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ショートショート どこかにある、なんでもある本屋 

 北極圏には、サンタクロースの秘密のおうちがあります。
 1階は、お客さまのための部屋。
 2階は、子供たちのための部屋。
 そして3階は、サンタクロースのための秘密の部屋です。

 とても狭い部屋でした。サンタクロースのおうちは、なんだかサンタクロースの心の中のようです。みんなのためにはたくさん、自分のためにはちょっとだけ。けれど、小さな部屋にもサンタクロースの大事なものがちゃんとしまってあります。

 例えば、壁にはってある、サンタクロースの誓い。
 何十もの誓いが、小さな字でびっしりと書かれています。歴代のサンタクロースが追加してきたもので、最後の2つは、今のサンタクロースが新しく追加したものです。

一つ、借り物であるなら、外の世界のものを自室にもちこんでもよい
一つ、3回までなら、小人の魔法の粉を自分のために使ってもよい

 サンタクロースは自分の代に3つだけ、サンタクロースの誓いを追加できます。残りのひとつは、まだ、サンタクロースの頭の中です。

 それから、小さなオルゴール。机の上の、サンタクロースが大事な友人に借りた本の上に、ちょこんとおいてあります。それからバタークッキーがひとつ。このクッキーは魔法のクッキーで、どこか外の場所に続く秘密の扉なのです。

 サンタクロースは、1階でココアを飲んでいました。

 外は長い長い夜の闇。ひどく吹雪いていました。
 窓の外に影が現れました。雪でできた小山のような、雪の怪物でした。

 ばん、と小さな窓をたたく音がしました。もう一度、ばん。
 怪物は、サンタクロースの机の上にのったオルゴールを見ています。

 みしみしと、小さな窓がきしみました。怪物が窓に手をおいています。自分に降り積もった全ての雪の重みを、小さな窓の一点にかけていました。

 北極の夜空に煌めく星のような、小さなヒビがはいりました。怪物が少し微笑んだようでした。ひびの間が小さな線でつながります。星の光が伸びました。光は蜘蛛の巣のようになり、ヒビは割れ目になり、ばらばらと窓が砕けました。音をたてて吹雪が一斉に部屋に入り込みました。

 雪の怪物が窓から部屋に滑り込みます。オルゴールを手にとって、また滑るように出て行きました。

 その光景を、屋根の上にいた小さな影が見ていました。北極圏の暗闇に潜む、卑屈で嫉妬深い、臆病者の、ねずみに似た何か。

 怪物が吹雪の中に消えたのを、闇夜でも見える赤い目で確認すると、するりと窓から部屋に入り込みました。机の上にある、魔法のバタークッキーの扉を開けます。あたりを伺い、音もなく中に滑り込みます。扉を向こう側から閉めました。
 閉じたクッキーの扉が、だんだんと消えていきます。かじられていくみたいに。歯形を残しながら、ちょっとづつ。

 サンタクロースの部屋の、机の上に残ったのは一冊の本だけです。
 タイトルも著者の名前もない、真っ白な本。赤いひものしおりがついています。
 ヤモリが一匹、吹雪の音に驚いて屋根裏から顔を覗かせました。ちょろちょろ机の上にやってきて、本の上に乗っかりました。すると、不思議なことに、本から声が聞こえました。優しい、春の日差しのような声でした。

 このお話をここまで読んだ本好きの皆さんなら、きっと聞こえます。手を置いてみましょう。こんな声ですよ。

 不思議な本だな。声がする。春の、陽だまりみたいな声だ。

 ヤモリは思いました。細い舌がちろりとのぞきました。

 でも、そんな本屋さん、ほんとにあるのかな。

 目をつぶって想像してみました。
 急に身体が震えました。そういえば、吹雪が窓から入って来ていたのでした。

 退散しよう。でもまたきっと聞きにこよう。どこにあるんだろう、そんな本屋さん。

 慌てて壁を伝って屋根裏に戻ります。
 物語はまだ、始まったばかりです。

ショートショート No.195

※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第一週「サンタクロースと雪の怪物」5

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連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」