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それぞれの生と死

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周囲のさまざまな生きざま、死にざまについて書きます。
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#思い出

父の心のあり方に感謝!私の心が救われた話

父の心のあり方に感謝!私の心が救われた話

1. 一人暮らしが心配になった実家の父もう25年も前の話になります。
母の死後、父(当時64歳)は糖尿病が悪化し合併症で腎臓や目を悪くしました。

一人暮らしが心配になってきた実家の父をどうするか…?

私には弟と妹がいます。全員が実家から遠く離れた別々の土地で家庭を築いています。
話し合いの時、まず弟嫁がこう言いました。

「○○さん(弟の名前)のお父さんであって、私はお父さんとは思っていません

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亡くなる前の接し方に答えはない?末期癌と知らずに逝った母

母が50代で亡くなってから、今年で丸25年私自身が母の年齢に近づいてきました。
会えるものなら幽霊の姿でもいいから会いたいです。そして、心からお礼が言いたい!

お嬢様育ちで、のんびりした性格の母だったそうです。
お見合いの席で父が一目惚れだったとか……
(「笑顔がかわいかった」と父が言っていました)そして結婚しました。

結婚後、母の生活が一変!
私の祖父が社長で、父の姉夫婦と一緒に商売をする家

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ゴミ屋敷整理で救われた命!

ゴミ屋敷整理で救われた命!

一昨年に亡くなった一人暮らしの親戚、B子さん(姑の弟の嫁)が住んでいた家。
玄関前の庭は、雑草が生い茂りすぎて「森」になっていました。

夏にシルバーセンターに頼んで草刈りをしてもらったのに……
鎌で草や木の枝を切りながらやっと玄関までたどり着きました。

1階リビングは、とてもきれいにしています。
毎週5、6人のお友達が来られて、趣味の手芸を楽しんでいたからです。

ところが……

2階はゴミ屋

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結婚4回!孫娘に打ち明けた昔話

結婚4回!孫娘に打ち明けた昔話

私の両親は共働きでした。
幼稚園児の頃から家で待ってくれているのは、同居していた父方の祖父でした。(私が通っていた幼稚園はお迎え不要で、集団で帰宅していました)

祖父は毎日玄関まで出てきてくれました。

「お~帰ってきたか。美味しい菓子があるよ。」

祖父の部屋に入ると、煎茶と和菓子を用意してくれていました。
当時私は、ほぼ毎日和菓子を食べていました。
今でもケーキよりも「あんこ」派です。

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