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ショートショート 賢者 さんた

 窓を締め切ったはずなのに、カーテンが動いた気がする。
 暗い部屋で、モニターだけが光っている。

 また、城下町。
 このゲームには戦闘フィールドがないみたいだ。ない、は違うか。ひとつだけある。

 僕が復活するとお店はもうできていて、店の入り口で小雪さんと田中さんが僕を待っていた。

こゆき「あんどうくん! はやく!」
たなか「おそいぞ! あんどうくん!」

 僕も慌てて店まで走る。同時に知らないキャラクターが二体、やっぱり店まで走ってきた。一体は店の前で止まる。

りん 「はやく! しゃしんとりますよー!」

 写真屋さん。そうだ。今日は店の開店祝いだ。小雪さんの隣に僕は並ぶ。田中さんは、ちょっと離れて立っている。自分は、あくまでお手伝いで、店の関係者じゃないんだって。そこだけこだわるの、変なの。
 写真の真ん中に、小雪さんと僕、それと……。

さんた「がんばったね、あんどうくん。」

 ……。三太さん。田中さんがこの年のクリスマスに「拾って」来た人だ。

こゆき「さんたさん、ちょっと おみせの なか みてよ!」

 だめだ。だめだ小雪さん。その人を、信用しちゃだめだ。

 田中さんの紹介で店に来た三太さんは、びっくりするほど何でもできる人だった。
 パートシュクレはさくさく。コーティングショコラはぴかぴか。驚くほど艶やかなムラングを作る。原価安いのにお店でとても人気があった。僕も好きで、たまに摘んで怒られた。卵白泡だてるだけなのに、どうして僕のとあんなに違うのか、いまだにわからない。キャラメル味のタルトタタン。粉雪のように溶けるスフレ。飽きのこないバタークリーム。レシピはみんな置いていってくれたけど。ほとんど店に出せていない。僕が、同じものを、作れないせい。

さんた「あんどうくんも いっしょに、いこうよ。」 
あんどう「いやだよ。」
さんた「いやなの?」
あんどう「いっしょになんか、いかないだろ。あんた、春までいないじゃないか。」
さんた「知ってるの?」
あんどう「知ってる。」
さんた「そう。」
あんどう「こゆきさんには だまって おいてやるよ。」

 近くにいた田中さんが飛び上がった。「!」。僕たちのところに走ってくる。

たなか「あんどうくん。気づいてたのか。」
あんどう「なにに。」
たなか「さんたさんが、その…。」
あんどう「気づいてない。気づいてなかった。知らなかった。たなかさんは知ってたの?」
たなか「いや、それは…。」
あんどう「知ってたんだ。」
さんた「知らないよ。」
あんどう「かばうのかよ。」
さんた「かばってないよ。僕も、忘れてたんだ。自分が、何だったのか。」

 「!」のアイコンが出て、小雪さんが走ってくる。来ちゃダメだ。また、泣くことになるから。嫌なんだよ、そういうの。

こゆき「いいのよ。あんどうくん。」
あんどう「なにがだよ。」
こゆき「わたし、知ってたもの。」
あんどう「うそつくなよ。今、こいつが自分でもわからなかったって言ったばかりだろ。」
こゆき「それでも、知ってたの。」
あんどう「なんだよ。わかんないよ。」
こゆき「わたし、分かるのよ。逃げそうな男の人。」

 小雪さんがあの日悲しそうに笑ったのを思い出した。あれから小雪さんの心からの笑顔を見たことがない。誰も気づいてないかもしれないけど。僕は気づいてる。あの時のあの顔を見てしまったから。あれから、あれからこの人は、ずっと同じ顔で泣いているんだ。

あんどう「みんな、わかってたの? 知らなかったの、僕だけなの?」

 嘘つき。

あんどう「みんな、こいつがもうじきいなくなるの分かってて、ずっと仲間みたいな顔して写真に収まってるの?」

 みんな、嘘つきだ。

 頬に、涙がつたった。ひやりとした。冷たい水の感触。
 吐いた息が白くなった。
 かじかんで上手く動かなくなってきた指で右スティックを動かす。この場から逃げ去りたかった。誰も、ついてこない。仲間にしてないから。道を曲がる。門をくぐる。街をでる。誰一人、ついてこない。仲間じゃないから。街の外で、三太さんが立っていた。何の用だよ。

さんた「あんどうくん ねずみ……!」

画面が変わる。おなじみだ。何もできない。真っ赤になる。

GAME OVER
サンタクロースを、信じていますか?
はい・いいえ

「いいえ」

 僕は、もう、二度とあんたを信じないよ。


 親指に白いものがあたってとけた。

 いいね。

 声が聞こえる。

 信じるものなんて、ない方がいい。
 自分のことを、他人に預けるなんてさ。
 ここは、暗くて、寒くて、けれどあたたかい。
 君はずっとここで、ひとりぼっちでいたいんだろう?
 わかるよ。
 朝が来ると辛いものな。いろいろ、見なくちゃいけなくて。
 ここはいい。快適だ。
 まるで、北極の、明けない夜みたいだ。

 部屋に、雪が降ってきていた。不思議と、もう、寒くはない。

ショートショート No.207

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第三週「真っ赤な嘘つき帽子」5

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」