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ほろにがいココアをひとくち

台風が日本列島を頻繁に訪れる様になり、季節はすっかり秋の衣を纏っている。街路樹の葉っぱも頭の上から順番に色づいてきていて、ときおりかさかさと茶色の落ち葉が落ち始めているのを見かけるようになった。
そろそろ手袋も必要かな、と自分の手を見ると小さいささくれが出来ていて、見ているうちに私の心もささくれてくるのが分かる。

「……いや、なに浸ってるのよ透子」
「いいじゃない、ちょっと浸るくらいさせてよ」

郊外のアウトレットモールのお洒落なカフェで過ごすひととき。
はりきってオープンテラスの席についたはいいものの、思いのほか寒いことにちょっと後悔し始めて、シナモン入りのホットココアのカップを掴む手もだんだんと冷たくなってきている。

「ほら、また浸ってる」

向かいの席で私の方を見ながら呆れたように頬杖をついているのは大学の同級生の汐里。彼女の視線はこちらの席の後ろに大量に列をなしている紙袋たちに注がれていて、私は今から月末のカードの引き落とし金額に戦々恐々としているところ。

「振られる度に大量に買い物する癖、どうにかした方がいいんじゃない」

紙袋の行列を汐里が指さして、私に容赦なく現実を突きつけてくる。

「うう……」

反省してます。でも後悔はしていない。いやしてるけど。

「なんでいつも上手くいかないのかなぁ」
「それはあんたがいっつもいっつもお相手のいる男を狙うからでしょ。なんでそう誰かが不幸になる選択しかできないの」
「だって……」

だってやっぱり誰かに恋してる男の人って素敵に見えてしまうもので。
たとえその視線が私に向けられているものではないのだとしても、その柔らかな目をこちらに向けてほしいと一度思ってしまうとどうしても自分を抑えられなくなってしまう。

「もしあたしの彼氏に手を出したりしたら、友達の縁を切るからね」
「……はい」

神妙に頷くものの、汐里の彼氏にかつて一度告白してあっさりと振られたことは内緒にしている。私も汐里も彼も同じサークル仲間なのでもちろんお互いの事を良く知っている。
……タイミング的に汐里と付き合いだす前だったはずなので、たぶんセーフ、のはず。
彼の方も汐里には言わないでいてくれているみたいで、そんな気遣いができるところがまた魅力的でずるいと思えてしまう。汐里はいい子でたぶん私の一番の友達だから、ずっとそのことを黙っていることに心の隅が重くなることもあるけれど、一度奇麗に振られたおかげで私もそこまでの後ろめたさは感じずに済んでいる。

いつか汐里にそのことを告げる日は来るのだろうか。
それを告げることが出来た時に、私はやっと彼を思い出にすることができるんじゃないかと思う。口をつけたココアはすっかり冷めていて、なんだかちょっとほろ苦い味がした。

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