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ショートショート 泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー

 サンタクロースは、特殊な職業です。もう誰だったかもわからない1番の初めのサンタクロースから始まって、一代、二代…。長くその評判を落とさないように、新しくサンタクロースになる者は誓いを立てなくてはなりません。社訓みたいなものです。たとえば、

一つ、「サンタクロース」は個人に対する名称ではない。驕りと栄光を捨てよ。
一つ、子供たちに誠実であれ。責任と愛情を持て。
一つ、トナカイを飢えさせてはいけない。1日1回ブラッシングせよ。
一つ、おもちゃの小人は是非とも尊敬するべし。おやつの時間を邪魔するな。

といった感じ。何十にも及ぶ誓いがありました。

 というのも、その時々のサンタクロースは、この誓いを3回までなら、自分の好きにしてよいのです。

 これに従って、いろんなサンタクロースが誓いを直していましたから、随分余分なものも入っていました。けれど、増えれば増えるほど、みんなちゃんと誓いを全部読まなくなりました。最初の3つぐらいが最初からある本当の誓いだろう、という感じ。じゃないと引き継ぎが大変です。

 誰がたてたのか、こういうものもあります。

一つ、サンタクロースになるものは、自分の新しい住処となる「サンタクロースの家」に一切の自身の私物を持ち込んではならない。
一つ、サンタクロースの全ての持ち物は、おもちゃの小人たちが新しく作り直す。

 牛乳をよく飲むお客さんをもてなした後、2階で働く小人たちに挨拶すると、サンタクロースは3階の自分の部屋に戻りました。
 田舎の不動産屋さんみたいな丸いメガネを外して、机の上において、それから机の引き出しをあけました。中から小さなオルゴールが出てきました。時間をかけて、ようやくなおしたオルゴールです。
 しばらく眺めて、机の上に置きっぱなしになっている白い本の上に置きました。

 それから、さらにクッキーの入った透明の袋を一つ机の中から取り出しました。本の上において、またしばらく眺めていました。

「よし。」

 突然サンタクロースは言いました。クッキーの入った袋を開けます。中にはクッキーが3枚だけ入っていました。

「『泣き虫』」

 袋に向かってサンタクロースは言いました。

「『弱虫』」

 また続けて言いました。

 袋の中から2枚のジンジャーマンクッキーが顔を出しました。蜂蜜と生姜の入った小さなクッキーたちは、手のひらほどの大きさで、目と鼻は干し葡萄、口は甘く煮たオレンジの皮でできていました。片方は背が高くて、足元まであるローブをすらりと着ていました。もう片方はちょっと太っていて、自信ありげに両腕をお腹にあてていました。

「おはようございます。」背の高い方がいいました。
「おはよう、弱虫。」

「おはよう、サンタ。」背の低い方が言いました。
「おはよう。泣き虫。」

 サンタクロースは残ったひとつのクッキーを取り出しました。手のひらより少し大きいくらいのバタークッキーです。四角いクッキーの上の方が丸くなって、扉みたいに見えました。オルゴールにたてかけて、ジンジャーマンクッキーたちに言いました。

「ちょっと頼まれてくれないか。」

「いいよ。」泣き虫と呼ばれた方のジンジャーマンが言いました。

「泣き虫がいいなら、僕もいいよ。」弱虫と呼ばれた方のジンジャーマンが言いました。

「トロワをちょっと見てきてほしいんだ。もうすぐ、繁忙期だろう? それから、商店街の方も見てきて欲しい。その、みんなに変わりがないかどうかを。」

 ぴょいぴょい、とクッキーたちサンタクロースの手から飛び跳ねて、机の上にのります。

 泣き虫が、扉の形をしたクッキーを引っ張ると、それは本当に扉になりました。小さな、どこか違う場所につながる空洞。あまりのに温度が違うので、風が扉の中に向かって吹き込みます。

「じゃ、ちょっと行ってくるね。」

 扉の中に泣き虫が飛び込みました。弱虫がすぐに後についていきます。

「ついてくるなよ。」泣き虫がいいました。「ちょっとしたお使いなんだから。」
「だって。」弱虫が言います。「一人で、君が泣いてしまうといけないから、さ。」
「違うね。一人になるのが怖いんだ。」
「違うよ。君のためだ。」
「たまには、一人でいる練習をするべきだ。ずっと同じ袋できゅうくつだったんだから。僕がいないと何にもできないんだろ、弱虫。」
「そんなことないって。本当に君が……。」

 言い終わる前に泣き虫がクッキーの扉を乱暴にしめました。
 弱虫が困ったような顔でサンタクロースを見ました。

「まあ、そういう時もあるよ。」
 サンタクロースはいいました。
「用事を言い付けて、すまないね。待とうか。ココアでも飲もう。」
 弱虫のクッキーなぐさめると、自分の肩にのせてやりました。
 立ち上がり、電気を落とし、部屋から出ると、ゆっくりと扉をしめて1階に降りていきます。
 ココアを作る牛乳、残っているかな、とふと思いました。

ショートショート No.194

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
(全25話)第一週「サンタクロースと雪の怪物」4

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連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」