見出し画像

祭りのあと【ノンフィクション短編小説】

もういいよ!」
「もう良いの?」
『どうも、ありがとうございました!


群馬のはずれで、沢山の出店の明かりに照らされて、鳴り響く大太鼓の懐かしい音色と聞き馴染みのある盆踊りの名曲の数々、そこに設けられた巨大なステージの上から、沢山の観客を見下ろしながら、漫才をする。客達の笑い声は次第に大きくなり、次々に出てくる芸人は気分良く得意の芸で会場の熱気をさらに高めていく。

2人が出会ったのは、中学時代。そこから高校卒業までの6年間で友情を育んだ。とりわけ、高校に上がってからの3年間は漫才に夢中になった。「ツッコミを俺がやるから、ボケをやって。」というような誘いから、初めは乗り気でなかったが、気がつけばツッコミの言う通り漫才にハマっていった。高1でやり始めた漫才に、高2で飽きかけたが、なんの気まぐれか高3の夏に漫才の甲子園に出る事で合意。1年間の休止はまるで無かったかのように、とんとん拍子で決勝まで進み、そのまま優勝をして、高校卒業と同時に養成所に通い始めた。養成所に通い出して半年経つ頃、漫才のお馴染みの「もういいよ!」というツッコミに、ボケが「もういいの?」と決めポーズをする。夏の合宿のネタ見せ大会、突然のアドリブから生まれたこの流れは、2人のお気に入りにすぐなり、ネタの締めの定番になった。

プロになることを2人で決めてから、初めはそれまでと同じように上手くはいかないものの、徐々に個人の仕事も増えてきた。順調、そして順風満帆な滑り出しの3年目。
養成所入学と同時に、大学に通い始めた2人が大学も卒業する年の夏。

気がつけば出会いから10年、コンビ歴6年。大きな賞レースでも、芸歴が浅いながらもまずまずの結果を出し、営業の仕事も貰えるようになってきた。

ツッコミが書くネタは毒もあるが、万人ウケする良いネタだった。ボケは20歳から始まったレギュラー番組の収録を2週間に一回、そのほかの日も2日に一回は舞台とテレビに忙しくしていた。仕事の量に差はあれど、お互いの目指す先は同じ、それぞれの努力が身を結びコンビでの営業や収録が増え始めてきて、マネージャーがつくことになった。

マネージャーがつくことになる凄さを知らない2人は、当たり前のように受け入れるも、周りの芸人達の目は厳しくなっていった。

3年目の夏祭りの営業。ツッコミはコンビでの3度目の営業にウキウキしながら、行きの新幹線に乗り込み、その珍しいウキウキしたツッコミに半ば冷めたフリをしているボケも、2時間後の営業にではなく2人のこの先に心を躍らせていた。

トップバッターで出番を終えて、ステージは順調に進み、新幹線の終電がなくなり、若手に宿泊はさせられないと急遽用意してもらった帰りの車内。仕事をやり切った充実感に高揚した2人は、帰りの車内でも運転手との会話がはずむ。

2人の得意のエピソードトークや、2人の生い立ちを聞きながら、運転者は深い相槌と時折とりとめのない質問を繰り返す。

祭りから物理的な距離は離れているのに、祭りの続きを楽しむかのように、盛り上がる車内。

運転者が、また一つ質問をした。

「2人は大学にも通いながら漫才師をしてるんだよね?すごいね。俺だったら、大学に通ってたら漫才なんかよりももっと稼げる仕事探しちゃうよ。その道を捨てて、漫才で稼ごうってんだから凄いよ。頑張って欲しいねぇ。」

『ありがとうございます!今年のM-1も一回戦は通過したので、今年は仕事も増えてきて調子もいいので、今年こそは3回戦には行けるとおもうので、マジで頑張ります!』

ボケが答える。

台詞こそ揃いはせずとも、帰りの車内でも途切れることのなかった漫才のような掛け合いが初めて途切れ、ツッコミは何も答えず苦笑いしていた。


「いやなんで苦笑いなんだよ!急に眠くなっちゃったのかよ!確かに優しい相槌と運転で心地よくて、俺も眠くなってきたけど!」

漫才ではボケをすることが多くても、普段はツッコミに回ることの多いボケは、いつものように下手くそなツッコミをする。それにリズムよく

「寝ちゃうのは仕方ないけど、2人が起きなかったら運転手の俺が困っちゃうから、新宿で起こすね。」

と運転手が応える。

「実は就活もしてて、最近内定ももらって就職先が決まったんです。」

小気味よく続いた会話に、鋭すぎる返答。予想をしていなかった反応に、ボケは景色の変わらず流れていく高速道路の壁を見つめることしかできなかった。

「これは相方にも言ってないことだったし、いつかは言わなきゃと思ってたんですけど、まさかここで言うとは思わなかったです。」

「そうか、そういう道もあるよね。」

運転手の否定とも肯定とも取れない返事だけが車内に虚しく響く。

「なんだよそれ、聞いてねぇよ。逃げじゃねーか。」

景色を見飽きたわけでなく、すぐに向き直り、思いつくだけの否定の言葉をぶつける。ボケの言葉は、ツッコミの舞台と変わらない厳しさにはじき返されるだけだった。

考えれば考えるほど、理解が追いつかないボケの思考のように、点から線に変わり続ける高速道路の街灯はその形を失っていた。祭りの熱気はすっかり冷め、肌寒さを感じる気がしはじめた頃、車は周りの景色と共に止まり、目的地新宿に着いた。

目を合わせることもなく車を降りる2人に、

「否定できないよね。でも2人でよく話し合った方が良いと思うよ。今日のステージ見てたけど、間違いなく君たちが今日のステージを温めたよ。本当におもろしかった。また連絡するね。」と運転手が言う。

「ありがとうございました。またお願いします。お疲れ様でした。」

歩き出した2人は、どこに向かうともなく新宿南口に立ち止まり、ボケが聞く。

「やめるの?やっと上手くいき始めたのに?」

「まぁ、リロイはレギュラーとか仕事があるから良いけど、俺はそんなにだし、もうヤバいかもと思って。だから、とりあえず就活してた。黙ってたのは、言ったら否定されるの分かってたから言い出せなかった。それはゴメン。」

「漫才やめるのか?って聞いてんだよ。」

「まだ決めてない。仕事しながらやれるならそうしたい。でもやめたくない。」

「そうかぁ。」

腑抜けた返事しか出来なかった。
結論は保留、その日はそのままお互いが帰路についた。

ツッコミの元々小さな背中が、衝撃の告白と共にさらに小さく見える。
ボケの若さに任せた生意気さが、行き場のない怒りとも哀しみとも取れない感情に変わり、涙は出ずとも空を見上げながら帰ることしか出来なかった。


次の週に、昼のトーク番組に出演が決まり、3日連続出演した。その出演最終日、どちらともなくテレビ局の喫煙所に揃った2人。ボケが話しかけた。

「分かった、就職は認めるよ。それに、解散するって言うならしよう。でもするならやり切ってからじゃないと、と思う。解散するってとか、なんにせよ、こっからもう一度2人で頑張ろう。その上で、またちゃんと話して、それでやっぱり解散した方が良いとなるなら、その時はその時。どう?」

「分かった。ありがとう。」

漫才にするには長すぎるセリフと、少ないやり取り。

目標だったM-1は夏の終わりに3回戦進出、コンビでの営業も増え、秋についに若手のランキングライブで上位昇格。

気が付かぬうちにばらけていた足並みを揃えてからというもの、全てが順調に進んでいった。

そして、プロになってからの念願だった単独ライブが決まったのが冬。

2人の出した結論は、解散だった。
結局最後まで保留した結論を濁すかのように、無期限休止ライブと銘打って準備を進めた単独ライブ。

時には互いに殺したいと思うほど嫌い合い、コンビで苦虫を潰し、プロの厳しさを味わった2人は、出会ってから10年間で最もお互いを信頼しあい、高めあい、気がつけば学生の頃の話を全て思い出し、共にネタ作りに熱中していた。

緊張はない。いつもと同じように、舞台直前に2人だけの謎のハンドサインを交わし飛び出した最後の舞台。
会場は満席、爆笑の渦に呑み込まれていく。

最後の舞台、最後のネタに選んだのは過去1番の出来の中学時代から10年間を振り返る新ネタ。

どちらともなくネタ中に涙と鼻水を振り散らしながら、最後のツッコミ

「もういいよ!」

「よくねーよ!嫌だ!まだ終わりたくない!」


ボケの完全なアドリブに、呆気に取られることなくツッコミが続ける。
「これで本当に最後だよ。もういいよ。」

「もういいの?」


『どうもありがとうございました!』



暗転と同時に人目を憚らず、はじめて抱き合った。


新たな季節がやってくるころ、2人は別の道。どこにでもある日常じゃない日々は終わり、新たなそれぞれの道を進む。



リロイ太郎

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?