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ショートショート ねこの とうめい

 生き返ったらそこは全面紫色の毒の沼で僕の居場所なんかどこにもなくて、『生き返った』という表現そのものが妥当ではないように思われた。
 誰もいない。何の建物も山も川もない。ただ沼だけが広がっている。

 一歩踏み出すごとに画面が光る。ダメージ。そもそもHP設定なんてあるんだろうか。ただ、不快な効果音と光だけが繰り返される。

 いや、嘘だ。

 それだけじゃない。
 光と一緒にセリフがでる。何度も何度も、店で聞いたセリフ。

※「ムラング、もう置かないの?」

 おかない。あんなふうに作れないから。

※「味、おちたかも」

 聞こえるかも。その距離からだと。

※「小雪さんは?」

 自分の店で泣いてる。手伝いに来るのやめるように僕が言った。トロワにいると三太さんのことを思い出すからだ。笑ってるけど、泣いてる。僕は分かる。

 歩く。画面が光る。胸が痛む。息が詰まる。
 歩く。画面が光る。僕の心が凍る。吐く息が白く濁る。
 進んでも、引き返しても、永遠に毒沼が続く。

 立ち止まる僕に雪が降り積もる。明けない夜でここは真っ暗だ。

 夜はやさしい。僕を隠してくれる。
 雪はやさしい。痛みを無くしてくれる。

 「にゃあ」
と声がして、足元をみたら、飼い猫のとうめいが帰ってきていた。茶色の縞に、水色のリボンがよくはえる。リボンについた鈴が、ちりんとなった。

「だめだよ。」
とほとんど出ない声で僕が言った。
 ここにいちゃだめだ。よくわからないけど、危ないよ。

「にゃあ」
 もう一度ないて、ソファの上に飛び乗った。僕の膝に登って、毛を逆立てて丸まる。あたたかい。あたたかいけど、それ思い出しちゃうと、ここが寒いのも分かっちゃうんだよ。かえってつらいんだ。わかる? とうめい?

 そういえば、とうめいも田中さんが拾ってきたんだった。猫嫌いなのに拾ってきちゃって、僕に押し付けた。家に来る度に言うんだ。「ここに猫はいない。いるけどいない。とうめい、とうめいだ」って。
 お前は賢いよ。拾われる相手をわかってる。僕ならお前を拾わない。面倒だから。田中さんもあげる相手をよく分かってる。僕はお前を捨てられない。それはそれで、面倒だから。

 「!」
 画面の僕のとなりにマークがでた。
 なにもないのに。
 ボタンを押して話しかけようとすると、マークが右側にずれる。
 僕も右へ。追いかける。

 画面は光らない。セリフもない。

 追いついて、話しかける。今度はマークが上に逃げる。

 後を追う。画面は光らない。

 話しかけるとまた逃げる。追いかける。画面は光らない。
 繰り返す。
 透明な何かに導かれて、少しずつ毒の沼を進む。

 画面の端に、緑色の岸が見えた。
 あともうすぐ。
 「!」
 マークに話しかける。

とうめい「うしろ!」

 後ろを振り返る。モニターの光に照らされて、大きな、ねずみのような塊が見えた。僕を見て笑った。逃げようと、立ち上がる前にねずみの手がのびて組み伏せられた。コントローラーを落とした。モニターの光が赤くなる。画面を見る。

GAME OVER
サンタクロースを、信じていますか?
はい・いいえ

「…信じてない。」

 ねずみが喋った。

「そうだろ? 仲間だ、僕たち。」

 耳を僕の胸にすりつける。

「まだ、動いてる。あたたかすぎるね。」

 僕の顔を舐める。

「凍ついてしまえば、楽になるよ。」

何か光った。モニターだ。見ると画面が変わってる。

本当に?
はい・いいえ

あ。これ、サンタクロース信じてるかの『はい』の後だ。

A.「はい」

あたりをみた。コントローラーの青い光。光に照らされて、ぼんやりとうめいが見えた。とうめいが、前足でボタンを押してる。

強がっても、ひとりぼっちは、やっぱりさみしいですか?
はい・いいえ

A.「はい」

え。ちょっと。

ほんとうは、三太さんが、大好きでしたか?
はい・いいえ

A「はい」

まって。

小雪さんが、三太さんと仲がいいのを、心の中では、嫉妬していましたか?
はい・いいえ

A.「はい」

なにこれ。

お菓子作りの腕が三太さんに追いつかないのを、
心底悔しいと思っていましたか?
はい・いいえ

A .はい

やめて。やめて、とうめい。

サンタさんが北極に帰っていくときとても寂しそうな顔をしていたのを
ちゃんと、見ていましたか?
はい・いいえ

A .はい

もうだめだ。まともに見られないよ。なにこの恥ずかしいゲーム。なんだよ。やめて。

とうめいや、小雪さんや、田中さんが、安藤くんを大事にしていたって
信じていますか?
はい・いいえ

A.はい

うそだ。うそだよ、そんなの。

サンタクロースも、安藤くんを大事にしていたって
信じていますか?
はい・いいえ

A .はい

そんなことない。ないんだって。

安藤くんも、みんなを、今でも、大事に思っていますか?
はい・いいえ

A.はい

 モニターが光った。
 画面が北極星に変わる。夜空に亀裂が入っている。
 音楽が流れる。
 文字が、下から上にスクロールしていく。

北極の 永遠の 暗闇に
亀裂が 入った

とおくで 黒い 自転車が走り出した
なにか 大声で 叫びながら

自転車が 商店街を
猛スピードで 駆け抜けていく

信号待ちの 車を追い越す
『空想喫茶』の前を通り過ぎる
坂道を ブレーキなしで転がり落ちていく

『宝写真館』で左にまがり
『緑のウール』の前で消しゴムを投げつけられる
丘を登って 『トロワ』につく
『臨時休業』の封印を剥がす
魔法の鍵で 扉をあける

壊れる
夜が 壊れていく

暗く凍てつく ひとりぼっちの夜に
亀裂が はいる

叫び声がする 物音がする
足音が 響いて
夜が 壊れる

そして

そして

そして 夜が明けた!

 ばっきーん!
と扉を思い切り蹴り倒しながら、誰かが部屋に転がりこんできた。
部屋に外の空気と、光が流れ込む。

「安藤くん!」

 入ってきた人が叫びながら肩掛け鞄を脱いで振り回した。ねずみにあたる。寒い。突然感じるようになった。寒い。震えながらはって逃げる。

 肩掛け鞄の人がカーテンを開ける。まぶしい。部屋に光が満ちる。
 ねずみが叫び声をあげながら溶けていく。

 鈴の音がして、とうめいが、ねずみに向かって走っていく。とうめい、まって、それはきっと食べたちゃだめなやつだよ。

「大丈夫だった?」
 肩掛け鞄の人が僕に言う。というか、田中さんだ。ん? 田中さん? あれ、ちょっと……。

「……家……鍵かかって…なかった…?」

 うまく開かない口で僕が言う。
 田中さんがじゃらりと、手の中に握った鍵を僕に見せた。
「先代オーナーの合鍵だ。」
 鍵をまた握りなおして、にやりと笑った。
「俺の人脈を、なめるなよ。」

「不法侵入だろ。」
田中さんの頭の上でクッキーが喋った。


ショートショートNo.208

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第三週「真っ赤な嘘つき帽子」6

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」