冬を迎えるタイミング
炬燵を出すタイミングが分からない。
それはもう毎年のように悩みに悩んで炬燵を出している。
最近では足の高い机に後付けで取り付けるタイプもあるけれど、我が家にあるのは昔ながらのローテーブルのタイプだ。
ライターの仕事をしている私は最近もっぱら家で執筆することが多いのだけど、私の作業はリビングに置いたローテーブルでやることが多い。
たまにソファに座ってノートパソコンを膝に置いて作業するくらいか。
いつからの癖なのだろうと考えてみると、たぶん大学時代に一人暮らしをしていた部屋がローテーブルしか置いておらず、勉強もレポートも食事も全部そのテーブルで済ませていてその生活を引きずったまま社会人になってしまったからだと思う。
同業者からは健康のためにもきちんとした机と椅子を買った方が良いと言われていて、確かに私もそれは同意するのだけどどうにも買いそびれたままここまで来てしまっていた。
なにしろ同居人のマリコ(職業:モデル)にそれを相談するといつも反対されるのだ。
「えー……やだ」
「やだったって、別にマリコが使う訳じゃないんだから別にいいでしょ」
今日もマリコに打診してみたものの、彼女の返事はにべもない。
ぷう、と口を膨らませてこちらに抗議の意を示している。可愛いけどさ。
しかしその可愛さに絆されるわけにはいかない。
「やっぱり私にとっては商売道具なんだから、お金をかけて良い物を揃えた方がいいと思うのよ。マリコだって化粧品とか服とか靴にお金かけてるでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
相変わらず歯切れの悪い答えを返してくる。
「なに、なんか譲れない理由でもあるの?」
「だって、そうするとりっちゃん机で仕事するでしょ?」
「そりゃその為に買うんだからそうするわよ」
もじもじと両手の指を絡ませながら妙に恥ずかしそうにマリコは続けた。
「そうすると、ソファに座った時に仕事してるりっちゃんの顔見られないじゃん」
私は意外過ぎる理由に思わず黙り込んでしまった。
えっと、そういう理由だったの……?
マリコはこちらをちらちらと見ながら意味もなく爪をいじっている。なんだかこちらも恥ずかしくなってきたぞ。
照れ隠しのように私は告げた。
「今までそんなに私の顔見てたの?仕事中の私の顔なんて見られたもんじゃないと思うんだけど」
確かに私が締め切り近くなって夜も作業していると、マリコは向かいのソファに座ってだらだらしていることが多いけど、そんなにこちらを見てたとは思わなかった。私の表情なんて特に締め切り間際のときなどは鬼気迫るものになっていると思う。
「そんなことないよー。仕事してるときのりっちゃんは格好いいよ」
えへへ、と嬉しそうに笑われるとこちらも恥ずかしいやら嬉しいやらで何も言い返せなくなってしまった。
結局、今回もマリコの説得は叶わず、今日の夜も炬燵モードと化したローテーブルで私はポチポチと原稿作業に勤しんでいるのだけど、足元から伝わる温もりは私を眠りの世界に誘い始め、だんだんとキーボードを打つ手もゆっくりとなっていってしまう。
……だから作業用の机が欲しかったんだけどな。
眠気覚ましのコーヒーを流し込みながら作業していると、マリコがお鍋と鍋敷きを抱えて台所からやってきた。
「ご飯だよー、どけてどけて」
「ああ、まだ作業終わってないのに……」
私はしぶしぶとノートパソコンを抱えてソファへと避難する。
マリコはローテーブルに鍋敷きを敷いてから、そこにお鍋をのせた。
「ほらりっちゃん、ご飯が出来たよ。食べよ?」
はあ、とため息をついて私はノートパソコンをパタンと閉じた。
ローテーブルは食事用も兼用しているので、ご飯の際もこのように作業は強制中断されてしまう。まあ、食事の時はもし机があったとしても中断するしかないけれど。夕飯時に二人とも家にいるときは一緒にご飯を食べること、というのが同居を始めるときに私たちの取り決めたルールだった。
いただきます、と手を合わせて私達は向かい合って一つの鍋をつつく。
「お鍋が美味しい季節になってきたね」
「……そうね」
なんだか負けた気がしながら食べたキムチ鍋は、体の芯から温まってとても美味しかった。
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