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リロイ太郎
2022年3月14日 23:58
自分に自信を持ったら良いのさ。バイト先の店長は、僕の誕生日にそう言うとプレゼントをくれた。あれは、僕が20歳の夏。芸人の大学生の二足の草鞋で、たまたま行っていた飲み屋で仲良くなった飲食店の店長さんに、盛り上がりの勢いで誘われる形で小遣い稼ぎ程度のバイトを始めた。小遣い稼ぎ程度とはいえ店長は僕に本当に優しくて、短いバイトの勤務時間の後には決まって、バイト代よりも高い金額でお酒と晩飯を御馳
2022年3月11日 22:00
僕が大学を卒業したのは今から5年前の今日。四年制の大学を5年かけて卒業したのは、芸人としてのスケジュールの都合がうまく合わせられなかったからだ。高校卒業と同時に芸人になることを決めていた僕に、父親は大学への進学を勧めた。両立を決めてから受験勉強をし、無事合格。桜が舞う中での入学式には、父親が付き添ってくれた。そこから、2年生になる頃にはプロの芸人としての生活も始まり、仕事と大学の二足の
2022年3月8日 23:59
自転車でバイト先のたこ焼き屋に向かう早朝。整備の行き届いてない僕の自転車は、キーキーと耳障りの悪い音を立てていて、それをだるそうに漕ぐ僕。すると後ろからバイクの音が近づいてきて、エンジン音にかき消されない大きさで声をかけられる。おうリロイ、今朝もバイトか?昨日も遅くまで飲んでたんだろ?偉いな!声をかけてきたのは、ヒビノさん。ヒビノさんは若手芸人でひたすらにお金のないくせに、時間は余りま
2022年3月7日 23:28
先日からどんな因果か、突然僕にありがたいお仕事の話が舞い込んできた。今日はその仕事で新宿にある小学校を改築して作った本社に出向いた。小学校の校舎を改築したと言っても中はおしゃれな感じで、それでいてやっぱり学校らしさもある会社だ。かつて渡り廊下であったであろう通路を奥に奥にと進みながら、すれ違う社員さん達に挨拶を繰り返して、目的地の楽屋に着いた。楽屋に着くと、中には4人のスタッフさんが
2022年3月6日 23:42
分厚い雲に覆われた灰色一色の空を、マンションの階段の踊り場で仰向けになって泣きながら見つめていた。1月の半ば、新年を迎えてさあこれからまた一年楽しもうと意気込んだ僕は、3年半付き合った彼女と別れた。人生で初めての彼女と別れたこと、そして別れるということの虚無感と悲しさに押しつぶされ、別れた日から3日悩みに悩んで死にたいと思った。誰にも迷惑をかけないようにとか、遺言を書いてからとか、気の
2022年3月5日 23:26
一度だけ、人生で一度だけ。理由は些細なことで、同じことをずっとイジられ続けた高校生の僕は、気がつくと仲の良かった友達の左の頬に拳を叩き込んでいた。殴り合いの喧嘩とかに発展するとかでもなく、ただ一発の右フックを見舞われた友達はその頬を撫でるように抑え、その場に立ち尽くしていた。僕から見た印象だけだけれど、何やら怒るとか悲しいとかよりも驚いたようだった。気がつくと殴られていたのだ、それはも
2022年3月4日 23:35
今日は久しぶりに新宿の本社に行きました。よしもとの本社に通っていたのは、コロナ禍になる直前。今日までに本社に行ったのは数える程度で、久しぶりの本社にドキドキして向かった。今日は久しぶりに誰かに会えるかな?誰に会えるだろうとワクワクしていた。楽屋に通されて重い鉄の扉を引き、おはようございます!と大きな声で挨拶をすると、その声は遮るものなく自分にだけ反射して返ってきた。内容は言えない
2022年2月6日 23:57
「もういいよ!」「もう良いの?」『どうも、ありがとうございました!』群馬のはずれで、沢山の出店の明かりに照らされて、鳴り響く大太鼓の懐かしい音色と聞き馴染みのある盆踊りの名曲の数々、そこに設けられた巨大なステージの上から、沢山の観客を見下ろしながら、漫才をする。客達の笑い声は次第に大きくなり、次々に出てくる芸人は気分良く得意の芸で会場の熱気をさらに高めていく。2人が出会ったのは、中学時
2022年1月3日 22:54
ねぇ、もうやめて帰らない?誰が言い始めてもおかしくないほどに、長時間車を走らせていた。悪魔のような昼の暑さとは違う、時に美しさすら感じるような夏の澄んだ夜の空気が、開け放された車内を撫でるように通り抜けていく。車の中で運転席に座る父親と、サイズの合わないシートベルトを締めながら後部座席に窮屈そうに座る息子は、互いに言葉少なにどこまで行っても変わらない景色を眺めていた。運転席で額に大汗を
2021年12月28日 23:50
雨の降るイギリスの空は、日本で見るあの空と同じ色なのだろうか?2ヶ月を過ごした異国の地の学舎から外に出た時、タロウはそう思わずにはいられなかった。夏休みまであと1ヶ月と迫った頃、父親に勧められるままにタロウのイギリス短期留学が決まった。向かう先は日本から遠く離れたイギリスの、小さな田舎町。だけど、どこかで聞いたような地名の場所で『サンドウィッチ』という所だった。そんなお腹の空くような名前の
2021年12月14日 23:44
本当だったんだ…心の中でそう呟く。踏切の赤いランプは交互に点滅し、何故だか気の遠くなるような音を、リズムを刻むように発している。その音を、時折ランプの光で赤く照らされる部屋の壁を見つめながら、窓際に敷かれたシングルサイズの布団の上で横になりながら静かに聴いている。お風呂上がりの微かに火照った体は、夏の夜の気だるいような蒸し暑さのせいで、すでにうっすらと汗をかいていた。12時を20分
2021年12月8日 22:28