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『さてここはどこだ』


埠頭の倉庫街なんて

刑事モノのドラマで

犯人を追い詰めたときくらいにしか

触れる機会がなくて


実際に訪れることなんて

後にも先にも

ないと思っていた


でもこのコンクリートのひんやりとした床

大きな音を立てて閉められたシャッター

そして鼻につく潮の匂い


間違いなくいま僕が拉致されているのは

海にほど近い土地の倉庫のような場所


今日は仕事が休みで

陽が沈むまでだらだらしていた


友達も彼女もいないし

安月給なもんだから

暇でも何もする気になれない


おなかが空いたから

コンビニに向かおうと部屋を出たら

声も出せぬ間に

視界を遮られ口は塞がれ

さらに両手を縛られて

クルマに放り込まれたわけ


抵抗なんて

意味ないよ


夜の都会を駆け抜けて

クルマが付いたのが

この倉庫らしき場所ということ


僕の周りを歩いているのは

恐らく4人ほど


何より驚いたのは

日本語ではなく

また英語などではない

聞き覚えのない言語


恐怖心がいっそう増した

ただここで暴れたり抵抗しても

一銭の得にもならない


そんなことを考えているうちに

疲れてもいないはずの僕は

緊張の糸が切れたのか

睡魔が押し寄せてきた


いっそ眠ってしまおう


どれだけ時間が過ぎたのか


相も変わらず異言語の男たちは

僕には理解できない会話を

続けている


そのときシャッターが再び開く

朝になったのか

目隠し越しでも陽の光を感じた


「はいお疲れ様でした~」


男たちが安堵したような声を漏らすと同時に

僕の両手両足それに五感すべても

開放された


異言語の4人組の姿は見えなくなっていて


きっちりとしたスーツ姿の男性がひとり

僕の傍らに笑顔で佇んでいる


「お疲れ様でした~初めてで大変だったでしょう」


そういいながら茶封筒を僕に手渡す

僕は中身を確認する


「帰りの交通費も込みですからね」


約束通りの金額が入っている


「それでは、またよろしくお願いしますね~」


拉致の練習台


薄給かつ暇人の僕には

悪くないバイトだな


さてここはどこだ

どうやって帰ろう









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