還暦子⁺³

1959年生。昭和を30年、平成を30年生き還暦を迎えました。令和も30年生きるのかな? 子どもの頃や若い頃の思い出など、私自身が上の世代に聞きたかった何でもない日常のあれこれを綴っています。100回までは毎週土曜日更新しましたが、101回目からは毎月第一土曜日に新規更新します。

還暦子⁺³

1959年生。昭和を30年、平成を30年生き還暦を迎えました。令和も30年生きるのかな? 子どもの頃や若い頃の思い出など、私自身が上の世代に聞きたかった何でもない日常のあれこれを綴っています。100回までは毎週土曜日更新しましたが、101回目からは毎月第一土曜日に新規更新します。

    最近の記事

    • 固定された記事

    000.目次

    これまで毎週土曜日に投稿してきた記事の目次を作りました。タイトルの横に、主なエピソードの年代を入れました。記事の番号は各記事にリンクしています。尚、*印の記事は再録したものです。 174.* マンモス中学(’70) 173.* JJと『なんクリ』(’80) 172.* 終電が繰り上がる('80-90) 171. 青いエアメール(’80) 170.* フランス語学習(’80) 169.* 図書係バイト(’80) 168.* 忘れ得ぬ流行歌('60-70) 167.* 電車内

    スキ
    212
      • 174.マンモス中学

        私が昭和47年(1972年)に入学した地元の中学校は、一学年の生徒数が550人ほどで、12クラス作っても、ひとクラス45人では収まらないマンモス校でした。親戚の人や近所の人から「入学おめでとう。何組になったの?」と聞かれて「はい、1年12組です」と答えると、みんな一様に驚いていました。 その私が驚いたのは、同校の卒業生で、ちょうど私たちよりひとまわり上で昭和22年(1947年)生まれの美術の先生によると先生がこの中学に通っていた時は戦後のベビーブームで、もっとずっと子どもの

        スキ
        26
        • 173.JJと『なんクリ』

          女性誌「JJ」が、本年12月23日発行の2021年2月号をもって月刊誌としての発行を終了し不定期刊行になると、光文社はHPで発表しました。この事実上の休刊理由は、「ターゲットとなる20代を取り巻く環境、ライフスタイルが大きく様変わりした」からだそうです。 先週の首都圏の終電の繰上げニュースに引き続き、この発表もまたひとつの時代が終わったと、私には感慨深いものがありました。 1975年に創刊され、1978年に月刊化されたJJは、女子大生のバイブルと評されていましたが、197

          スキ
          30
          • 172.終電が繰り上がる

            来年、令和3年(2021年)の春より、首都圏のJRの終電がおよそ30分程繰り上げられるという報道がありました。昔の通勤風景のニュース映像を見ていたら、終電に伴う思い出が次から次へと湧き上がってきました。 私は、東京の西の郊外で育ち、三十代半ばで都心で一人暮らしをするまで実家で暮らしていました。高校までは地元の学校でしたが大学からは、小田急線を使って新宿経由、あるいは代々木上原から千代田線で都心へ通学・通勤をするようになりました。 終電と聞いて真っ先に思い出すのは、三十代半

            スキ
            34

            171.青いエアメール

            青いエアメイル (Youtubeはこちら) 作詞:松任谷由実 作曲:松任谷由実 青いエアメイルがポストに落ちたわ 雨がしみぬうちに急いでとりに行くわ 傘をほほでおさえ待ちきれずひらくと くせのある文字がせつなすぎて歩けない ときおり届いたこんなしらせさえ やがてはとだえてしまうのかしら けれどあなたがずっと好きだわ 時の流れに負けないの 冬は早く来る あなたの町の方が 最後に会ったときのコートを着ていますか 5年 いえ8年たってたずねたなら 声もかけれぬほど輝く人でいて

            スキ
            54

            170.フランス語学習

            本稿は、2020年10月17日に掲載した記事の再録です 私のフランス語の恩師は、兵役免除のために外国でフランス語を教えることを選んだフランス人の男性でした。 1983年当時、フランスには徴兵制度があり、若い男子全員は1年近い兵役を義務付けられていました。ただし外国でフランス語を教えるなど、いくつかの条件を満たせば兵役が免除されたため、私の恩師は合気道留学を兼ねて、日本でフランス語を教えていました。 第二次世界大戦以来続いていたフランスの徴兵制度は、二十年ほど前までに段階

            スキ
            55

            169.図書係バイト

            本稿は、2020年10月10日に掲載した記事の再録です 昭和55年(1980年)、大学二年生のある日、同じ学科の友人に誘われて企業内の図書係のアルバイトを始めることになりました。私は、前にも書いたように書店でのアルバイトもしていたし、コンピュータのオペレーターのアルバイトもしていたし、もっと他にもたくさんのアルバイトをしながら学費などを稼いでいました。 今回のアルバイトの時給は450円で、当時ファストフード店のアルバイトの時給が380円の頃としては、まあそこそこといったと

            スキ
            59

            168.忘れ得ぬ流行歌

            本稿は、2020年10月3日に掲載した記事の再録です 子ども向けの大ヒット曲というと、古くは「黒猫のタンゴ」(1969)から、「およげ!たいやきくん」(1975)、「山口さんちのツトム君」(1976)、「おどるポンポコリン」(1990)「だんご3兄弟」(1999)、それに「パプリカ」(2018)などが思い浮かびます。 けれども、実際に私自身が子どもだった頃の流行歌で、今も忘れることができない歌といえば、子ども向けどころか、どちらかと言えば子どもには聴かせたくない歌と言った

            スキ
            44

            167.電車内のお節介

            本稿は、2020年9月19日に掲載した記事の再録です 先日、電車内でドアのところに立っていた30歳位の女性のスカートの裾がほつれているのに気づきました。私は座席に座っていて、ちょっと距離があったので声をかけようかどうしようかと躊躇しているうちに駅に到着してしまい、その女性は降りていってしまいました。 ◇ ◇ ◇ 私は若い頃、よく親切なお節介おばさんに注意されていました。「お嬢さん、お嬢さん、スカートの裾がほつれていますよ」「ストッキングが伝線していますよ」に始まり、「ボ

            スキ
            46

            166.乳がんと選択

            2014年夏、私は乳がんで左乳房の全摘手術を受けました。8年前のことです。 私の乳がんは、浸潤性入管癌、直径5.1cm、範囲は12x9cmの広範囲に及んでおり、核異型度3、ER3+、PgR3+、Her2−、ルミナールA、Ki67は14.9%、リンパ節転移は21個中11個で、レベルⅡまでの腋窩リンパ節郭清、ステージ3c、再発リスクは8-9割と言われました。 私が選択した治療は、全摘手術、放射線、ホルモン剤で、抗がん剤はしませんでした。それでも8年経った今日も再発することなく

            スキ
            79

            165.明日天気になぁれ

            本稿は、2020年9月12日に掲載した記事の再録です 近頃では、数十年に一度といわれるような気象現象が年に何度も起きていますが、気象衛星の映像や降水確率がグラフが映し出されるのを見るたびに、私は自分の人生と共に、天気予報が格段の進化を遂げてきたのだと感じています。 子どもの頃、夕方になると私たちは大きく足を振り上げて、「あ〜した天気になぁれ」と掛け声をかけながら、履いている靴や下駄や草履やを前に放ったものでした。地面に落ちた時、履物が上を向いていたら晴れ、裏返しだと雨、横

            スキ
            42

            164.腰掛け就職

            1980年代初頭、私がまだ学生だった頃、いつものように友人の家に遊びに行ったら、短大を卒業して一足先に勤め始めていた友人は赤い腕章にアイロンをかけながら「明日は早起きしなくちゃならないのよ」とぼやいていました。 その赤い腕章には、「スト決行中」と白抜きの文字が印刷されていました。 その友人とは中学生からの仲良しで、私が初めて好きな人にチョコレートを渡すか渡さないかと悩む前から(026.47年前のバレンタインデー)、恋愛の悩み、進路の悩み、様々な悩みを共にしてきた友人でした

            スキ
            59

            163.会社の男女差別

            1982年4月、新卒で就職した会社の入社式の当日、人事部長から「女子社員の給与は短大卒並みとします」と言われたのが、社会に出て最初に受けた男女差別の洗礼でした。私たちは男女共新入社員全員、四年制大学の卒業生でした。 前年の秋に内定が出て顔合わせがあった時、ある男子内定者と女子内定者が互いに互いを指差しながら、「え〜、なんでここにいるの〜」と驚き合っていましたが、このふたりは同じ大学の同じ学部でした。共通の友人も何人もいるようでした。 入社式のあと、彼女は「なんで〇〇くんと

            スキ
            73

            162.デザイナー

            この夏、ファッションデザイナーの三宅一生、森英恵が相次いで亡くなりました。2年前には高田賢三、山本寛斎も亡くなり、私の中では一つの「憧れの舞台の幕」が降りたような気持ちになりました。 ◇ ◇ ◇ 私がファッションについて語るなんて、周りの友人・知人が知ったら笑止千万と呆れることと思います。オートクチュールと呼ばれる一点物の仕立て服に縁がないのはもちろんのこと、プレタポルテと呼ばれる高級既成服でさえ袖を通すこともなく、還暦過ぎの今日まで生きてきました。 私はファッションセ

            スキ
            66

            161.銀行とカード

            本稿は、2020年8月22日に掲載した記事の再録です 私は今でも新卒で就職した当時の上司の結婚記念日を覚えています。なぜなら、結婚記念日の日にちの四桁(例えば8月22日ならば、0822)は、上司の銀行キャッシュカードの暗証番号だったのです。 なぜ私が上司の暗証番号を知っていたかというと、当時、銀行にお金をおろしにいく時には、同じ課の人たちに「これから銀行に行きますけど、一緒にお金をおろしてきて欲しい人いますか?」と声を掛けるのが当たり前のような雰囲気がありました。 する

            スキ
            59

            160.オフコンバイト

            本稿は、2020年8月1日に掲載した記事の再録です 大学生二年生になったばかりのGWに、大阪の祖母が転んで入院してしまいました。知らせを受けた母はすぐにでも飛んで行こうとしましたが、どうしても外せない用事があり、とりあえず私が先発隊として大阪に駆けつけることになりました。 そういういきさつで一人で新幹線に乗ったわけですが、富士山側の二人がけのシートでたまたま隣り合わせた女性と、何かのきっかけで雑談を始めたら話が弾み、その内に、彼女がアルバイトを紹介してくれることになりまし

            スキ
            48