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ショートショート 書房 あったらノベルズ

 「書房あったら ノベルズ」という名のその本屋には何もありませんでした。
 本を並べる台も、本棚も。
 商店街の隙間を埋めるような、間口の小さい細長い店舗の奥に小さなレジがあるきりです。
 レジの前には店主が頬杖をついて座っています。たいてい、ぼんやりしています。今も椅子に座りながらノートに向かって何か考え事をしていました。

「それで、恋愛ものがいいわけだ。」
 にゃあお、と声がしました。レジ台の下で黒と白と茶のぶち猫が店主を見上げていました。
「他に希望ある? 季節とかさ。」
 にゃあお。また猫が返事をします。店主が考えます。
「冬?」
 にゃあお。
「『雪』とかかな。そうだな。ちょっと待ってね。」

 ノートに向かって何か書き留めて、ぼんやりします。天井を仰ぎました。口がぽかんとあきました。ノートの前の方をめくります。またちょっと書き留めました。
「こうだ。こうだな。」
 立ち上がりました。レジの横に立てかけてある複写式の伝票を取り出して、ボールペンで何かを書き留めます。
「『雪はまるで冬の嘘のよう』。どうかな。このタイトル。冬の恋愛もの!」
 伝票を一枚とって、猫に差し出すと、猫がにゃあとないて口に加えました。
「いや。俺が書くんじゃないよ。知らないけど、こうしておくと誰かが書くんだ。明日の朝までには、君のところに本が届くよ。ほら。持っていって。」
 猫がぺこりと頭を下げました。店主が手を振ります。猫は尻尾をぴんと持ち上げて少しくねらせて、ご機嫌な様子で店を出て行きました。

「で?」
 猫に手を振りながら店主は言いました。
「サンタクロース様は俺に何の用なの?」
「よく僕がいるってわかったな!」
 店主の頭の上にのっかったジンジャーマンクッキーが言いました。魔法の、動くジンジャーマンクッキーでした。
「甘い匂いがするから。サンタクロースの魔法の使者様は。今日は一人?」
「そうだよ。いつもひとりだ!」
「何虫の方?」
「『泣き虫』!」
「はーい。俺の頭の上で泣かないでね。で、サンタ、何の用だって?」
「『トロワ』みてきてくれって。」
「んー?」
 店主は、ちょっと困った顔をしました。
「やってないよ。トロワ。」
「嘘だろ!? 1年前はやってたじゃんか。」
「1年前はね。」
「どうしたの? 食中毒でもだしたの?」
「安藤君がさ、なんか、店出てこなくなっちゃって。臨時休業になってる。」
「うーん?」
「どうするの?」
「いったん、戻るよ。なんか、予定と違う。サンタに報告する。」

 泣き虫のジンジャーマンクッキーは店主の頭の上から飛び降りました。レジ台の引き出しに入ります。レジ台の中には秘密の魔法のバタークッキーの扉があって、サンタクロースの部屋とつながっている、はずでした。

「あれ?」
 泣き虫のジンジャーマンクッキーが言いました。
「どうしたの?」
「バタークッキーがなくなってる。」
「え?」
「食べた?」
「食べないよ。あんな怪しいクッキー。」
 泣き虫のジンジャーマンクッキーは引き出しの中を見渡しました。ありません。引き出しから飛び降りて、床の上、レジの中、店主の髪の毛の中まで探りましたが、やっぱりありません。みかねた店主も一緒になって探しました。もともと、何もない店舗です。すぐに探すところはなくなりました。

 ひっく。

 しゃっくりみたいな声があがりました。
 「どうしよう。」
 泣き虫のジンジャーマンクッキーが言いました。目から涙が溢れています。
 「僕、帰れなくなったかも。」
 声をあげて泣き出しました。店主が焦って宥めます。
 「やめて! 泣き虫! 生地が湿気っちゃうだろ! カビでも生えたらどうする気だ?!」
 泣き虫のジンジャーマンクッキーは泣き止みません。
 「そうだ! こうしよう!」
 店主は大袈裟に叫びます。レジの横に伝票を手にとりました。さらさらとボールペンで字を書きつけます。一枚破って、泣き虫のジンジャーマンクッキーに突きつけました。
 「タイトル『ジンジャーマンクッキーがおうちに帰るには?』だ! 読めば帰る方法がわかるぞ!」
 「そんな本、どこにもあるもんか。」
 「ないさ! 今はね! でも、きっとここに届くぞ!」
 そう言って、壁にテープで伝票をはりつけました。
 「なにしろ、届かなかったことなんてないんだから! 何でかわかんないけど!」

 「…うん。」泣き虫のジンジャーマンクッキーがようやく泣きやみました。あとでオーブンで軽く炙ってやろうと店主は思いました。「いつ届くの?」
 「いつ?」店主は言い淀みます。「わからない。変なタイトルだし…。」
 ふるふると泣き虫のジンジャーマンクッキーが震え出します。また目に涙が溜まってきました。
 「いやいやいやいや! きっと届くよ! 届く届く! ちょっと時間がかかるかもしれないけどさ!」
 「僕、それまでどうしてよう…。怖くて、また泣いちゃいそうだよ…。」
 「そうだな!」

 冬の商店街を、不思議な本屋の店主が自転車で走り抜けます。ここにはない本が欲しい誰かを探しにいくのです。頭の上にはジンジャーマンクッキーを乗せていました。サンタクロースの国から来た、小さなお手伝いです。雪の降らない冬の景色に興奮して、ずっとぴょんぴょん飛び跳ねていました。

 ところで、猫の本なのですが、ちゃんと翌朝届きましたよ!

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ショートショート No.156

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第二週「書房 あったらノベルズ」1

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話


連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」