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ショートショート 北極圏から徒歩5分

ぴんぽん
と、弾む音が玄関で鳴り、サンタクロースが分厚い木の扉を開けました。途端に粉雪が渦を巻いて部屋に飛び込んできます。サンタクロースの背丈ほどもある雪の小山が立っていました。体をぶるっと振るわせると雪が弾き飛びました。シロクマでした。

「どうも。」
一礼をしてシロクマが中に入ってきました。これ以上雪が入ってこないように、サンタクロースは慌てて扉を閉めました。
「こんにちは。」
サンタクロースはいいました。
「こんにちは。」
「温かい紅茶でもどうだね。コーヒーもある。ホットワインでもいい。」
「お気になさらず。」
きょろきょろとシロクマは家の中を眺めています。こりゃあ、住み心地がよさそうだ、膨らんだ毛並みが言っていました。
「うちが気にいったかね?」
サンタクロースがソファに座るよう、シロクマを促します。
「いや、大したもんですね。あ。もしあればでいいんですけど、牛乳もらえますか。」
座りながらシロクマが言いました。

 HOHOHOと、いかにもサンタクロースらしい笑い声をあげながら、サンタクロースが牛乳をとりに行きました。コップに入れて差し出すと、白い熊が白い牛乳をごくごくと飲み干しました。

「それで、条件なんですけど。」
「条件?」
「そう。条件。大事でしょう?」
「あなたの希望?」
「そう。希望。」
「わかりました。伺いましょう。」
「たまには、遠くに行きたいと思ってるんです。ほら、ここ、似たような景色ばかりじゃないですか。気分を変えたい時もある。」
「なるほど。」
「けど、あんまり、遠くに行きすぎるのも困る。戻ってくるのが、大変ですからね。」
「ごもっとも。」
「なので、ここから、徒歩5分以内の物件を探して欲しいんです。気分転換できるような。別荘にするんです。」
「うーん?」
「ダメですか?」
「ダメ、というか。クリスマスプレゼントに別荘が欲しいって言い出す人はあんまりいないもんだから…。」
 サンタクロースが苦笑いをします。シロクマのつぶらな瞳が見開きました。
「プレゼント? ちゃんと買いますよ。たくさん、魚を獲って売ったんだから。」
「買いに来たの?」
「そう。」
「サンタクロースの家に、別荘を?」

 シロクマが頭をかきました。
「サンタクロース?」
「そう。赤い服着てないけど。オフシーズンだから。」
 シロクマが心配そうに自分の毛皮を摘みました。
「君は大丈夫。ちゃんとわかるよ。シロクマだろう。」
 シロクマが頷きました。オンシーズンでよかったと思いました。
「ここは、不動産屋さんじゃ、ないんですか?」
「不動産屋さんでは、ないと思うよ。名乗ったことがないから。」

 サンタクロースはまたソファから立ち上がると奥から丸めた大きな紙を持ってきました。
「立ち上がったついでに。」
 シロクマが照れ臭そうに言いました。
「よかったら、牛乳のおかわりがいただけると、嬉しいです。よかったら。」
 HOHOHOと、またサンタクロースが笑いました。本当だ。確かにサンタクロースだとシロクマは思いました。

「ここが、私の家。」
 丸めた紙は北極圏の地図でした。どこもかしこも真っ白です。机の上に広げて、地図の一点を、サンタクロースはさしました。
「おや、しまった。」
 シロクマが両の手を頬にあてて、びっくりした、のポーズをとります。
「ここ。」
大きな手が地図の上に乗りました。海を隔てて反対方向の岸辺の小さな街です。
「僕はここの、不動産屋さんに行きたかったんです。」
「逆だね。」
「どうしよう。すごくショックだ。牛乳のおかわりもらえますか。」
サンタクロースがまた立ち上がって、牛乳を注ぎにいきました。
「おかしいな。確かに確認したのに。あの時かな、間違えたの。」
「何かあったの。」
コップになみなみと注いだ牛乳を運びながらサンタクロースが聞きました。

「流氷を歩いているときに、なんていうか、雪の小山が動いているのを見たんです。僕、びっくりしちゃって。凶暴なやつだといけないから、ちょっと隠れて様子をみていて、そしたらそれが突然鼻歌を歌い出して。」
「鼻歌?」
「そう。鼻歌。こんな。」
シロクマはサンタクロースに鼻歌を歌って聴かせました。途中で気分がよくなって、目を瞑ってゆらゆらと身体を揺らしました。

 何かが落ちる音がしました。
 シロクマが驚いて目を開けます。サンタクロースが牛乳のコップを手から落としていました。
「牛乳!」
 シロクマがおたおたしました。
「その歌…。」
「牛乳が…。」
 2階から小人がたくさんやってきて、この大惨事にちっとも対処しようとしない大きな生き物に向かって怒りをこめてため息をつき、すごい速さで床を拭いてコップを洗って、すっかり元通りに片付けていきました。
「それ、歌う小山はどうなったの?」
 サンタクロースが、ぐん、とシロクマの顔に自分の顔を近づけて言いました。
「どうって…。消えてしまいました。太陽が登ったら。溶けるみたいに。」
「そう。」
 サンタクロースが近づけた顔を離しました。何か考え事をしているようでした。
「いい話を聞かせてもらって、ありがとう。不動産屋さんに行くんだよね? 吹雪が来そうだ。どうか気をつけて。お土産を持って帰るといいよ。牛乳が好きなんだね? 外に出ると凍ってしまうから…。」

 吹雪の中を、シロクマが歩いていました。分厚い皮膚とみっしりとした毛皮で、寒いのなんてへっちゃらです。背中には、お土産のアイスクリームを山盛りに背負っていました。ほくほくと、自分の巣穴に戻ります。不動産屋さんにはいかないことにしました。すぐ近くに、気分転換ができるところを見つけたからです。歩いて行けて、居心地が良くて、何より牛乳がたっぷりもらえる、秘密の素敵なおうちです。

ショートショート No.193

※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第一週「サンタクロースと雪の怪物」3

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連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」