見出し画像

ショートショート サンタの家まであと5分

 サンタクロースの家の外側には、トナカイたちの小屋があります。赤鼻のルドルフを筆頭に、ダッシャー、ダンサー、ブランサー。かの有名な8頭のトナカイたちがクリスマスに備えて英気を養っているところです。

 「こいつが、”スリー”。」テキストの小人が、トナカイ小屋の隅っこにいる、一頭の子供のトナカイを指していいました。
 「ツリー?」弱虫のジンジャーマンクッキーが聞き返します。
 「いや、『スリー』。3だ。ソリ用トナカイの3軍。」
 「ひどい名前ですね。」
 「そうだな。でもすぐに見返すさ。体は小さいが、いい目をしている。」
 「頑張ってね、スリー。」
 トナカイが小さく身を震わせました。湯気のように息が白く立ち上ります。

 「で、作戦だがね。」
 テキストの小人が、ポケットから小さく折りたたんだ羊皮紙を取り出しました。広げると、トナカイ小屋いっぱいの大きさになりました。テキストの小人が木炭で何かを描きながら話を続けます。
 「私の観察と記録によると、サンタクロースの部屋からオルゴールを持っていったのは雪の怪物だ。いいかい?」
 「いいです。」弱虫のジンジャーマンクッキーが返事をします。
 「よろしい。で、君はそのオルゴールを取り戻したい。間違いない?」
 「はい。」弱虫が大きく頷きました。

 「無謀だね。」
 テキスの小人は続けます。
 「まずもって、オルゴールを奪うことが不可能だ。体格差がありすぎる。」
 自分の描いた雪の怪物の絵と弱虫の絵に丸をつけました。
 「さらに。」すごい勢いで羊皮紙に数式を二つ書きました。ひとつを指します。「これが君の足の速さ。」もうひとつを指しました。「これが雪の怪物。オルゴールを奪われたとしても、絶対に追いつかれる。」

 「自分じゃ、無理だから、あなたを呼んだんですよ。」
 弱虫のジンジャーマンクッキーが不満そうに言いました。
 「的を射た指摘だ。誰かに頼るのは、君の賢さだね。」
 テキストの小人が今度は羊皮紙にトナカイの絵を描きました。
 「で、この"スリー"の登場だ。」


  北極の暗闇に、ハーモニカの音色が響きました。テキストの小人がスリーの頭の上で曲を吹き始めました。凍てついた空気に金属の震える音が響き渡ります。
 「その曲、なに?」小人と一緒にスリーの頭の上にのった弱虫が聞きました。
 「『リプライズ』。」テキストの小人が答えます。「サンタクロースの、オルゴールの曲だよ。」
 「え。そうなの。」
 「そう。小人はなんでも知ってるんだ。」

遠くで、影がうごめきました。オルゴールを抱えて、眠っていた雪の怪物でした。

 「小人の観察によると。」真っ暗闇に、目を凝らしながらテキストの小人が話し続けます。「雪の怪物は、オルゴールを奪ったはいいが、ならせていない。手が、かじかんでいるんだろうね。ネジが回せないんだ。音楽が、聞きたいはずなのに。」影が動いたのを見逃しませんでした。「来たよ。」大きく息を吸って、もう一度ハーモニカを吹き鳴らしました。

 雪の怪物が、大きくひとつ唸りました。四つん這いになり、背中を大きく逸らし、丸め、小人たちののったトナカイをみつけると、両目を見開いて、笑い声をあげて、弾けるように一直線に向かってきました。

 「走れスリー!」
 テキストの小人が叫びました。スリーが矢のように走り出します。雪の怪物から逃げるように、大きく弧を描いて。

 「誘き出すんだね!」
 トナカイの毛に必死にしがみつきながら弱虫が言いました。
 「これなら、追いつかれない!」
 「いや、追いつかれるよ。」あっさりと小人が答えます。「スリーの足だと、私の計算によると、およそ5分だ。」
 「え。どうするの?」
 「いいんだ。5分持てば。」
 「なにそれ。」
 「5分待って、サンタクロースの家に突っ込む。」
 「突撃するの?」
 「そうだ。それでいいんだ。」
 「大丈夫なの?」
 「そう。随分前に計算したやつだ。小人はなんでも知っているんだ。」

 くるり、と魔法のバタークッキーのドアがサンタクロースの家の3階、サンタの秘密の部屋で開きました。中から泣き虫のジンジャーマンクッキーが現れました。途端に、クッキーのドアが崩れて消えていきます。泣き虫は振り返りません。これから何をするべきか、テキストの小人が書いた本でちゃんと知っていたからです。大急ぎで部屋のドアを開けました。叫びます。
 「サンタクロース! サンタクロース! ちょっと来て!」

 サンタクロースは、家の1階にある台所でお菓子を焼いているところでした。十八番の、ムラングです。久しぶりの声に驚いて、2階に続く階段のところまで走りました。

 「サンタクロース! こっち来て!」
 泣き虫のジンジャーマンクッキーが階段から転がり降りてきました。サンタクロースが再会に喜ぶひまもなく、足元をすり抜けていきます。真っ直ぐに、玄関に向かって走りました。サンタクロースも、慌てて続きました。

 サンタクロースの家の玄関が開きました。暗闇に光の筋が走ります。その筋に向かって、スリーが一直線に駆けてきます。すぐ後ろに、雪の怪物が迫ってきています。

 「弱虫!」
 泣き虫のジンジャーマンクッキーが叫んで、玄関から飛び出して行きました。
 サンタクロースが家の外を見ます。トナカイと、その向こう。

「…小雪さん?」小さく呟きました。まさか。あの姿。でも。確かに。今度はもう一度、大きな声で叫びました。怪物にも聞こえる、大きな声で。

「小雪さん!!」

怪物の動きが止まりました。自分の名前を呼んだ、サンタクロースをじっと見つめたまま。風が吹きました。怪物に降り積もった雪が渦を巻いて上空に飛ばされていきます。煙のように。からん、と音を立ててオルゴールが転がりました。怪物の体も、雪になって全て飛んでいきました。彼女が、今、いる場所に。

「小雪さん!!」
 自分を呼ぶ声。小雪さんは目を覚ましました。病室のベッドの上でした。傍に、田中さんが赤い目をして座っていました。小雪さんが目を覚ましたのをみて、驚いて、それから顔を押さえて崩れ落ちました。
 「良かった…。」
 「わたし…。」小雪さんが消え入りそうな声で言いました。「戻って…来ちゃった…。」それから、右腕で両目を押さえて、子供みたいに、わあわあ、声をあげて泣きました。

ショートショート No.213

画像1

※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第四週「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」4

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」