魁(かい)

うつ病(虐待+自殺+性被害)のわたしのこれまでと 好きなものを。 あなたにわたしの何…

魁(かい)

うつ病(虐待+自殺+性被害)のわたしのこれまでと 好きなものを。 あなたにわたしの何かが届きますように。

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固定された記事

【#0】はじめに

はじめまして。 わたしは魁(かい)と申します。 このnoteはわたし自身の事を綴った 日記のようなものになります。 わたしは様々なことを経験しています。 虐待、自殺、…

魁(かい)
6か月前
17

【#73】息抜き

2016年、夏。 学校の課題や家庭の整理に 時間を要していた時に息抜きとして テレビ局での派遣バイトをすることにした。 昨年に比べて 当然だが働いた日数は少なかった。 …

魁(かい)
5か月前
1

【#72】2千円

高校の先生とご飯に行く事があった。 父が亡くなってから 数週間後くらいだった気がする。 当時のわたしを心配して 学校の行事をついでとして誘ってくれた。 前にも記し…

魁(かい)
6か月前
2

【#71】授業

父が死んでからというものの 学校の授業に出られないことも増えた。 特に父を発見した曜日の授業。 毎回授業中に父の様子を想像したことを 思い出してしまった。 ある日…

魁(かい)
6か月前
1

【#70】追体験

ずっと過去の話ばかりでは わたし自身も飽きてくるので 映画の話を挟もう。 ここで紹介するのは わたしに起きた出来事を追体験できる作品。 これまで記してきたことは 文…

魁(かい)
6か月前
1

【#69】愛

『愛』 それはわたしが1番わからない感情。 人はすぐに人を好きになる。 その人に好かれたくなったり その人と手を繋ぎたくなったり その人と付き合いたくなったり。 わ…

魁(かい)
6か月前

【#68】人でなし

※この記事は  わたしの体験をありのままに伝えるため  一部直接的な表現が含まれています。  あらかじめご了承の上  ご覧頂けますと幸いです。 父が亡くなってしばら…

魁(かい)
6か月前
1

【#67】憂い

父が亡くなって1週間。 通っていた専門学校を忌引きした。 授業や課題でとても忙しく いろんな人に迷惑をかけたと思う。 すぐに仲のいい友人や課題仲間には しばらく行け…

魁(かい)
6か月前

【#66】パスワード

青森から帰ってきたわたしには まだやることが山積みだった。 正確にいうと 3つのことが同時進行で進んでいた。 •父の埋葬 •父の経営していた会社の清算 •専門学校の…

魁(かい)
7か月前

【#65】雪国

これは過去にわたしのせいで父が傷つき 親戚に迷惑をかけた話。 父も祖父もいた頃。 祖父が入院したので父と一緒にお見舞いがてら 青森にいったときのこと。 親戚が実家…

魁(かい)
7か月前

【#64】親戚

翌日、父の遺骨をお墓に埋めにいった。 そこは父の父である祖父も 一緒に埋まっていた。 お墓を綺麗に掃除したあと お墓の中を開けて わたしが遺骨を土に埋めた。 そこが…

魁(かい)
7か月前

【#63】帰郷

叔父が青森に帰ると同時に お墓に埋める為 わたしは父の遺骨を持ってついていった。 青森の家に帰るのは毎回父と一緒だった。 今回が一緒に帰る最後となった。 家から上…

魁(かい)
7か月前

【#62】別れ

式場から少し離れた火葬場に わたしと母、叔父の三人で向かった。 順番が来るまで待つ。 ずっとこのまま呼ばれないでくれ と思う気持ちが強かった。 燃やされてしまえば …

魁(かい)
7か月前

【#61】手紙

母が親戚に連絡をした。 すると青森の実家のわたしのおじにあたる人が 急遽仕事を休んで東京に来てくれた。 わたしは感謝と申し訳なさでいっぱいだった。 保険や葬儀の手…

魁(かい)
7か月前
1

【#60】遺書

※この記事には  わたしの体験をありのままに伝えるため  タイトルのもの現物の写真が出てきます。  あらかじめご了承の上  ご覧頂けますと幸いです。 警察から証拠品…

魁(かい)
7か月前

【#59】最後の晩餐

食欲など どこにもないくらいに消え去っていた。 何も考える事すら出来ない。 でもやる事はしなければならなかった。 数日経って司法解剖の結果が出た。 書斎本棚に結束…

魁(かい)
7か月前
1

【#0】はじめに

はじめまして。
わたしは魁(かい)と申します。

このnoteはわたし自身の事を綴った
日記のようなものになります。

わたしは様々なことを経験しています。
虐待、自殺、ハラスメント被害、性被害など。

ですが公にする場がどこにもありません。

病気をきっかけに何も出来なくなった今だから
わたしの全てを記してみようと思って
はじめてみました。

基本、時系列順に記していきます。
たまに趣味や好きな

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【#73】息抜き

【#73】息抜き

2016年、夏。

学校の課題や家庭の整理に
時間を要していた時に息抜きとして
テレビ局での派遣バイトをすることにした。

昨年に比べて
当然だが働いた日数は少なかった。
しかし様々な出会いが
大きな変化をもたらした。

担当した場所では昨年と同様に女性が多く
わたしとエリア担当の方以外の
6、7人が全て女性だった。

皆年上ということもあって
わたしとしてはとても仕事がしやすかった。

おっとり

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【#72】2千円

【#72】2千円

高校の先生とご飯に行く事があった。
父が亡くなってから
数週間後くらいだった気がする。

当時のわたしを心配して
学校の行事をついでとして誘ってくれた。

前にも記した
海外のパフォーマーとショーを作る行事の
発表があり卒業生として
よかったら見に来てと。

この行事には思い出がある。
表現をするのが好きだったというのもあるが
数ある高校の行事の中で
唯一父が見に来た行事だった。

わたしたちの代

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【#71】授業

【#71】授業

父が死んでからというものの
学校の授業に出られないことも増えた。

特に父を発見した曜日の授業。

毎回授業中に父の様子を想像したことを
思い出してしまった。

ある日を境にその曜日は
常に午後から登校するようになった。

そんな日でも好きな授業があった。
それは先生が紹介する作品を観る授業。

毎回テーマがあり
それに沿った作品を観た。

アニメだったり、映画だったりと様々だったが
その先生のセ

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【#70】追体験

【#70】追体験

ずっと過去の話ばかりでは
わたし自身も飽きてくるので
映画の話を挟もう。

ここで紹介するのは
わたしに起きた出来事を追体験できる作品。

これまで記してきたことは
文字だけでは想像できないことも多い。
なのでわたしの体験と
重なる内容のものを紹介する。

まず1つ目は
『マイ•ブロークン•マリコ』

『その日死んだイカガワ マリコという人は
わたしのダチだった』

シイノ トモヨ(永野芽郁

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【#69】愛

【#69】愛

『愛』
それはわたしが1番わからない感情。

人はすぐに人を好きになる。

その人に好かれたくなったり
その人と手を繋ぎたくなったり
その人と付き合いたくなったり。

わたしはあまりというか
ほとんど感じた事がない。

でも好きという気持ちが
一切ないわけじゃない。

餃子が好きとかあの芸能人が好きとか
あくまでそのなかのひとつ程度にすぎない。

その人に好きになって欲しいとか
その人と関わり続け

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【#68】人でなし

【#68】人でなし

※この記事は
 わたしの体験をありのままに伝えるため
 一部直接的な表現が含まれています。
 あらかじめご了承の上
 ご覧頂けますと幸いです。

父が亡くなってしばらくの間
母と同居することになった。

やる事が沢山ある中で親戚等の意見を踏まえ
こればっかりは仕方なかった。

虐待を受け育児放棄されてから数年。
流石にこの状況下で同じことを繰り返すはずは
ないと思っていた。

案の定、暴力は振るわ

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【#67】憂い

【#67】憂い

父が亡くなって1週間。
通っていた専門学校を忌引きした。

授業や課題でとても忙しく
いろんな人に迷惑をかけたと思う。

すぐに仲のいい友人や課題仲間には
しばらく行けなくなる旨は伝えていたが
詳しくは話さなかった。

担任には父が亡くなったことだけ伝え
クラスメイトには
なるべく話さないようにとお願いした。

1週間後、学校に戻った。

友達やクラスメイトは
特に変わらず接してくれた。

でもな

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【#66】パスワード

【#66】パスワード

青森から帰ってきたわたしには
まだやることが山積みだった。

正確にいうと
3つのことが同時進行で進んでいた。

•父の埋葬
•父の経営していた会社の清算
•専門学校の卒業制作

父は会社を経営していた。
資金繰りなど誰も介さず
1人でおこなっていたらしい。

父亡きあとでは出来ることが限られており
破産申請をして清算するしか方法がなかった。

父もお世話になっていた弁護士事務所に
父の学生時代の

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【#65】雪国

【#65】雪国

これは過去にわたしのせいで父が傷つき
親戚に迷惑をかけた話。

父も祖父もいた頃。
祖父が入院したので父と一緒にお見舞いがてら
青森にいったときのこと。

親戚が実家に集まって飲み食いしたあと
1番歳の近い従兄弟と叔父さんが家に帰る。

父とわたしは見送るため玄関を出た。

青森は雪国である。
防寒や積雪での閉じ込めを防ぐために
玄関が2重扉になっている。

玄関の前に少し空間があり
ガラス戸が1

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【#64】親戚

【#64】親戚

翌日、父の遺骨をお墓に埋めにいった。
そこは父の父である祖父も
一緒に埋まっていた。

お墓を綺麗に掃除したあと
お墓の中を開けて
わたしが遺骨を土に埋めた。

そこが深くて下に落ちそうになった。
〇〇まで埋まったら洒落にならないよと
まわりは冗談まじりに話す。

やっと安心して家族一緒にいれるよ。
別の場所でお酒でも飲んでてね。
そんな気持ちで埋めた。

終わった後親戚一同でご飯を食べた。

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【#63】帰郷

【#63】帰郷

叔父が青森に帰ると同時に
お墓に埋める為
わたしは父の遺骨を持ってついていった。

青森の家に帰るのは毎回父と一緒だった。
今回が一緒に帰る最後となった。

家から上野駅まで約30分。
そこから新幹線で新青森まで約3時間半。

その間ずっと箱に収まった父を抱えていた。

とても隠せる大きさではなく
他者が見てもなにかわかる。

近所を歩く人。
電車に乗る人。
新幹線ですれ違う人。

全ての人の目が

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【#62】別れ

【#62】別れ

式場から少し離れた火葬場に
わたしと母、叔父の三人で向かった。

順番が来るまで待つ。
ずっとこのまま呼ばれないでくれ
と思う気持ちが強かった。

燃やされてしまえば
父という形のあるものがなくなってしまう。

命がなかったとしても
形を成していれば父の存在を認識できていた。

その思いも虚しく順番がきた。

説明を受け棺を火葬場に入れる。
正真正銘のお別れ。

焼きおわるまで待つ。

最後で何も

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【#61】手紙

【#61】手紙

母が親戚に連絡をした。

すると青森の実家のわたしのおじにあたる人が
急遽仕事を休んで東京に来てくれた。

わたしは感謝と申し訳なさでいっぱいだった。
保険や葬儀の手続きなど一緒にやってくれた。

司法解剖や葬儀前の死化粧など
葬儀を行うまでは少し時間があった。

棺に入れる父のお気に入りのものを選んだ。

ONE PIECEのゴーイングメリー号の
フィギュアや矢沢永吉のタオルなど。

わたしはど

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【#60】遺書

【#60】遺書

※この記事には
 わたしの体験をありのままに伝えるため
 タイトルのもの現物の写真が出てきます。
 あらかじめご了承の上
 ご覧頂けますと幸いです。

警察から証拠品が返却された。
個人情報がわかる書類や貴重品。

そして遺書。

発見してからすぐに消防に連絡したので
内容を一切見ていなかった。

父は最後にどんなことを残したのか。
何を伝えたかったのか。

書類の裏に殴り書きでただ一言。

すべ

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【#59】最後の晩餐

【#59】最後の晩餐

食欲など
どこにもないくらいに消え去っていた。

何も考える事すら出来ない。
でもやる事はしなければならなかった。

数日経って司法解剖の結果が出た。

書斎本棚に結束バンドを掛け
これを頸部に巡らせ縊首。

要は首吊り自殺だった。

驚くべきは死亡推定時刻。
7月4日頃。

わたしが発見した3日前には
すでに死んでいたらしい。

わたしはその日何をしていたかを思い出した。

いつも通り学校に通い

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