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ショートショート 雪の中のオルゴール

 それは、一昨年のクリスマスイブの夜。
 サンタクロースがすっかりプレゼントを配り終えて、北極圏に帰ろうとした時のことでした。
 小さな商店街の上を通り過ぎました。雪雲もなく、商店街のイルミネーションに照らされて、道ゆく人がはっきりと見えました。
 喫茶店から、店の店主が出てきました。女の人です。自分の名前と同じ、「小雪」と書いてある看板の電気を消しました。寒そうに手に息を吹きかけて、少し背筋を伸ばして、ふと空を見て、商店街の様子をぼんやりと見ていたサンタクロースと目があいました。

 小雪さんは、華奢で、ちょっと背が低くて、瞬きするたびに瞳から星が溢れるようでした。
 綺麗な人だな。
 と思った時にはもう遅く、小雪さんにみとれたサンタクロースはソリのバランスを崩し、商店街に落っこちました。

 むやみやたらと顔の広いことで有名な、田中さんという青年が、空から人が落ちるのを目撃しました。自転車で現場まで駆けつけます。赤い服のサンタクロースがいました。赤白のサンタ服の魔法の力で無傷です。とはいえ、それなりに頭を強く打ったのでしょう。記憶がなくなっていました。
 田中さんはとりあえず、この人を自宅に拾っていくことにしました。困ってそうなものを見ると、彼は何でも拾って帰るのです。サンタクロース服を着ていたので、「三太さん」と呼ぶことにしました。冗談でしたが、そのものずばりの名前でした。

 とはいえ、無職の成人男性を養い続けられるほど、田中さんも裕福ではありません。働いてもらうことにしました。ちょうどその頃、田中さんは安藤くんという、まだ二十歳にもならない少年がお菓子屋さんを始めるのを手伝っている時でした。安藤くんはお金がありませんし、三太さんは信用がなくていい仕事につけそうにありません。田中さんは、三太さんを安藤くんに紹介して、安くてもいいのでやとってもらうことにしました。安藤くんは人件費がかかりすぎなくて助かるし、三太さんもとりあえず仕事につけるし、田中さんは安藤くんを応援している小雪さんにいい顔ができます。私欲です。

 想定外のことに、三太さんは、お菓子作りが上手でした。北極の、サンタクロースの家で、おもちゃ作りの小人たちのおやつを作っていたからです。おいしいおやつがある限り、小人たちはよく働き、なくなると一斉にため息をつきます。お菓子作りの腕は、死活問題でした。

 三太さんは安藤くんの右腕になり、安藤くんの店「トロワ」は開店します。安藤くん、小雪さん、三太さん、おまけで田中さんが写っている記念写真が、今でも商店街にある宝写真館に残っています。みんな、幸せそうに笑っています。

 あっという間に1月が終わり、2月。もうすぐ春になる頃、三太さんは徐々に記憶を取り戻します。自分がサンタクロースであること、北極のサンタクロースの家でトナカイや小人たちがきっと困っていること。戻らなければならない。サンタクロースは、この世に自分しかいないのだから。サンタクロースの家に手紙を書いて、小人たちに連絡をとりました。帰る日にちも決めました。
 安藤くんに相談します。包み隠さず、全部です。それから小雪さん、田中さんにも。包み隠さず話して、謝りました。

 サンタクロースは、自分がサンタクロースになるときに誓いを立てます。たくさんの誓いがありますが、一番古い4つの誓いはこうです。

一つ、「サンタクロース」は個人に対する名称ではない。驕りと栄光を捨てよ。
一つ、子供たちに誠実であれ。責任と愛情を持て。
一つ、トナカイを飢えさせてはいけない。1日1回ブラッシングせよ。
一つ、おもちゃの小人は是非とも尊敬するべし。おやつの時間を邪魔するな。

 三太さんは、自分のために商店街に残ることはできませんでした。自分のために行動しないことを誓ったからです。
 まだ半分子供の安藤くんに嘘をつき続けることもできませんでした。彼をとても愛していたからです。
 トナカイのブラッシングも、小人のおやつも、あげにいかなければ。サンタクロースの誓いは、三太さんにとって、とても重いものでした。

 小人が来る前の日の晩、サンタクロースのところに小雪さんがやってきました。泣きそうな顔で笑っていました。そんな顔でも、小雪さんはとても綺麗でした。
 サンタクロースに小さなプレゼントの箱を持ってきていました。安藤くんのお店を手伝ってくれたお礼だと言いました。
 箱を開けると、小さなオルゴールが入っていました。サンタクロースの顔に驚きと喜びが浮かび、それからすぐに曇りました。サンタクロースの誓いにこうあるのです。

一つ、サンタクロースになるものは、自分の新しい住処となる「サンタクロースの家」に一切の自身の私物を持ち込んではならない。

「受け取れません。」サンタクロースは言いました。「その、ちょっと理由があって。」

 小雪さんは驚いて、悲しそうな顔になりましたが、それでも笑顔を作って、こう言いました。

「じゃあ、私がもらうことにする。結構、いい音がなるの。ちょっと聞いていって。」
 ネジを巻いて、オルゴールを鳴らしました。それからしばらく、黙って二人でオルゴールの音楽を聞いていました。
「そうだ。」
 突然サンタクロースが言いました。
「このオルゴール、壊せます?」
「なに?」小雪さんが驚きます。
「壊れたオルゴールをなおすなら、持って帰れるかも。」
「どういうこと?」
「明日、持ってきて。なおしてって、お願いしてください。」

 サンタクロースが帰る夜。空にトナカイのソリが現れます。
 小雪さんが、自分で一本鍵盤の歯をおったオルゴールをもってきて、おそるおそるサンタクロースに渡しました。
「壊れたので、なおしてください。」
「わかりました。」サンタクロースが、恥ずかしそうに言いました。「きっとなおして、また、持ってきます。」

 それを見た安藤くんが焦りました。お別れのプレゼントを渡しているんだと思ったのです。慌てて自分の店に戻って、クッキーのセットを持ってきました。ジンジャーマンクッキーが2枚と、バタークッキーが1枚、入っていました。まっすぐにサンタクロースの目を見て、手に握らせます。サンタクロースは困って言いました。
「受け取らないよ。借りるだけだ。」

 二人の様子を見て田中さんがあたふたし始めました。自分だけ、何もあげるものがありません。サンタクロースは少し笑って、それから自分を拾ってくれたお礼を田中さんにしていないことを思い出しました。サンタ服のポケットに入りっぱなしになっていた小人の伝票を取り出して、彼に渡します。おもちゃの名前をここに書くと、小人たちが作ってくれる、魔法の伝票でした。「ここに欲しいものを書くと、なんでも届くよ。」田中さんに言いました。「今までのお礼に差し上げます。」

 半信半疑で田中さんは伝票を受け取りました。とりあえず、自分もサンタクロースになにかあげるべきだと思いました。ポケットからペンをとりだして書きつけました。『俺の近況がわかるもの』。ぴりりと破ってサンタクロースに渡しました。サンタクロースは受け取ります。こう言うのを忘れませんでした。「ありがとう。お借りします。」

 シャンシャンと季節外れの鈴の音をならしながらソリでサンタクロースは北極圏の自分の家に帰りました。自分の部屋に言って、ペンをとりだし、サンタクロースの誓いを取り出しました。

 新人のサンタクロースは、自分の代に3つだけ、サンタクロースの誓いを追加することができるのです。深呼吸して、書き付けます。

一つ、借り物であるなら、外の世界のものを自室にもちこんでもよい
一つ、3回までなら、小人の魔法の粉を自分のために使ってもよい

 残りの誓いはひとつ。もう決めていましたが、書くのはやめました。実現しないかもと思ったからです。

 小人の工場に行って、さっき誓いを変えたことを説明し、小人から3回分の魔法の粉をもらいました。ふりかけたものに命が宿る、魔法の粉でした。

 自分の部屋に戻ってきて、安藤くんのくれた、いえ、安藤くんから借りてきたクッキーを取り出しました。背の高いジンジャーマンクッキーに一振り、背の低いジンジャーマンクッキーにひとふり、それから四角いバタークッキーにひとふり。

 背の高いジンジャーマンクッキーが動き出しました。おそるおそるサンタクロースに「こんにちは」と言いました。人見知りの安藤くんが、自分に初めて挨拶したときを思い出しました。サンタクロースはちょっと笑って、このクッキーに『弱虫』と名前をつけました。
 背の低いジンジャーマンクッキーも動き出しました。「こんにちは!」むやみに強がっているときの安藤くんに似ていました。また、くすくすと笑って、「泣き虫」と名前をつけました。強がっているときに限って、本当は、裏でよく泣いている安藤くんを、サンタクロースはずっと見ていたのでした。

 最後にバタークッキーを手に取って、回します。回すと不思議な空洞が見えました。覗き込みます。中は田中さんの事務所です。バタークッキーは、魔法のドアになったのです。

 部屋の机の上に、商店街からもってきたものを並べました。
 小雪さんのオルゴール、安藤くんのクッキー、田中さんの伝票。
 伝票が赤く光って、燃え尽きて、白い本になりました。
 みんな、サンタクロースの宝物で、借り物です。そう言い聞かせました。借り物なら、また、返しに行って、みんなに、また会える。胸が痛みました。涙が流れました。こんなことをするべきではなかったかもしれないと、今更になって思いました。余計に辛くなっただけかも。

 それから、2年がすぎました。もうすぐクリスマスです。
 サンタクロースはためらいながら、オルゴールをちょっとずつなおしました。たまに白い本をのぞきます。田中さんのはちゃめちゃっぷりに笑ったりします。さみしくなったら、クッキーたちに話し相手になってもらいました。

 オルゴールがなおる頃、北極圏に雪山のような怪物がやってきました。
 暗く冷たい北極の長い長い夜には、そうした、悲しさや孤独をかかえた化け物が、どこからかやってきて、吹き溜まっているのです。

 雪の怪物は、オルゴールの音に反応したようでした。
 そして、サンタクロースが自分の部屋を離れた隙に、窓を割って机の上のオルゴールを奪い、どこかに去って行きました。嬉しそうに、鼻歌を歌いながら。

 サンタクロースの家の窓が割れたのを、ねずみの姿をした怪物がみていました。それは、いつの間にか北極に吹き溜まってしまった、いろんな誰かの小さな孤独や悲しみが、寂しさでお互いにひかれあい、やがて集まって固まったものでした。
 ねずみの怪物は暖かい部屋を見て窓から入り、机の上に置きっぱなしになっていた、バタークッキーの扉をあけました。背の低い、泣き虫の方のジンジャーマンクッキーが田中さんの事務室に行くのに使った後のものです。ねずみの怪物は魔法の扉をくぐりぬけました。そして反対側からクッキーの扉を食べてしまいました。商店街には、ねずみの怪物と、泣き虫のジンジャーマンクッキーが残されました。


「…つまり、今北極にいるのは、お前だけって訳だな、弱虫よ。」
ベッドに寝かされた小人が言いました。この小人は、おもちゃ工場のテキスト係です。絵本や物語の筋を考えるのが仕事で、さっき、働きすぎで鼻血を出して倒れたので、こうしてベッドに運ばれて休んでいるのです。
「そうなんだ。」
背の高い、弱虫のジンジャーマンクッキーが言いました。
「で、この私に何のご用でしょうか。」
寝返りを打ちながらテキストの小人が言いました。
「助けて欲しいんだ。僕、どうしたらいいかわからなくて。」
「私も、どうしたらいいかわかりませんよ。」
「君、賢いからさ。」
「いかにも。私は賢いよ。」
「お願いします。」
「お願いされてもな。おやつ、でる?」
「何でも出しますよ!」
「みんな小人使いがあらいよな…。」ため息をついて小人がベッドから起き上がりました。鼻にティッシュを詰めていました。「よろしい。おやつのためだ。協力しましょ。」

 泣き虫のジンジャーマンクッキーがぴょこんと飛び跳ねました。それから二人で握手をしました。
 物語はもう随分長くなりました。動き出すのはとても小さな二人です。でも、力をあわせれば、きっとなんとかなるでしょう。

ショートショート No.210

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第四週「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」1

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」