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ショートショート 洋菓子 トロワ

『臨時休業』

 白い紙に黒いペンでそう書かれただけの張り紙。小さな文字で、余白だらけでした。ちょっと斜めに傾いています。トロワの店先はひっそりとしています。入り口の張り紙で封印されたみたいでした。

「な。」自転車をひきながら、本屋さんが頭の上のジンジャーマンクッキーに言いました。「開いてないだろ。」
「どうしたのか、知らないの?」
ジンジャーマンクッキーが聞きました。
「電話しても出ないし、メールしても反応がない。見てこれ。」
 本屋さんがカバンから自分のスマートフォンを出しました。少しいじって、メールの履歴をジンジャーマンクッキーに見せます。『おーい』だとか『元気?』だとかいったメールが開かれないまま一方的にたまっていました。
「うわ…。」
ジンジャーマンクッキーが小さく声を出しました。
 その反応に気がつかないまま本屋さんがまたスマートフォンをいじります。ジンジャーマンクッキーに違う画面を見せました。
「こっちが、電話。」
本屋さんから安藤君あての不在着信が毎日のように繰り返された発信履歴でした。
「…捕まるぞ、本屋。」
「まだ自宅にはおしかけてないから大丈夫だよ。」
「『大丈夫』の基準は何なの。」
「今日はまだかけてなかったな。」
「え? やめろよ。なんか、やめてあげて。」

 本屋さんがジンジャーマンクッキーを無視してスマートフォンをいじると、近くで着信音がしました。
「え?」
 すぐそこの道路ではピザ屋の配達バイクが信号待ちをしていました。赤い服と帽子、白い髭。サンタクロースの扮装をしていて、顔はよくわかりません。着信に気がつき、ポケットから取り出してちらりと見て、またポケットに戻しました。ため息をついて、顔あげて、ふと本屋さんたちの方を見て、小さく体をのけぞらせました。

 「安藤君!!!。」
 本屋さんがスマートフォンをカバンに突っ込みました。信号が青に変わります。逃げるようにバイクが走り出しました。本屋さんが自転車にまたがります。ペダルに足をかけました。渾身の力をこめてこぎだ出します。バイクがどんどん離れて行きます。

 「ありがとうございました。」
 玄関先で頭を下げた安藤君が配達バイクに戻ると、乗ってきたバイクに本屋さんが座って待っていました。
 「…こわ。」安藤君が言いました。「何ですか田中さん。ていうかどうなってそうなったんですか。」
 本屋さんが得意げに自分のスマートフォンをちらつかせます。
 「ピザ屋さんに電話して配達先聞いたんだ。俺の人脈を舐めるなよ。」
 「人脈のなせる技じゃないでしょ、それ。」
 「そうだぞ。ストーカーだぞ。」
 頭の上でジンジャーマンクッキーが言いました。
 「うわ。頭のやつ何? え? 待ってそれ…。」
 「なんでピザの配達なんかやってんだ。」
 「頭のやつの説明はないの? 食いぶちに困るでしょ、無職だと。」
 「店は?」
 「何の店?」
 「読みたい本あるか?」
 「どういう飛躍?」

 本屋さんがカバンの中から伝票を取り出しました。安藤君につきつけます。
 「三太さんの伝票の、最後の1枚だ。お前にやるよ。」
 「…いらないよ。」
 「困ってることは?」
 「あんたがしつこいことだよ。」
 「そうだろうな!」ジンジャーマンクッキーが言いました。
 「何でもいい。」いらついた様子で本屋さんがボールペンを走らせます。「ほんとは、タイトルなんかである必要はないんだ。本である必要もない。なんか書けば、必ず届く。よくわかんないけど、あいつがくれた、魔法の伝票だ。」

 『安藤君の なにか 力になること』
 へたくそな字で書きつけました。

「EUREKA(ユリーカ)!!!!」
 北極のサンタクロースのおうちの2階で叫び声がしました。魔法の小人のテキスト係の目が赤く光りました。おもちゃ工場のブザーがなって注文表にオーダーが3つ追加されます。指示板がびかびか光ってカンバンが容赦無く差し込まれました。はーあーあーあー。あちこちで作業する小人の深いため息がもれました。
 テキスト係の小人が取り憑かれたように文字を打って行きます。笛が鳴りました。救護班が走ってきました。テキスト係の小人から湯気が出始めました。バケツを持った小人が走ってきてテキスト係の小人の頭に水をかけます。じゅうと音がしてあっという間に湯気に変わりました。その間もテキストの小人は文字を打ち続けます。突然立ち上がりました。
「Q.E.D(キュー・イー・ディー)!!!!!」
 叫ぶと、鼻血を吹いて後ろに倒れました。笛が鳴って、救護班が手慣れた様子で担架にのせて医務室に運んでいきました。

 本屋さんの事務室で、壁に貼ったままになったジンジャーマンクッキーのために書いたタイトルが赤く光りました。伝票が端から煙をあげて燃えていきます。燃え尽きて、消える代わりに、ごとん、と分厚い本が床に落ちました。

 サンタクロースの3階の部屋では、白い本が煙を上げました。表紙の裏に伝票が挟んであります。『俺の近況がわかるもの』やっぱり下手くそな字で書いてありました。煙が出て、すぐに消えました。

 本屋さんの手にもった伝票が赤く光ります。煙を出して燃え尽きて、薄いプラスチックケースになりました。安藤君に押しつけました。

 「俺の使える、最後の魔法だ。」

 受け取ろうとしない安藤君のサンタ服のふところに無理矢理ねじこみました。

 「俺は、もう、魔法なしでなんとかする。」

 安藤君のふところをポンとたたきます。 
 自転車にまたがりました。そしてそのまま走り去りました。

 本屋さんが走り去るのを呆然と見送って、安藤君は自分の懐に突っ込まれたケースを取り出しました。中に青い円盤と、薄いリーフレットが入っていました。

 「…ゲーム?」

 リーフレットにはおまけで小説がついていました。こんな話です。

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ショートショート No.201

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※このショートショートは
12月1日から25日までの25日間毎日投稿される連続したお話です。
連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」(全25話)
第二週「書房 あったらノベルズ」6

前の日のお話 | 目次 | 次の日のお話

連作ショートショート「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
1st week 「サンタクロースと雪の怪物」

「小さなオルゴール」
「雪の怪物」
「北極圏から徒歩5分」
「泣き虫と弱虫のジンジャーマンクッキー」
「どこかにある、なんでもある本屋」

2nd week「書房 あったらノベルズ」

「書房 あったらノベルズ」
「カフェ 空想喫茶」
「珈琲 小雪」
「宝写真館」
「趣味の店 緑のウール」
「洋菓子 トロワ」
「どこにでもいる、なんでもある本屋」

3rd week 「真っ赤な嘘つき帽子」

「阿蘭陀冬至 別れの始まり」
「勇者 あんどう」
「遊び人 たなか」
「戦士 こゆき」
「賢者 さんた」
「ねこの とうめい」
「誰かのための夜」

4th week 「サンタクロースと雪の怪物 (REPRISE)」

「雪の中のオルゴール」
「小雪の怪物」
「不思議なバタークッキー」
「サンタの家まで、あと5分」
「泣き虫ジンジャーマンの冒険」
「ひさしく まちにし」