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ショートショート 不思議なバタークッキー

ねずみの化け物から魔法の粉をとりだすために、まず化け物を乳鉢ですりつぶす。

「嘘だろ。」
 お菓子屋「トロワ」の安藤くんが厨房で声を上げました。えぐい。何それ。飼い猫のとうめいが捕まえてきたねずみの化け物(ジップロックに入れられるくらいに小さくなっていました。)を見ました。まだ動いています。僕、生き物絞めたことないよ。バターも小麦粉も生クリームも抵抗しないから平気でお菓子が作れるんだよ。どうしよう。とうめいにやってもらおうか。……いや。とうめいのそんな姿見たら泣いちゃうかも。

 分厚い本をめくります。『ジンジャーマンクッキーがおうちに帰るには?』という本でした。本の中に「魔法のバタークッキーの作り方」という章があるのです。田中さんが持ってきた本でした。

ねずみをすり潰す度胸がないなら、100度のオーブンで30分焼いてもいい。

 若干、気に触るレシピですが、採用することにしました。
 オーブンを予熱して、ねずみを掴んで、放り込んで固く扉を閉めました。音楽を流して、万が一にもねずみの悲鳴が聞こえないように配慮し、オーブン自体もなるべく視野にいれないようにして30分。開けると、ねずみは黒いざらざらした粉になっていました。天板を出して、粉を集めます。動物臭はしませんでした。アーモンド? みたいな匂い。

焼いた後に残ったものに、魔法の粉が混じっている。この方法は一回しか使えない。魔法の粉は、温度に弱いから。

「先に言ってよ!」
 また本に突っ込んで、ちょっと周りを見ました。なんとなく恥ずかしくなったのです。

魔法の粉にも、消費期限がある。最低1年。持って2年。それで魔法の力が失われる。熱をかければかけるほど、寿命は短くなる。

 サンタクロースに僕がクッキーをあげたのは、一昨年のクリスマスだ。あの後、すぐに使ったんなら、つまり…。

「できた?」

 声に驚いて足元を見ると、とうめいが厨房に入り込んでいました。頭の上に喋るジンジャーマンクッキーを乗せていました。

「田中さんとこの。」
「そう。」

 ぴょん、とジンジャーマンクッキーが飛び跳ねて、安藤くんにすがりつき、体をよじのぼって頭の上に乗りました。

「頭の上にのるの、決まりなの?」
「なんとなく落ち着くんだ。バタークッキーできそう?」
「あとは、この黒い粉から魔法の粉をより分けて、バタークッキーにかけるだけだよ。」
「やるな! あんどう!」
「呼び捨て…。」

魔法の粉は、とても粒が細かい。ふるいにかけて、より分ける。

 粉用のふるいをとってきて、ボウルを下においてふるいます。大丈夫。小麦粉だと思えばいい。下に落ちるのが魔法の粉だとして、上に残る黒いやつは…。想像が膨らむ前に素早く目を通らなかった黒い部分をゴミ箱に捨てました。

「あのさ、喋るクッキー。」
「なんだ、あんどう。」
「お前、この本全部読んだ? レシピも?」
「読んだよ。」
「全部?」
「うん。全部。」

 ボウルに残ったのはキラキラ光る白い粉でした。軽くボウルを振って、底に集めます。

「喋るクッキー、分かってる?」
「何が? あんどう」
「いや。」 さっき焼いたばかりのバタークッキーを慎重に選びながら、安藤くんは聞きかけの質問を取り下げます。「何でもない。」

「分かってるよ?」頭の上のジンジャーマンクッキーが、『雨が降ってるよ?』みたいな、何でもないことのように答えました。

「ふうん。」
 安藤くんも、なるべく何でもないことのようにして答えました。天板いっぱいに焼いたバタークッキーの中で、1番美しく、丈夫そうな1枚を選びました。
 さっきのボウルに入れて粉を丁寧にまぶします。

「あのさ、あんどう。」
「うん。」
「ニンゲンは、変わる生き物だろ?」
「どうだろう。」
「願ったニンゲンが変わる前に消えるから、魔法は素敵なんだ。ずっと変わらずあり続けたら、ニンゲンが辛くなる。もう、そうなったら、それは魔法じゃなくて呪いなんだ。」
「そうか。」
「そう。小人がそう言ってた。」
「受け売りなんだ。」
「うん。受け売りだ。」

 まぶした粉はどんどん、溶けるようになくなっていきます。バタークッキーに吸い込まれていくようでした。最後の一粒も残さないで、安藤くんは魔法の粉をまぶし終わりました。

「これで。」右の人差し指と親指でバタークッキーをそっとつまむと、頭の上のジンジャーマンクッキーに見せました。「できたと思う。」机に上に置こうとして、やめました。このまま、そっと持っているしかない。指先から、バタークッキーが今にも崩れそうなのがわかりました。「早く。」

「分かった。」ジンジャーマンクッキーが、安藤くんの肩にぴょんと乗りました。腕をよじのぼります。

「最後に会えて、よかったよ。」
体を動かさないようにしながら安藤くんが言いました。
「いや、結構会ってるよ?」ジンジャーマンクッキーが手のひらにのぼりながら答えます。「あんどうにばれないようにしながら、お店手伝ったりしてたんだよ? 小銭揃えたりとか。サンタクロースにいわれて。」
「うそ。」
「味落ちたって言われて泣いたりしてたのも、見てたよ?」
「やめて。」安藤くんの指が恥ずかしさで震えました。
「僕の名前は、『泣き虫』でさ、サンタクロースがつけたんだ。あんどうに、そっくりなんだって!」

 安藤くんの指まで到達したジンジャーマンクッキーが、バタークッキーを引っ張りました。くるん、と安藤くんの支えた指を支柱にして回ります。冷たい空気が吹き込みました。向こうに、北極の暗闇がのぞいていました。

「じゃあね! あんどう!」

 ジンジャーマンクッキーがそう言って暗闇に飛び込むと、安藤くんの摘んだクッキーがさらさらと崩れていきました。全部粉になって、指の間からすべり落ちて、それからなくなりました。

「魔法…。」安藤くんが呟きました。ずっと忘れていた、自分の厨房を見渡しました。「魔法か。」

 机の上に置いていた本から煙が出始めました。安藤くんは焦りません。『ジンジャーマンクッキーがおうちに帰るには?』がタイトルの魔法の本です。役目が終わったから消えるのでしょう。

「お菓子も、いつだって、消えてなくなっちゃうもんな。」安藤くんが呟きます。「だから素敵で、だからずっと、作り続けるんだ。」

ショートショート No.212

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第四週「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」3

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」