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Random Walk

288
執筆したショートストーリーをまとめています。
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2020年10月の記事一覧

ちはやぶるは秋の神

ちはやぶるは秋の神

天気も良いので紅葉を見に行こう、と言い出したのは相変わらず東條先輩だった。大学の近くに紅葉で有名な神社があるらしい。

オカルト同好会の会長である先輩が言えば、しがない平会員の私たちは従わざるをえない。まあ、たとえ会長でなかったとしてもたぶん強引に、首に縄をつけてでも私たちを引っ張っていくであろう先輩だけれども。
それに東條先輩含めて実質同好会員と言えるのは私と一つ上の男子の先輩である宗像先輩の3

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『→北海道まで』

『→北海道まで』

既に3時間が経っていた。

「いやー、止まってくれないねえ」
「……」
「お腹すいたね」
「……まあ、そうだな」
「ねえねえ、あそこに吉野家あるしさ、ご飯食べて帰らない?」
「お前、言い出しっぺの癖に自分から言うなよ、そういうこと」

はあ、とため息をついて高木竜二はスケッチブックを持って構えていた手を下ろす。彼の隣でしゃがみこんでいるのが杉原拓海で、向かう目線は大通りの向かいにある牛丼屋に釘付け

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アレクサ、電気をつけて

アレクサ、電気をつけて

家に帰って玄関のドアを開けると、家の中は真っ暗だった。
おかしいな、と思って足元を見る。
玄関には妻の靴が奇麗に揃えられてお澄まししていた。という事は、妻はもう帰宅しているという事だ。

僕たち夫婦にはまだ子供がいないので、二人ともフルタイムで働いている。
ただ場合によっては夜勤もある不規則な僕の勤務体系と違って、妻の仕事は定時が決まっているので大概は家に帰るのは妻の方が早い。
だから僕よりも先に

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椛と楓

椛と楓

「椛(もみじ)と楓(かえで)ってほんとよく似てるよな」

電車のボックス席の向かいに座る幼馴染の双子の姉妹を見つめながら、僕はいったいこれまでの人生で何度目になるのかも分からないお決まりのセリフを呟いた。

「「双子だからね」」と、こちらもお決まりのセリフを向かいの二人がそろって答える。

確かに双子だから似ているといえばそれまでだけど、それにしたって似すぎているし、名前も「椛」と「楓」って安直す

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朽ちるとき

朽ちるとき

おそらく見捨てられたのだ、ということには薄々感づいていた。
ごそごそと周りを動き回るものたちの気配がしなくなってからずいぶん経っているからだ。

しかし長年ここで仕事を続けてきた彼には他に出来ることもない。
動くこともできず、やれることと言えばこれまで通りに自分の仕事をこなすだけだった。

仕事を?
もはやそれを有難がってくれるものもいないというのに?

仕事をこなすには定期的なケアだって必要だ。

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或る老人の死

或る老人の死

その老人は部屋に這入ってきた俺をその目で聢と見つめてきた。
死を目前にした老人とは思えない力のある瞳、その眼力に俺はたじろいでしまう。頬は痩け、手足は棒のように細く最早自らの意志で体を動かすことすら儘ならない筈であるのに、いや、だからこそなのかその目は爛々と輝いているかのようだった。

その老人は哲学者なのだという。

納棺師が死ぬ前の人間に会うことはない。俺達の仕事の対象は全て死んだ後の人間だ。

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冬を迎えるタイミング

炬燵を出すタイミングが分からない。
それはもう毎年のように悩みに悩んで炬燵を出している。
最近では足の高い机に後付けで取り付けるタイプもあるけれど、我が家にあるのは昔ながらのローテーブルのタイプだ。

ライターの仕事をしている私は最近もっぱら家で執筆することが多いのだけど、私の作業はリビングに置いたローテーブルでやることが多い。
たまにソファに座ってノートパソコンを膝に置いて作業するくらいか。

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グレートエスケープ

グレートエスケープ

学校へと向かう方向とは逆の電車に乗ってみようと思ったことに、別に理由はない。

あえて言うなら少し冷たさを纏いはじめた秋風に背中を押されてのことだった。いつもの通学電車を待つホームの反対側、階段を上りきった私を出迎える様に滑り込んできた電車に踏み込むと、嚥下するようにドアは閉まった。

冗談みたいに遠ざかっていく学校を思うとくすくすと笑いが込み上げてくる。変に思われやしないか、と少し心配になりこっ

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「彼女の傘のゆくえ」~江戸傘張り恋慕情~

「彼女の傘のゆくえ」~江戸傘張り恋慕情~

傘を広げたのは、ぽたぽた、と雨の音が聞こえたからだ。

しかし傘を広げたところでお清(きよ)が目にしたのは、何の拍子にか先の所の油紙が破けてしまっており、最早その傘が役目を果たさなくなった、という事実だった。

「ああ、なんてこと。せっかく善次郎様が仕立てたものなのに」

しかし傘張りの腕も名高かった青山の善次郎はもうこの町にはいない。
ある日突然、お清の父親の清兵衛が営む長屋から忽然と姿を消して

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馬も酔わせる恋心

馬も酔わせる恋心

いったいなんて読むんだ?というのが最初の印象だった。

「馬酔木」という名前のその店は、煉瓦造りのクラシックな見た目で大通りの交差点に居並ぶ建物の中でも一際目を引く外観をしている。
街路樹が黄色く染まるこの季節は、より一層雰囲気が増して、店の周囲だけはパリの大通りを思わせた。

その店名は構成している文字自体は難しくないくせに、続きで並ぶと全く読み方が分からない。

あまりにも一点を見つめて難しい

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秋夜の逢瀬

夜にジョギングを始めたのは、だんだんと気温も下がり涼しくなってきて走りやすいかな、とふと思ったからだった。
別に深い理由があるわけでもない。

勤務時間がゆるやかな今の会社は宵っ張りの僕にとってはありがたかった。
加えてリモートワークで重要な会議の時以外は自分の好きなように勤務時間の調整ができたので、昼過ぎから仕事を始めて、パソコンを立ち下げるのは大体夜の11時を過ぎてから。
一日に一回くらいは家

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想いを馳せて

想いを馳せて

足を踏み出すたびに、カサカサと落ち葉の擦れる音がする。
柔らかな木漏れ日の差し込む昼下がりの雑木林の中を歩いていた。

そんな僕の脇を、歓声を上げながら小学生くらいの一人の男の子が走り抜けていった。落ち葉をまき散らしながら走っていくその姿に、僕は自分がその子ぐらいだった頃をふと思い出していた。

あの頃は近所の林が遊び場だった。
少し家から離れていたから、毎日というわけには行かなかったけれど、僕の

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ほろにがいココアをひとくち

ほろにがいココアをひとくち

台風が日本列島を頻繁に訪れる様になり、季節はすっかり秋の衣を纏っている。街路樹の葉っぱも頭の上から順番に色づいてきていて、ときおりかさかさと茶色の落ち葉が落ち始めているのを見かけるようになった。
そろそろ手袋も必要かな、と自分の手を見ると小さいささくれが出来ていて、見ているうちに私の心もささくれてくるのが分かる。

「……いや、なに浸ってるのよ透子」
「いいじゃない、ちょっと浸るくらいさせてよ」

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はじまりの景色

はじまりの景色

記憶というものは不思議なもので、覚えていたいことをすっかり忘れてしまっていたり、かと思えば全くもってどうでもいいようなことをいつまでも覚えていたりする。

例えば初めて男の子とお付き合いを始めた時のふわふわした感情はとてもよく覚えているのに、なぜかその男の子の顔はすっかり忘れている。それは私の頭の中にある霧がかった記憶の海の奥底に深く深く沈んでしまっていてもう最新の設備を備えた探査船でもたどり着け

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