見出し画像

『非常ベルは鳴り響き』


非常ベルは鳴り響き

上階のマッサージ店や占いの館の人たちが

ざわざわと階段を下っていく


先輩の電話は終わらない

いつものとおりの仏頂面

いつものとおりの営業口調で

先方を持ち上げている


消防車のサイレンも聞こえてきた


先輩の電話がクロージングに入る

目は一切笑っておらず

インチキな言葉だけがポンポンと飛び出る


僕は先輩を見遣る

先輩が僕を睨み返す

僕はデスクトップに視線を戻す


この部屋も煙たくなってきた


そんな矢先に

ただいま戻りましたと

僕より営業成績の良い

僕の後輩が

帰社した


ちょうど先輩の電話が終わり

おうどうだった

はいきょうも〇〇件契約しましたと

会話が交わされる


二人そろって出来損ないの

僕をじろっと見る

僕はまたデスクトップに視線を戻す


外で放水が始まったようで

この部屋のガラスが水圧で割れた


後輩は座席につき

日報の入力を始めたようだ


先輩はまた別の客先へ電話を始めた

仏頂面は相も変わらず


この人たちは

逃げないのか


営業成績が最低の僕が

ここで逃げるわけには


いつ逃げるんだろう

いつ逃げるんだろうと

ひたすら意味もなく

デスクトップを睨み続けていたら

意識が朦朧としてきた


思い切って部屋を見渡せば

いつのまにやら

僕の視界から

先輩も後輩も消えて


消防士の叫ぶ声が聞こえる










この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,034件