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椛と楓


「椛(もみじ)と楓(かえで)ってほんとよく似てるよな」

電車のボックス席の向かいに座る幼馴染の双子の姉妹を見つめながら、僕はいったいこれまでの人生で何度目になるのかも分からないお決まりのセリフを呟いた。

「「双子だからね」」と、こちらもお決まりのセリフを向かいの二人がそろって答える。

確かに双子だから似ているといえばそれまでだけど、それにしたって似すぎているし、名前も「椛」と「楓」って安直すぎないだろうか。
いい名前だと思うし人の親に文句を言うつもりはさらさらないけれど、もう少し考えた方が良かったのではと思わなくもない。
僕は腕を組んでため息をついた。

「いや、双子にしたって中学生にもなればなんていうかさ、それぞれの個性みたいなのが出て来るじゃん?」
「あるよ、個性」「うん」と椛、楓の順で答えてくる。
「奥ゆかしいのが私で」「慎ましいのが私」と今度は楓と椛の順で言ってくる。

それはほとんど同じ意味なんじゃないのか、という言葉を僕はぐっと飲みこんだ。絶対にこちらをからかっている。下手なリアクションを返せばいつものようにニヤニヤこちらを笑ってくるのがオチだ。
僕は不貞腐れたように頬杖をついてボックス席から見える風景に目をやる。
このところ急に寒くなってきたせいか、車窓に見える街路樹も頭の天辺から徐々に色ずいてきていた。
高圧線に切り取られた空はすっかり秋の気配に満ちていて、筆で薄く塗り付けたように流れる雲も空の高さを際立たせている。
ふと気になったので二人に聞いてみる。

「そもそも、モミジとカエデってどう違うんだ?」
「「一緒だよ?双子だし」」と、二人声を揃えて答える。

……いやそうでなくて、本当のモミジとカエデの違い……ややこしいな。

「えーと、モミジもカエデも紅葉する木の事だよな?」
「ちょっと違うかな」と楓。
「カエデはモミジって呼ばれるけど、でもこの場合は紅葉してることを言うことが多いよね」と椛。
「そうそう。秋の夕日に、照る山紅葉っていう歌詞があるよね」と楓。

カエデはモミジって呼ばれる、の時点で僕は混乱していた。

「えーと、よく見かける赤く染まる手のひらみたいな葉っぱをつける木は、どっちなのさ?」
「たぶんよくみかけるのはイロハモミジだよね?」と椛。
「そうそう、たしかカエデ属なんじゃなかったっけ」と楓。
「でもイロハカエデとも呼ぶんじゃなかった?」と椛。
「あー、そうかも」と楓。

えーと、モミジはカエデ属で、でもカエデとも呼ばれる……。椛と楓がモミジとカエデの話をしている時点でもう駄目だ。聞いた僕が悪かったと反省し、僕は理解することを諦めた。

「まあどっちでもいいって事だよな」

結論付ける様に僕が言うと、二人は何故か不満そうな顔をする。

「ねえ、そもそも今、私たちがどっちがどっちかって分かってる?」「いまだにキミは私たちの事間違えるよね」
「……別にいいだろ、細かいことを気にするなよ」

僕は腕を組んでぷい、とそっぽを向いて考え始める。
駅のホームに並ぶまで先を歩いていたのが椛だろ、だからボックス席の奥の方に座っているのが椛のはず。
いや待てよ、電車が来るまで二人は並んで待っていて、右側に立っていたのが楓で、左側に立っていたのが椛だった。
電車に乗ってから僕らは右側のボックス席に座ったから、奥に座っているのが楓なのか?

普段ならブレザーの胸元に名札を付けているからそれを見ればわかるのに、今は二人とも名札を外しているのだ。ふとさっきの事が思い出されて僕の顔がそれこそ紅葉のように赤くなるのが分かる。

「あ、赤くなった」と楓(?)
「そう言えばさっきの返事もらってなかったよね」と椛(?)

ぐ、と僕はつぶされた蛙のような声を喉から漏らす。
僕は今日の放課後に突然空き教室に呼び出されて、二人から告白されたのだ。お互いフェアなように、とよくわからない理屈で二人は名札を外して交代で僕に告白してきた。ちょっと考えさせて、と言ってそのまま三人で電車に乗りこんだのだけど、まさかこのタイミングで蒸し返されるとは思わなかった。

「「で?佐藤君は一体どっちと付き合ってくれるのかな」」

どっちでもいいような。それじゃダメなような。

全く同じ表情でくすくすと笑う二人を交互に見つめながら、僕は困惑しながら曖昧な笑みを浮かべるのだった。

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