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季語哀楽

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季語をテーマにした投稿まとめ。 365日が目標。
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2021年2月の記事一覧

二月尽

二月尽

誰かに見つけて欲しいと願いながら、
同時に、人に理解されないことを求めている。
そして深海の底でひっそりと、
創造力という酸素が尽きる瞬間に少し怯えている。

辺りは静かで、僅かな感情の揺らぎが心地よい。
好きな色の泡(あぶく)だけを喰らって生きる。
いつも些か手札が足りない、仲間外れの如月(きさらぎ)のように。

その二月も今日で終わりを迎えた。

いかなる場所でも、春は等しく輝いている。

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揚雲雀

揚雲雀

シンプルに引かれた線ほど、美しいものはない。

美大予備校に通っていた頃の記憶は、年月を経ても、未だに鋭敏な感覚として身体に残っている。

ぴんと水張りされたケント紙と糊の匂い。
デッサン特有のカッターで抉り取られた鉛筆の切先。
塗り込められた画用紙の、ざらつきに微かに残る白。

モチーフにかざすデスケルの枠に囚われて、
目の前のキャンバスに向かうふりをして、
悶々と自分と対峙していたあの頃。

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東風

東風

「命がひりつく経験をしたことがあるか。」

向かいの老人が煙草を燻らせ呟く。

リスクに燃える性格も、手持ちギリギリまで金を使ってしまう癖も。俺は無意識にスリルを求めて生きているのかもしれない。
それでも俺は、上には上がいることを知っている。それこそ命を賭けることで生を自覚する、恐怖すら覚える狂気。

軽い気持ちでここに来たことを少し後悔する。
それを嘲笑うかのように煙が舞った。

東風(こち)は

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春めく

春めく

春めく。庭の紅梅が見事に咲いた。

そよめく。青空に靡く若葉が美しい。

蠢く。芽吹く地面に少し浮き足立つ。

トキメク。期待に高鳴る胸の鼓動。

どよめく。透ける光のベールがあがる。思わず息を呑むほど。

艶めく。雫のついた菜の花色のアイシャドウ。

さんざめく。弾ける笑顔と花びらの驟雨。

煌めく。陽光に映える結婚指輪。

色めく。お互い"化粧"は、ばっちりね。

目眩く(めくるめく)、今や春

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薄氷

薄氷

春先の水辺に薄い氷が張ることを薄氷(うすらい)という。
日が差し込めば淡く消えてしまう。
どこか儚いその響きは、刹那の美しさをもはらんでいる。

木漏れ日揺れるテラス席。
和三盆のクレーム・ブリュレに
きらりと光るはキャラメリゼ。

アメリ風に言うと「お焦げ」も、
「薄氷(うすらい)」と呼べば、また随分と趣が違う。

スプーンの腹で優しくノックすると、
春が割れる音がした。

薄氷(うすらい)

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余寒

余寒

「余寒」はあまり聞き慣れない言葉だが、対義語が「残暑」と言われれば分かりやすい。未だ寒い冬が残っている、そんな若干の恨めしさが込められている。

しかし私にとって、冬といえば毎シーズン、スキーと温泉旅行を楽しむのが常だった。寒さなんて問題ではない。むしろ、大歓迎である。
ところが今年と来たら、このご時世でどこにも遠出が出来ないもので。

今年の冬は、どうにも割り切れない。
なんだか余る予感がする。

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白魚

白魚

手のひらに収まる、ほっそりと透き通った容姿が美しい。
春の宵、隅田川にて白魚漁が盛んに行われたのは、今は昔。

それでも時代の波に乗って、
きらきらと泳ぎ着いたのは何だろう。

洗面所で跳ねる水飛沫のスパンコール。
日々増殖するコンタクトレンズの抜け殻。
何かを殺すための透明なハンドジェル。
夕暮れを飲み込んだ水面のペットボトル。
ちぐはぐな篝を灯す高層マンションの窓々と、
上り下りで色違いの尾を

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末黒野

末黒野

黒々と焼かれた野山。
焦げた匂いが髪や服に染み込んでいる。
その光景は目の裏側にまでこびりついてしまった。

末黒の芒(すぐろのすすき)とも言うけれど
ここから焼成して生み出されるのが、
黒魔術の箒だったらいいのに、
とか、そんな御伽話はないので。

一面の焼野原に、
それでも芽吹く緑を羨ましく思う。

最後に立っているのは、自然か、人間か。

末黒野(すぐろの)

******
余談ですが、7S

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春寒

春寒

「春寒ようやくゆるむ候、」

手紙の書き出しはこうしよう。

私が最後に実家に帰った時、母さんが横になってチラシをめくる後ろへ重なるようにくっついて、他愛もない話をしましたね。
あの時、まだ言っていませんでしたが、私は既にここを出ていこうと決めていました。伝わる体温が愛しくて、実は静かに涙を流していたの、気づいていなかったでしょう。

母さんの愛情のこもった正論は、時々真綿のように私へ絡みつき、う

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雨水

雨水

表通りと裏路地に跨る細長い敷地に、うちの家は建っている。手前の古い母屋と後ろの離れの合間に屋根はない。加えて、通路に面する縦樋の位置が悪いのか、大雨の日はいつもそこに滝を創るのだ。
幼少期、私と2つ下の弟は、いかに速く濡れずにそのゾーンを駆け抜けるかを競ったものだった。

暦の上では、雨水(うすい)というものの、ここニ日の大雪で、その背戸も再び雪に埋もれてしまった。お飾りの樋の金具には、小さな雫の

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下萌

下萌

枯れ色に染まった地面から、
冬を耐え忍び、力を蓄えた命が芽吹き始める。

「下燃え」
同じ語感に漢字を当て、恋の歌も詠まれたらしい。

身体からふつふつと湧き上がる炎は、恋だけだろうか。

ちろりと漆黒の瞳に灯が宿る。
踏み出した足元からは、熱に呼応して次々と草木が迸った。

人知れず熱病に浮かされて、
私は筆を執る。

消えない。

下萌(したもえ)

******
語句元来の瑞々しい感じより、

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春一番

春一番

春一番という言葉は、よくニュースにもなるので知っていた。しかし、それに続く風を、春二番、春三番、春四番などと呼ぶのは初耳だった。

春を告げる南風。
その番号の通り、
風が吹く度に春の訪れが進んでいく。

まるで音楽みたいだ。

それは、遥かに壮大な一曲かも知れないし、
もしくはEPのようにいくつかの曲の集まりかも知れない。
曲調は、楽器は、歌詞は?
イメージが頭の中を駆けていく。

できれば視聴

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猫の恋

猫の恋。”恋に憂き身をやつす猫のこと”

発情期の雄は相手を求めて、食事も取らずに何日も彷徨い歩く。時には雌をめぐって大勢が激しく喧嘩したりする様は、

さながら、にゃんこ大戦争。

そんな洒落が頭に浮かび苦笑した。
しかし、去勢前の悲痛な夜鳴きを思い出す。
彼らにとっては死活問題なのだろうから、きっと茶化してはいけない。

噂によれば、このコロナ禍で外にも出れないからとペットを飼う人が増えたらし

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冴返る

冴返る

旅立ちの朝。吐く息は真っ白だ。
ここしばらくで多少緩んだと思っていた寒気が、今日は思い出したかの如く調子を取り戻していた。

凛とした空気が肌を刺す。

カッターで引いたような真っ直ぐな鋭い線。それがすっと自らに走り、ここから新しい自分が生まれる予感がし、一方で、気を抜けば裂け目からずるりと溢れ出るのは不安かも知れなかった。

靴ひもをぎゅっと結び直す。
地面にはきらきらと霜が光っていた。

こう

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