『「それではあなたは、”自宅が近いから”それだけの理由で』

「それではあなたは、”自宅が近いから”それだけの理由で弊社を？

「はい、その通りです

「めずらしいですね

「いけませんか？

「いや、悪いことはない、個人的には大変気に入っています

「個人的ということは、御社全体の見解とは相違しますか？

私は嘘がつけない人間です

そして同時に

相手を詰問してしまいます

そんな性分は充分理解していて

「ご存じのとおり貴方の他にたくさんの学生さんがいるでしょう

「えぇ、ライバルが多いことは承知しています

「やはり彼らは皆弊社でね、どんな仕事をしたいとか

「それみんな嘘ですよ

「な、なんてことを

「当たり前でしょう

就職活動では

圧倒的に不利になることも

私は覚悟していました

だからできるだけ

そんな癖を隠すというか

ごまかすというか

訓練はしてきたつもりで

でもやっぱりうまくいかなくて

「当たり前なんてことはない、皆希望に満ちていますよ

「それではまるで私が希望に満ちていないように受け取れます

「なかなか達者だね貴方は

「"自宅が近い”のどこがいけませんか？

「それは悪くないよ、ただ他に志望動機はないのですか？

「ありません！

面接官につられて

つい興奮してしまった私

正直者はバカを見る

古くからある慣用句です

私はまさにその典型例

「もうね貴方、お引き取りいただいて結構

「私は不合格ですか？

「残念ながらご縁がなかったということで

「そうですか

「それではまたの機会に

「失礼いたします

またダメだったという

自責の念に押しつぶされそうになりながら

帰路につきました

とはいってもこのビルのすぐ隣のマンションですけど

リクルートスーツから着替えた私は

おなかが空いたので

馴染みのおそば屋さんに行ったんです

そうしたら先ほどの面接官もお昼に

「あっ、さっきの貴方！

「もう…私は不合格ですから…

私は足早にきつねそばを受け取り

そそくさと着席しました

そうですここは食券を買って

カウンターで受け取る仕組みのお店です

私になかば無視されたかたちの面接官をちらり見遣ると

ほんとにちかいんだねすごいねこりゃもったいないねと

私を不合格としたことをたいそう悔やみながら

おそばをすすっているようにみえました

ざまぁみろっていうのはまさにこのこと

そしてたぶん面接官が食べていたのは

かき揚げそばと親子丼のセットです

私より自宅が遠いやつら

みんな不合格になればいいのに