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『養育費なら手渡しじゃなくても』


すぐに帰るつもりで

表にはタクシーを待たせたままでいた


「じゃあ、変わりないなら、また来るよ」


いつもなら引きとめられることはない

ただこの日は勝手が違ったようで


「何か話でもあるのか?」


とくに話があるわけじゃないけど

もう少しいてもいいでしょという

彼女の言葉を振り切るように

俺は腰を上げた


「ちょっと約束があるんだ」


そろそろこんな訪問も俺はやめにしたい

だっていまどき無意味だろう

養育費なら手渡しじゃなくても


「だからすまないけど、また来月にでも」


そう言って玄関を出て

タクシーに乗り込む俺


それにしても様子が変だな

まぁしかし俺の知ったことではない


都心のとあるホテルのレストランで

俺はA子と待ち合わせしていた


「待たせたかな、ごめん」


先に席についていたのはA子だった

飲み物も頼まずスマホもいじらずに

けなげに待っていてくれたようで


「じゃあ、乾杯」


スパークリングワインでまずは潤し

それからA子はアラカルトで

前菜とちょっとした魚料理を注文した


「もうすぐ俺たち一年になるのか」


そうね早いよねと微笑み返すA子

この笑顔を見れば日頃のストレスなど

すべて吹き飛んでいってしまうから不思議だ


少し酔いが回ってきたところで気を引き締め直し

きょう俺が用意してきた提案を口にすることにした


「そろそろ、その…結婚とか…どう?」


想像もしていなかったという表情で驚くA子

俺より10も若い彼女を

困惑させてしまったかも知れない


「あ、ごめん…急だよね」


謝らないでとても嬉しいからとの返事

ただ本当に籍を入れるかどうかは

少し考えたいとのこと


「うん、考えてくれると嬉しいな」


互いに翌日に仕事を控えていたため

その日はディナーでお開きになった


帰りのタクシーで俺のスマホが鳴る

前妻からのメッセージだ


"A子と会ってた?あの子、刑務所で私と同じ班だったよ"


前妻には礼として

養育費を少しキャッシュバックしないとな










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