文学を

書き上げているから

驚きだ

もっとも食い扶持の仕事のほうは

おざなりになっているのだから

滑稽な話で

そんなS氏の一日は

ゆうに100作を超えるという

膨大な書き溜め原稿の整理から始まる

大昔に書いた作品は

サイトの下書きにすべて転記

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『説教パターンね』

『説教パターンね』

「君と私はいまここで初めて会った。でもよければ、訳を聞かせてくれないか」

なにがキミとワタシ…

時間稼ぎをして

説得を試みようとしているのは

見え見えだった

「赤の他人のほうが、話しやすいってことも、あると思うし」

よくわかってんじゃん

でもワタシは話なんかしないよ

そもそもアンタがこっちに来ればいいんだよ

「君が死んで、悲しむ人が大勢いる、いや…」

悲しむ人なんていないし

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