音楽と精神医学(4): NHKスペシャル 山口一郎"うつ"と生きる〜サカナクション復活への日々〜を見て精神科医が思ったこと
皆様、こんにちは!鹿冶梟介(かやほうすけ)です。
この記事を書き始めたのは5月の連休最終日でした。
視聴された方もいらっしゃると思いますが、5月5日放送の「NHKスペシャル 山口一郎"うつ"と生きる〜サカナクション復活への日々〜」を拝見し、居ても立ってもいられず、気がつけばキーボードに指を走らせておりました。
note記事「私について(自己紹介): 精神科医・鹿冶梟介(かやほうすけ)」で明言しているように、小生はサカナクションの音楽が大好きです。
文学的で奥深い歌詞、シンプルかつスッと胸に染み込むリズム、MVから伝わる大胆かつ繊細なパフォーマンス....。
いままでサカナクションの音楽に幾度となく勇気づけられ、癒されてきました。
サカナクション大好きな小生は新曲が出るたびにダウンロードしてヘビーローテションすることが慣例となっておりましたが、"なかなか新曲がでないなぁ〜"と思う時期がありました。
そんな中、とある噂を耳にします。
"サカナクションのボーカル山口一郎が病気だ..."
当時は「体調が心配だけど、早く病気を治して新曲を出して!」ぐらいに思っていましたが、NHKスペシャルを見て全てを理解いたしました。
山口氏を蝕んでいたのは、"うつ病"という病だったのです。
今回のnote記事は、精神科医である小生が「NHKスペシャル 山口一郎"うつ"と生きる〜サカナクション復活への日々〜」を精神医学的に解説しさらに見て思ったこと、感じたことをそのままお伝えしたいと思います。
また自らの記事を振り返ると「音楽」に関する内容が以外に多いことに気づき、本記事を機に新シリーズ「音楽と精神医学」を立ち上げることにしました。
今回の記事と同様、"音楽と精神医学"に関する過去記事もお楽しみいただけたら幸いです☺️
【サカナクションとは】
日本のロックバンド。
メンバーの多くが北海道出身(草刈のみ東京出身)。デビュー前は札幌を中心に活躍。
ほとんどの楽曲の作詞・作曲をボーカルの山口氏が担当している。
サカナクションというバンド名は、魚(サカナ)+行動(アクション)が由来だそうです。
インタビューで山口氏は…、
…と答えております(ちなみに山口氏の趣味は釣りだそうです)。
【サカナクションの代表作】
サカナクションの名曲は沢山ありますが、その中でも代表的な曲をご紹介します(小生の好みも反映しております)!
新宝島: サカナクションで最も有名な曲ではないでしょうか?
アイデンティティ: 小生がサカナクションを知るきっかけとなった曲です!
アルクアラウンド:MVがすごくいいです!
【サカナクションの歴史】
【NHKスペシャル 山口一郎"うつ"と生きる〜サカナクション復活への日々〜の感想】
2024年1月ソロツアー最終日、山口一郎は8000人の観客を前に突然語り始めた。
思わぬ告白に、静まり返る会場。
番組はサカナクションボーカル山口氏がうつ病と向き合いながら2年ぶりの復活ライブに至るまでの軌跡を描いておりました。
実を言うと小生は番組を見る前までは"ありきたりな感動ドキュメンタリー"を想像しておりました。
しかし、TVに映し出された生々しく典型的なうつ症状に苦しむ山口氏の姿を目にし非常に驚きました。
「ここまで放送するのか...?」
番組を見ながら小生は思わずこう呟いきました。
山口氏はうつ病をカミングアウトしNHKのインタビューに応じた理由を以下のように語りました。
まず小生はファンとして山口氏に心の底から「おかえりなさい!」と声をかけたい。
そして精神科医としては、自らを曝け出してうつ病の啓発をするという献身に敬意を表したい...、そう思いました。
番組は山口氏のインタビュー、メンバーやスタッフのコメント、そしてサカナクションの歴史で構成され、とてもわかりやすい内容でした。
これほど詳細な「著名人のうつ症状」の記録映像は他に類を見ません。
しかし、精神科医視点としては「もう少し病気について医学的解説があれば、さらに理解が深まるかも...」と職業病的欲求が生じてしまいました。
この番組はうつ病当事者だけでなく、うつ病のことを知らない方々にも、そして医療従事者にも是非見てほしい...。
そこで勝手ながらサカナクション山口一郎氏のうつ病と闘病生活について精神医学的に解説するべく、「NHKスペシャル 山口一郎"うつ"と生きる〜サカナクション復活への日々〜」を深堀していきましょう!
【山口一郎氏のうつ病: 診断基準DSM-5】
番組の中で山口氏は自らの病状について赤裸々に語りました。
しかも、うつ病をもっと理解してもらおうと思い、彼は自らの症状をスマホで克明に記録しておりました(本当にマジメな方です...)。
ここでは番組中に見られたうつ症状について、米国精神医学会診断基準(DSM-5)に照らし合わせながら解説したいと思います。
山口氏の症状は9項目中9項目(全て!)該当しており、症状は2週間以上続いている(闘病生活は少なくとも2年も...)。
従ってサカナクション山口一郎氏はうつ病の診断基準を満たしており、その程度は重度と推測される。
【山口一郎氏のうつ病: 背景・原因】
番組中、山口氏がうつ病になった背景・原因についても語られておりました。
うつ病の原因は様々ありますが、大きく分けて1.本人の気質、2.人間関係、3.環境があげられます。
そして山口氏の場合、この3つの要因が全て揃っていることが分かりました。
ここでは山口氏がうつ病になった背景・原因について精神医学的に解説いたします。
1.本人の気質: 山口氏の病前性格
山口氏は16歳の時サカナクションの前身のバンド「ダッチマン」を結成しました。
"実力はあるが人気はいまひとつなバンド"であったが、当時メンバーであった原氏によると不人気の原因はフロントマンである山口氏にあったそうです。
当時の山口氏は、サービス精神が乏しくMCを全くしない(喋らないし、サングラスも外さない)...。
しかし原氏は、デビューが決まり上京する直前の山口氏と再会しその変貌に驚く。
その時すでに山口は、「サカナクションの山口」になっていたそうです。
原氏曰く、
実際上京した山口氏は売れるためにはやれることは何でもやり、観客を喜ばせるためにMCだけでなくお笑い的なこともやってみせます。
しかし、山口氏は番組の中でその時の本音をこう語りました。
フロントマンとしてキャラは変えたが、音楽に対する姿勢は以前と変わらずストイックで、何百というパターンを作りそれをボツにして自分を納得させたそうです。
音楽に対してはクソがつくぐらい真面目で、サカナクションメンバー岡崎曰く、
…というのが山口のスタイルであり、これらの証言から山口氏は非常に強迫的なパーソナリティ傾向を持っていることがわかります。
また山口氏の病前性格として特筆すべき点がもう一つあります。
それは周囲への過度な気遣いです。
後述しますが、コロナパンデミックを機に山口は生配信を行って苦しんでいる人々と対談したり、仕事を失った音楽業界の基金設立に尽力します。
小生のnote記事でもしばしば言及しますが、うつ病になりやすい性格傾向のことをメランコリー新和型と言います。
メランコリー親和型とは、
を特徴としますが、前述のように山口氏は仕事に対する異常なまでのこだわり、そして周囲に対する気遣い・他者配慮の傾向を持っております。
まさにメランコリー親和型を絵に描いたような人物がサカナクション山口一郎氏なのです。
2.人間関係: バンド内での仲間とのすれ違い
番組内でも紹介されましたが、サカナクション内で音楽に対する姿勢について山口とその他のメンバーの間には"ミゾ"が生じたそうです。
山口氏曰く、
全てを音楽に捧げる人生...、それが山口氏の音楽に対する姿勢でした。
同様に若い頃は他のメンバーたちも音楽に明け暮れる毎日でした。
しかし、成功と共に他のメンバーたちは家庭を持つようになると、自ずと山口氏との間に音楽に向けるエネルギーに違いが生じ始めたのです。
サカナクションであり続けたいと思う山口氏であったが、自分だけが変わっていないことに気づき、やがて孤独感を感じるようになります...。
期待と重圧を一人で背負い、身を削り音楽を絞り出す山口氏。
2022年、15周年記念オンラインライブ前直前、山口は堰を切ったようにメンバーにこう言い放ちました...、
当時その様子を見て驚いたスタッフらは...、
...と当時のことを回想しました。
そしてこのオンラインライブの直後、急に気力が湧かなくなったことを自覚する山口氏。
おそらくこの時、心に溜め込んだものが決壊したのです。
3.環境: コロナパンデミック
山口氏がうつ病になった最大の要因はコロナパンデミックでした。
コロナ禍当時、不要不急といわれた音楽業界は当然のように活動自粛を迫られます。
サカナクションも2020年「SAKANAQUARIUM 2020 "834.194 光" SPEAKER+」の全公演がコロナパンデミックにより中止となりました。
音楽業界にとってコロナ禍はまさに暗黒時代であったでしょう。
そんな絶望の中、山口氏は「自分らが少しでも音楽業界を助けたい」という思いで様々な取り組みを始めます。
ネットでの生配信、コロナ禍で苦しんでいる人々との対話、音楽業界の基金設立...、自分ができることはすべてやろうと東奔西走しました。
サカナクションメンバーの江島氏によると...、
...と、山口氏の性格を分析しております。
おそらく「音楽は人生」と言い切る山口氏にとってコロナによる音楽活動自粛は、まさに自身の"アイデンティティの危機"であったと思います。
自分にとって人生である音楽を否定したコロナ禍で、山口氏自身「自分の人生とは何だったんだ?」と自問自答したことでしょう。
コロナパンデミックは音楽業界を含めスポーツ、芸能界など「娯楽」に関係する仕事に従事する人々にとって本当に厳しい時代であり、多くの人々が自分の存在意義を問うた"アイデンティティ崩壊の時代"と言い換えることができるかもしれません。
詳細は伏せますが、コロナ禍で何人かの芸能人が自死しました。
真面目な芸能人・アーティストほどコロナ禍は苦しかったのではないでしょうか...?
【鹿冶の考察】
今回の記事をご覧になった皆様、いかがでしたでしょうか?
急いで本記事を執筆したため読みにくい部分も多いと思いますがどうかご容赦ください。
小生が本記事を乱文ながらも書き上げた理由は、番組中サカナクション山口一郎氏が語った、
...という言葉に強く賛同したからです(番組放送から時間が経っては山口氏の熱い思いが十分伝わらないのでは...、という危惧から執筆しました)。
繰り返しになりますが、有名アーティストがここまで赤裸々に自らの病を曝け出すことは極めて稀です。
病気を患った山口氏の姿だけではありません。
他のバンドメンバーやスタッフ、友人、家族などの様々な思いや、その時どのように対応したかについても詳細に記録されておりました。
この映像は本当に"メンタルヘルス啓発ビデオ"としては、小生が知る中でもベストな資料だと思いますので、ご興味のある方はNHKオンディマンド等で是非ご覧になってください!
最後に、サカナクション山口一郎氏が語った印象的な言葉と、番組最後に流れた名曲「ミュージック」の一節を紹介して本記事を終わりたいと思います。
山口一郎様、本当にありがとう!
そして、これからも決して無理をせず、ご自身のペースで音楽という人生を歩まれてください!
いつだって僕らを待ってる
疲れた痛みや傷だって
変わらないままの夜だって
歌い続けるよ
続けるよ
いつだって僕らを待っている
まだ見えないままただ待ってる
だらしなくて弱い僕だって
歌い続けるよ
続けるよ
〜サカナクション :ミュージックより〜
【まとめ】
【参考文献など】
1.NHKスペシャル山口一郎”うつ”と生きる〜サカナクション復活への日々〜
2.山口一郎、うつ病と向き合った2年間 今の思いを語る「自分が好きだってものをあきらめない」
3.American Psychiatric Association. Major Depressive Disorder. Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM‑5), 5th ed. Washington, DC: American Psychiatric Association, 2013:160-168.
4.サカナクション: wikipedia
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