#連載小説
小説・「海のなか」(32)
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何度も繰り返し、叫んでいる。
「ーーーー!」
誰かを追いかけていた。
遠くに長い髪が靡いているのが見えた。わたしと同じ、色素の薄い髪が日の光に透けた。
ああ。あの後ろ姿を何度も見送ったことがある。
「ーーーまって!」
飽くほど口にしたはずの言葉を、また吐き出した。
その人が決して立ち止まらないのを、よく知っていた。馬鹿みたいだ。こんなこと、意味がないのに。そんなふうに嘲笑してみ
小説・海のなか(30)
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いつのまにか、わたしは外へと飛び出していた。全てを剥き出しにし、なりふり構わず。気がついた時には既に、家へと続く長い坂道を走り降っているところだった。
一歩踏み出すたび、歩みが身体中に響いてわたしの内側を滅多撃ちにした。久しぶりの全力疾走に、呼吸音しか聞こえなかった。現世の全てが遠ざかり、その分頭の中の光景が色濃く迫ってくる。日暮れの青く染まり始めた家路はやけに遠く感じられた。
も