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ショートショート 誰かのための夜

 1日、トロワの掃除をした。
 ほんの少しの間のつもりだったけど、随分ほこりがたまっていた。
 掃除は1日で済んだ。小さな店でよかった。

 ご近所さんが通りがかって、挨拶してくれた。「病気でもしたのかと思って」って。「まあそんなとこです。」って答えておいた。「また買いに行くわ。」と手を振られた。振り返す。素直に嬉しかった。

 本当に、吹けば飛ぶような、小さな店だ。
 飛ぶ前に、僕は戻ってこれたのだ。多分。きっと。

 小雪さんが、店で眠ったきり、目を覚まさなくなったらしい。
 不法侵入してきた田中さんが泣きながら言ってた。
 起こす方法は分かってるんだって。本に書いてあるそうだ。
 支離滅裂だと思う。けど、あの人はもとから支離滅裂で、支離滅裂だから、それなりに信用できる。店の復帰に向けても、協力するって言ってた。多分本当だ。あの人は、僕に負い目を感じてる。

 一昨年のクリスマスイブの夜、商店街にある小さな公園に、男の人が落ちてきた。本当に、空から、落ちてきた。

 自転車に乗っていた田中さんがびっくりして駆け寄った。男の人は怪我ひとつなかった。けれど、それと同時に、その人は記憶もなかった。
 赤と白の衣服をつけて、白い髭を生やしていた。サンタクロースだ。田中さんは男の人を「三太さん」と冗談混じりに呼ぶことにした。本物だなんて思ってもみなかった。
 とりあえずの働き口として、僕の店に白羽の矢がたつ。最初は雑用をやってもらうつもりだった。けどすぐに間違いだって分かった。製菓の知識のあるらしかった。小人に習ったとか、なんとか。とにかく本当に、なんでもできる人だった。たくさんのことを教えてもらった。

 寒さが厳しくなると、三太さんは「小人が」とよく呟くようになった。「おやつがなくなる」とか。変なこと言う人だな、と思った。
 2月になって、神妙な面持ちで僕を呼んだ。「解雇してほしい」と言いだした。「小人とトナカイが迎えにくる。」って。僕は青ざめた。三太さんが壊れてしまったのかと思ったからだ。でも、違っていた。いつも通り、まじめに、不動産屋さんみたいなメガネをちょっとなおして、カレンダーに丸をつけながら説明した。自分はサンタクロースであり、北極に住んでおり、小人をやとっている。空からおちて記憶をなくしていたが、全部思い出した。北極でみんなが困っている。
 「僕も困るけど?」
 反射的に言った。三太さんが笑った。大人はどうして笑いながら泣くんだろう。

 丸がついた日はすぐにやってきた。田中さんと小雪さんと僕の三人で店の前で三太さんを見送ることになった。小雪さんが三太さんにオルゴールみたいなものを渡した。びっくりしたけど、僕は渡すものがなんにもなくて、店に戻って残り物をもってきた。クッキーのセットだ。確か、ジンジャーマンクッキー2枚と、バタークッキー1枚。「受け取らないよ」と三太さんは言った。「借りるだけだ」。最後まで変なことを言う人だな、と思った。
 田中さんは本当に何にも渡すものがなかったらしくて、おろおろしていると、三太さんに紙の束を渡された。伝票だって言ってた。拾ってくれたお礼だと言った。そこに欲しいものを書くとなんでも届くとか。早速田中さんが何かかいて、三太さんに渡した。

 シャンシャンと、季節外れの鈴の音がして、トナカイが空を飛んできた。ソリをひいていた。「ほらね。本当なんだ。」と三太さんが少し恥ずかしそうに言った。「鈴、ならさなくてもいいのに。」と言いながらソリにのる。手を降る。振り返した。「さよなら。」と僕は言った。田中さんが泣きながらぶんぶん両手を振った。
 小雪さんは。
 小雪さんは、何もしないで、三太さんのそりを見送った。にぎやかな音が遠くなり、やがて消えてしまうと、「わたし、また、置いていかれたのね。」と小さな声で言った。僕が見ていたの気がついて、にっこりと笑った。泣いてるんだな。そう思った。

 掃除道具を片付けて駅前に向かう。猫の集会所があって、夕方になると、とうめいがよくそこにいる。うまくすればねずみのお化けを捕まえて、仲間に見せて自慢しているかもしれない。

 猫の集会場まで行くと、猫はいなくて、代わりに弾き語りの人が座っていた。

「猫、見ませんでしたか、縞猫。」
 聞いてみる。
「見てませんよ。それより人、見ませんでしたか。あなた以外の。」
「こちら側は、人降りてきませんよ。駅の反対側の出口でやった方がいいですよ。」

 弾き語りの人が、ちょっと、むうとした顔になった。動くの、面倒くさいんだなと思った。

「よかったら、聞いていってください。」
 問答無用でギターの準備をしだす。一対一は荷が重い。
「いえ、ちょっと、猫探してるんで。」
「ええ、こっちも、自信作なんで。」
「猫いなくなっちゃうといけないし。」
「声が枯れちゃうといけないし。」
「駅の反対でやった方がいいですよ。」
「ここで聞いとかないと後悔しますよ。」
「え。なんで。」
「俺が、この宇宙を作った男だからです。」

まただ。
また、変な大人が増えた。歳をとると何かのタガが外れちゃうんだろうか。
反論の手が緩んだのを見逃さず、弾き語りの人は勝手に歌い出した。
立ち去ることもできず、黙って聞く。

 足に何かがすりよってきた。ちりん、と鈴の音がする。とうめいだ。ねずみみたいな、あの黒い塊を得意そうに咥えている。「いいこだ」となでてやる。だきあげる。あたたかい。

 空が赤く焼ける。夜が来る。昨日とは違う、ちゃんと朝が来る夜。夜の間に、田中さんのもってきたレシピでバタークッキーを作り直す。小雪さんが、それで目を覚ますんだって。
 作るのは僕一人だ。昨日と同じ。でもわかる。今夜は一人ぼっちじゃない、誰かを思って過ごす、誰かのための夜だからだ。

ショートショートNo.209

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第三週「真っ赤な嘘つき帽子」7

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」