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『「貴様は美術学校の生徒であるな?」』


「貴様は美術学校の生徒であるな?」


赤紙に震え慄いた日から早一週間が過ぎていた


縁もゆかりもない土地の司令部のような場所へ

汽車にゆらりゆられたのち

私は配属をされた


「つまりは絵描き、そうだな!?」


間違ってはいないが正確には違う

ただこの場合そんなことは脇へ置いて

上官の問いにはハイとだけ答える


「貴様にはこれから毎日絵を描いてもらう」


想像していた兵役と違う

たしかに同じ汽車に乗った友人たちと

途中で引き離されて私だけがここへ


「カイガというのか、絵の具で…なんだか…まぁ」


ゲージツになんて1ミリもキョーミがないであろう

チューイカッカによるアリガタイジレー

つまり

芸術になんて1ミリも興味がないであろう

中尉閣下からのありがたい辞令はそこまでで

詳しくは担当の上官から指示があるという


「ときに貴様、この職務は極秘裏に遂行されねばならぬ」


そんな予感はしていた

銃や弾薬の見えない建物に籠り

与えられたのはカンバスと画材


正確には私は美術史の専攻で

いわば観る方の専門であったが

描くほうもそれは常人よりは心得がある


この特命らしき任務が

どれほどの重要性をもつのやら

いずれにしても

過ちは許されることがないであろう

あぁあるいは

銃を手に戦場をかけずりまわるほうが

もしや気楽かもしれん


担当上官からの初めの指示は

卓に置かれた果物の静物画

左から林檎、蜜柑、洋梨そしてランプ

見本となるモチーフなどないから

脳内で補完して描き上げよとの命


三日の猶予を与えられ

無事に仕上げた


休む間もなく

次は名もなき高原で湖を望む風景

抜けるように高く雲一つない秋空の下

そんな指示だった


これまた私の浮かぶ限りに

瞼の裏に情景を描いてから

丁寧にカンバスへ落としていった


文句の一つもつくことがなく

納めることができた


指示役の上官から伝え聞いた話では

チューイカッカはヒジョーにゴキゲンだと

それは私の絵が至極出来栄えが良いからだという


光栄極まりないとだけ返事をしておいた


---


幼い頃に爺さんの話を聞いただけでは

なんのことやらピンときていなかった


戦時中に絵画が暗号として使われたという

歴史ドキュメンタリーの番組を目にするまでは


史実に名高いあの作戦やあの行軍

あるいは勝った負けたの合図も

うちの亡き爺さんの絵によって

司令部から前線に伝えられたのかもしれない


ところがその証左となる絵画はすべて

終戦と同時に焼き払われたというから

まったく煮え切らない話で






















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