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いのちの削ぎ落とし

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短編、掌編小説など。
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#障がい者

掌編「鈴虫の鳴く部屋で」

掌編「鈴虫の鳴く部屋で」

「ねえねえ、あれ、見てよ」
 左隣で車いすを並べてこいでいた加奈が、声をひそめておれの腕に軽く触れた。
 おれたちは大通りから細い路地に入ったところにある公園の脇を通りがかっていた。コンビニで今日の晩飯や酒、菓子、そして加奈の愛してやまない成人向け雑誌を買って、ねぐらであるぼろアパートに帰る途中だった。
 公園は周囲をイチョウの木でぐるりと覆われていた。イチョウはすでに目が痛くなるくらいどぎつく色

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掌編「磔の女がいる部屋」

掌編「磔の女がいる部屋」

※本文は投げ銭制です。全文読めます。

 目をつぶりながら、おれは千春の奥にある指を動かし続けている。

 オレンジ色の残光が、瞼の裏に残っている。それは日によってかたちが変わる。ある時はうさぎだったり、ある時は壊れたコップだったり、ある時はいつかどこかで出会った、でももう思い出せないひとだったり。でもたいていはぼんやりした、水ににじんだ絵の具みたいな影に過ぎない。今日は、そうだ。

 耳に、千春

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小説「わたしのともだち」6(全6話)

小説「わたしのともだち」6(全6話)

 体育館が騒がしくなっているのに気づき、由紀は顔を上げた。
 いつの間にか友香里の他に女の子たちが五人、集まってきていた。由紀とおなじように車いすに乗っている女の子もいた。ベリーショートの髪型がよく似合っている。背もたれは赤いチェック柄で、両側のサイドガードにはコカ・コーラやペプシ、ルート66、ニューヨーク・ヤンキース、ロサンゼルス・レイカーズなどのステッカーがたくさん貼られていた。
 友香里たち

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小説「わたしのともだち」5(全6話)

小説「わたしのともだち」5(全6話)

 一年前、千鶴の姉に長女が誕生した。
 早く子どもが欲しいと、結婚当初から願っていた姉夫婦にとっては待望の第一子、千鶴の両親にとっても待ちかねた初孫だった。
 千鶴がその子にはじめて会ったのは、生まれてから三日目のことだった。仕事が忙しく、平日は会いに行けなかったのだ。土曜の休日、可愛いぞお、とにやける父の車に乗って会いに出かけた。母と叔母は千鶴たちよりも先に病院に向かっていた。
 病室のドアを開

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小説「わたしのともだち」4(全6話)

小説「わたしのともだち」4(全6話)

 千鶴と友香里は、幼馴染だ。
 元々母親同士が中学からの親友で、結婚したのもほぼ同時期だったという。家もどうせならと、近所になるように求めたらしい。
 友香里はその家の長女として誕生した。千鶴が五歳の時だった。
 千鶴のきょうだいは二歳年上の姉だけだったので、妹ができたみたいですごく嬉しかった。幼稚園から帰るとすぐ友香里の家に遊びに行き、友香里と遊ぶのが習慣になった。友香里の母親も、お姉ちゃんがき

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小説「わたしのともだち」3(全6話)

小説「わたしのともだち」3(全6話)

「ねえ、由紀ちゃん」
 弾むボールの音に紛れ、千鶴が言った。
「ん?」
「変なこと、訊いていい?」
「なに?」
「友香里ちゃんみたいな人って、これから良くなったりとか、しないのかな? もうずっと、あのまま、なのかな? 少しずつでも治ったりしたりとか、ないのかな?」
 ひと言ひと言を区切るように、千鶴は由紀に問いかけてきた。
 予想もしなかった質問に、由紀は眉をひそめて千鶴を振り返った。切羽詰まった

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小説「わたしのともだち」2(全6話)

小説「わたしのともだち」2(全6話)

 出入り口付近に据えられたテレビの前で、数人が二時間サスペンスの再放送を観ていた。性別も年齢もばらばらだ。電動車いすに乗った初老の男性がテレビの真ん前に陣取っていたが、ほぼ居眠り状態だった。
 千鶴がそっと出入り口に歩み寄りかけた時、彼女に気づいた女の子が椅子から立ち上がり、こちらに近づいてきた。まわりの人の視線が一斉に集まった。
「千鶴ちゃあん」
 女の子は食堂から飛び出してくると、はなやいだ笑

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小説「わたしのともだち」1(全6話)

小説「わたしのともだち」1(全6話)

「ああ、そうだ。こんな山だっけなあ」
 その施設の敷地に車を入れ、こんもりとしたその山が目に飛び込んできた時、由紀は思わず声を上げた。
 駐車場に車を停め、助手席の後ろ側に積み込んでいた車いすを降ろす途中も、その山を眺めた。木々のみずみずしい若葉色の中に、山桜の淡い薄紅色がところどころに彩りを添えている。ぴー、という鳥の鳴き声も響いている。
 由紀は運転席から車いすに乗り移ると、すうっと息を吸い込

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小説「細い光」

小説「細い光」

 土曜の朝、私は体の痛みに目をさました。

 左半身が布団に沈みこみ、頬にふれると枕の縫い目がついていた。昨夜床についた時も同じ姿勢だった。どうやら一晩中寝返りも打たずに眠っていたようだ。ここ数日、同じような寝覚めをむかえていた。こちらを向いていなければならないと、無意識に思っているのだろうか。

 目の前には、美晴の寝顔があった。

 あおむけになり、軽くこちらに首を曲げて眠っていた。額に汗がう

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掌編「しんしんと雪が降る」

掌編「しんしんと雪が降る」

 九州からはるばる、私の住む南東北の街で暮らしはじめた友人の女性から聞いた話をもとに書いてみました。
 季節はずれですが、急に暑くなったこの時期に少しでも涼を感じられたら幸いです。

 ―――――――

 雪って、しんしんと降るんだって。

 はじめてそのことを聞いたのは、彼女が幼稚園の時。大好きだったちづるせんせいからだった。

 しんしんと降る雪って、どんななんだろう。

 彼女はそれから、し

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小説 「街をこぐ」

 ふたりの車いすが、寄り添っている。

 今日も、並んで街をこいでいた。歩道がせまいときは咲希(さき)が直幸(なおゆき)の後ろに電車ごっこのようにぴたりとついていく。はみ出て進路のじゃまになる自転車は、そしらぬ顔でたおしながら。

 路地裏に、照れくさそうにドアを開けている小さな古着屋を咲希が見つけた。乗っている車いすにブレーキをかけた。店の前に飾られたTシャツに、子犬をなでるようにふれた。

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小説「なにもない日」

 あれ、これって……。

 玄関先の掃除を終えてほうきを物置にかたづけていると、シートがかけられたそれがみえた。
 シートをめくると、車いすがのぞいた。
 私は外にひっぱりだし、広げようとした。しかしさびついていてなかなか広がらない。体重をかけてシート部分を押し込んだ。お年寄りが乗る自転車のような甲高い音がして、ようやく車いすは広がった。
「なにしてんの」
 後ろからあくびまじりの声がした。妹がや

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小説「冬の部屋」

小説「冬の部屋」

「今日、誕生日なんですね」
 CT検査をおえて身支度をととのえていると、男性技師がカルテをみながら言った。
 おれはCT室の壁にさげられたカレンダーに目をやった。日付の下に製薬会社のロゴだけが書かれた、愛想のないものだ。今日の日付は十二月二十七日、たしかに誕生日だ。
「しかも記念すべき三十歳の誕生日ですね。先輩として歓迎しますよ」
 技師はいたずらっぽく言った。浅黒い肌に白い歯を持った健康の見本の

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