田中康夫

選挙ノート:横浜市長選挙

選挙ノート:横浜市長選挙

選挙ジャパン代表おかたかしです。 これからの注目選挙をノートしておきます。(敬称略で失礼します。) 神奈川県・横浜市長選挙 投票日:2021年8月22日 告示日:2021年8月8日 前回投票率:37.2% 有権者数:約300万人  横浜市、人口375万人、日本最大の市で、市長を選ぶ選挙がはじまります。こんな大きな市で市長選挙に勝つとか並大抵のことではありません。 現職は林文子前回2017年は、現職の林文子市長に対して、元衆議院議員の長島一由、民主系の市議の伊藤

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2021年7月上旬の愚痴・・・

2021年7月上旬の愚痴・・・

ブログや呟きRTで私の心の中で愚痴った内容を一部抜粋してまとめてみました 🌸🌿🌈🤗♪───O(≧∇≦)O────♪😱☂️🍂🌼 日本株式会社の終焉・・・が始まった(ブログ、Twitter:RT 7/1) 運命だったのでしょうか・・・ 10年ほど、H製作所の某部に出向していました 5人の社長の時代を見る10年間でした 日本株式会社の終焉・・・が始まった 🌸🌿🌈🤗♪───O(≧∇≦)O────♪😱☂️🍂🌼 ♪───O(≧∇≦)O────♪(Twitter:RT 7/1)

『単騎の人』がやって来る

『単騎の人』がやって来る

本日は、2021/8/8に公示予定の横浜市長選挙への立候補を表明した、田中康夫氏についての私見のまとめです。2021/7/8に行った出馬表明会見の動画を観たり、ご自身の発信などを通して、私が感じている「この人、『単騎の人』なのかなあ……」という印象を記します。私は、田中氏とは面識が無いので、あくまで外から見ているイメージです。 面白くなってきたなあ不謹慎な言い方ですが、正直な気持ちです。2021/6/26にnote記事を書いて以降、立候補を表明する人が相次いでいます。健康面

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鬱陶しい梅雨時にS氏のしたり顔

鬱陶しい梅雨時にS氏のしたり顔

私たちの毎日はイヤなこと、面倒なこと、厄介なことの連続です。そんな過酷な状況においても、上手くモチベーションをコントロールできればすばらしいでしょう? これが今回のテーマです。。 私たちが生きる人生には、絶対的な3つの法則があります。 ①命あるものは死ぬ。形あるものは必ず壊れる。 ②人は一人で生まれ、一人で死んでいく。 ③人生は艱難辛苦の連続である。 これに加えて、今のニッポンを生きる私たちに不都合なことが更に3つ。 ①地球の終わりを予感させる異常気象の数々 ②常軌を逸し

〇田中康夫さん、横浜市長に立候補表明~今どき真っ当な記者会見

〇田中康夫さん、横浜市長に立候補表明~今どき真っ当な記者会見

〇田中康夫さん、横浜市長に立候補表明~今どき真っ当な記者会見 【Yasuo Tanaka Runs For Yokohama City Mayor】 本記事は有料設定ですが、最後まで無料で読めます。読後、お気に召せば「記事を購入する」、あるいは、「サポートをする」(金額は自由に設定可)なども可能です。いわゆる投げ銭形式です。クレジットカード払いか、携帯電話支払いがお選びいただけます。アカウントを作らなくても支払い可能。アカウントを作ると、次回以降手続きが簡略化できます。

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田中康夫氏の維新出馬は黒歴史発言に想うこと~東京維新の会にエール~

田中康夫氏の維新出馬は黒歴史発言に想うこと~東京維新の会にエール~

吹田市議会議員の松尾しょうたです。 次期横浜市長選挙に出馬表明をした田中康夫氏が、その出馬会見で極めて残念な発言をされました。 田中氏は16年の参院選に「おおさか維新の会」公認で東京選挙区から立候補している。「維新はカジノ賛成ではないのか」と問われると、「カジノに関する考えは変わっていないが、維新にかかわったのは私の黒歴史。私としては早めに解脱することができて良かった」と釈明した。(ニュース原稿まま) 田中氏はこの選挙、東京選挙区で落選しています。東京で維新で戦う大変さは

デートスポットの未来

デートスポットの未来

 皆様は七夕、どんなお願い事をされましたか? 私は自身の皆様が幸せになる事を短冊に込めました。自民党にはオリパラで存分楽しませて、国民は秋の衆院選で自分の区で誰を応援するのか、今一度見直して下さい。個人的には、諸派政党に注目してみるのをお勧めします🎋 ーーーーーーーーー  都議会選挙は勝者なき結果と報道はされてるものの、自公が過半数割れという事で与党は事実上の敗北という結果と言う風に私は見てます。 次は横浜市長選挙が行われます。当初、顔触れに日本の大掃除の要になる様な人物

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天使的:浅田彰論序説

天使的:浅田彰論序説

書評:『柄谷行人浅田彰全対話』(講談社文芸文庫) 「柄谷行人論」なら数多く書かれているだろうが、「浅田彰論」は、あまり見当たらないようだ。浅田彰ほどの華々しいデビューと活躍をしながら、どうして浅田の場合には、作家論があまり書かれないのだろうと、私はそう考えた。 思うに、浅田彰の才能は「巨大すぎる」のだ。巨大すぎて、多くの人の視野にその全貌が収まりきらないのではないか。その一部しか見えず、またその一部を、すべてと思い違えているのではないだろうか。 例えば、本書のあとがきにあ

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それでも都市はやめられない

それでも都市はやめられない

 僕は小説を読んでいるとき、ふと、都市的なものを感じるときがある。でも文芸評論家でもないので、「都市」と「都市的」の違いなんてよく分からない。ただ都市が都会とは違うような気はする。「電脳都市」とはいうが「電脳都会」とはいわないし、「地方都市」とはいうが「地方都会」とはいわない。更に「都市小説」とはいうが「都会小説」とはいわない。何だか都市が気にかかる。仕方ないからちょっと考えてみた。  僕がよく読む作家の中で、その作品が第一線で「都市小説」と位置付けられているのは、どうやら

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