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ショートショート 趣味の店 緑のウール

 「来たな、資本主義の犬!」

 『趣味の店 緑のウール』は小さな手芸用品屋さんです。狭い店内に机を二つおいていて、水曜日と土曜日のお昼に小さな手芸教室をしています。教室、といっても、生徒も先生もなくて、ただみんなでお茶を飲みながら持ち寄った針仕事をするだけ。やることもばらばらでした。

 「…ナズナさん。」
 店の机に、刺繍道具とたくさんのスナック菓子を広げて、制服を着た女の子がくつろいでました。口から飴の棒がでています。何かを縫っているようでした。
「…今日、教室じゃないでしょ。というか、学校の教室あるでしょ。」
「『プロレタリアート』!」
「『ブルジョアジー』」
「『カール・マルクス』!」
「『フリードリヒ・エンゲルス』」
「『蟹工船』!」
「…勉強してるんだね。えらいえらい。」
「ミドリちゃんなら、いないよ。」
「え? どうかしたの?」
「入院した。」
「嘘。大丈夫?」
「風邪こじらせただけだって。ミドリちゃん、おばあちゃんだからさ。あたし、留守番してんの。」
「ミドリさんいてもいつもいるだろ。今日何してんの。」
「ん。装飾に視野を広げることにしたの。フランス刺繍。これ。」
 ナズナさんが手に持っていたハンカチを本屋さんに突き出しました。白いハンカチの角に小さな刺繍がしてあります。
「ナズナさん。」本屋さんが真剣な表情になりました。「何やってもうまいね。」
「天才だから。」
「この文字は、イニシャル?」
「そう! 名前縫ったの。装飾文字?」
「ナズナさん、フルネームは?」
「マセ・ナズナ!」
「ここに縫ってある文字は?」
「『NN』?」
「…マセ・ナズナって、ローマ字で書ける?」
「…。」
「…。」
「うわあああああっ!」
「…勉強しよう。ナズナさん。」
「これは違うよ! ナズナのNN!」
「Zどこ行ったの。」
「遠く遥か彼方エッフェル塔にかかる飛行機雲のその向こうよ!」
「詩情で無知をごまかさない。」
「あれに言われたくないね。」
 ナズナさんが、店の隅の棚を指差しました。生徒たちの作品を展示する、小さな飾り棚です。不恰好なクマのぬいぐるみ、時間をかけたクロスステッチ、パッチワークのコースター。やっぱり、ばらばらなものが飾ってあります。


「なにあの、毛玉。」
 ナズナさんがいっているのは、棚の端にひっかけてある緑色の毛糸玉のようなものでした。シール式の目玉が貼り付けてあります。
「…あれは、羊です。」
「緑色の羊なんて、いないよ。」
「お店の名前にちなんだんだよ。ミドリさん、喜んでたでしょ。」
「こび売っちゃって。」
「喜んでもらいたかったの。」
「資本主義の犬め。」
「はいはい。わんわん。」
「ミドリちゃん店辞めるってほんと?」
「わん?」
「ミドリさんがお店閉めちゃうって本当ですか?」
「知らない。犬だから。」
「あたし、居るとこなくなっちゃうじゃん!」
「学校行きなよ。」
「うるせえ、わんこ。」
「うーん…。」

 本屋さんが飾り棚のコーナーまで歩きました。手芸作品に混じって、写真が一枚飾ってあります。ワンピースを来てピースサインをするナズナさん。彼女が初めて自分で作った服でした。

「頑張れば、居場所できるよ。ナズナさん、天才だから。」
「天才のとこだけ正しい。」
「専門学校行く気は?」
「あるよ。」
「考えてるじゃん。」
「馬鹿じゃないもん。」

 本屋さんが自分の懐を探って、名刺を一枚出しました。ナズナさんのところまで、歩いて差し出します。

「1枚あげるよ。ずっと先、何かやりたくなったら手伝わせてね。」
「…金とるんでしょ。」
「とるよ。資本主義の犬だからね。」
「儲けさせてやるよ。」
「天才だから。」
「そう。」

ナズナさんが名刺をうけとりました。口から飴を出しました。

「本もちょうだい。勉強する。」
「ん?」本屋さんが一瞬困った顔になりました。「…いいよ。どんな本?」
「んー、なんか、南極? の本。」
「南極?」
「ミドリちゃんがさ、眠るとたまに南極の夢見るんだって。」
「ふうん?」
「寒くて、雪が降ってて、シロクマとかいるんだって。」
「…ナズナさん。」本屋さんがまた真剣な顔になりました。「南極に、シロクマは、いないよ。」
「うそ?」
「ホッキョクグマって、わかる?」
「ナンキョクグマはいないの?」
「いない。」
「じゃあ、シロクマもいる北極がいいとこどりじゃん!」
「いいとこどり?」
「シロクマもペンギンも一度に見られるってことでしょ?」
「北極にペンギンはいないよ?」
「うそ? 北極にペンギンいないの?」
「いない。」
「じゃあ、じゃあじゃあ、シロクマかペンギンか2択なの?」
「2択だね。よくわかんないけど。多分2択。」
「あ、あたしあたし、ペンギンにする!」
「…そう。よかったね。」

 本屋さんが伝票を取り出しました。さらさらとタイトルを書いて、ナズナさんに渡します。ナズナさんがにかっと笑って「ありがとう」と言いました。笑い返してお店を出ます。
 頭の上でジンジャーマンクッキーが「あれ、僕出番なくない?」と言いました。

ナズナさんのもとに届いたのは、こんな本です。

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ショートショート No.200

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第二週「書房 あったらノベルズ」5

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」