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江部航平
2024年5月6日 20:19
ひとに化けるへび。つづらおばけと同居している。【ひとまねへびのお話はこちら】【つづらおばけに関する記事はこちら】
2024年5月26日 19:21
あなたは頭痛を訴えて仕事を休んだ。ひとまずの鎮痛薬で和らぐはずの痛みも引かず、あなたは寝台の上で熱を上げていた。念のため病院に行ったら? と提案してみたけれど、病院はいやだ、医者は嫌いだ、と子どもみたいなことをわめいて聞かない。シーツに皺が寄って、ずれた掛け布団が寝台からずれ落ちている。そんなこと言ってたら治るものも治らないわよ、変な病気だったらどうするの? と言ったらあなたは「もう寝る」とうず
2024年5月26日 13:36
実家では臆面もなく放屁できて、それでひと笑い起こせたり、近所の田んぼの中にある墓石がぽつんと建っている景色とか、その周辺の田んぼに波打つ泥の轍とか、雨風に晒されたせいで褪せた〈川で遊ぶと危ないよ〉の看板とか、七年前から変わらない風情に現在の自分の抱えたしがらみや鬱屈を二重写しにして眺めてみた。その映像は今でも変わらない風景の中に溶け込めず、圧迫するような形のない焦りがちくちくと内臓をつつき回す。
2024年5月5日 10:22
酩酊を崩す音に意識が連れ戻される。はやし立てられるように、まどろみの意識は携帯のアラームに揺れた。部屋に差し込む光の色は、0.2グラムの青を含んだ透明な空気に満たされていて、その光の源を目で追おうとして半開きになったカーテンに目がいく。寝起きの頭で寝返りを打った。 背中の重さに押しつぶされるように、一対の羽がシーツと背中に挟まれて存在感を示す。他のこびとはこんなこと気にしないでも良いんだろうな
2024年2月18日 21:04
ミスター・スーツサットのヘルメットの中身は誰も知らない。中にあるのは隕石かもしれないし、宇宙の神秘的物質かもしれないし、あたまかもしれない。……
2023年11月19日 18:11
いつまで続くだろう? 生活の浅ましさに眩暈がした。スカートのファスナーが壊れてもむりして穿きつづけたり、朝食は六四円の納豆パックとバナナだし、抜け出せない貧乏のつましさを思い知っては自分の小ささが情けない。季節は冬に差し掛かろうとしているのに、帰りの電車窓から眺める景色も、人の表情も変わらずくすんでいる。そのうちの一人に私も含まれていた。『あの子、ほんとはひとまねへびなんだよ』 ひやりとし
2023年10月1日 16:00
金の角を持った鹿が木々の影に消えた。木こりは木漏れ日の当たってきらきらする角の輝きに目を奪われ、木々の影を覗いた。木こりはすぐ、あの角を手に入れたいと思った。けれど、覗いた先に鹿の姿はなく、若い娘がひとり、湖のふちに横たわっていた。やすらかに眠っているらしかった。寝息は優しく、まだ心もとない胸が呼吸のたびにゆっくりと上下していた。「お嬢さん、お嬢さん」木こりは声をかけた。池の娘をほんとうにかわ
2023年10月1日 15:52
「ねえ果子。今度駅前にカフェができるらしいんだ。一緒に行こうよ」「嫌。どこにも行くたくない」 ソファに沈む彼女の声は薄く、どこか浮ついた調子だった。ソファから垂れた彼女の腕は白く、二の腕から肘先ときて手指に至る線がなめらかだ。その中を静脈の青が枝を分けていて、彼女はもう人間とは別の、透き通った神聖な生き物のようにも見える。 同居を始めてから彼女は部屋から出なくなった。外に出ようと誘っても、日
2023年10月1日 15:49
俳優の星野円が自殺した夜、わたしは元彼の部屋でセックスをしていた。外は雨の降るせいで冷えきっていたのに対し、暗く消した部屋の中には熱が篭っていた。 ほくろの多さも、背中にできたぽちっとしたにきびも、太ももにできたみかんのように丸い火傷の痕も、臆面もなく見せることができた。互いにわらい、繋がり合うことができた。 愛することは醜さを許すことだ。においも、癖も、性格も、全て受容することだ。ただその
2023年10月1日 15:31
茸沢果子がしんだ。先週に起きた誘拐事件の被害者だった。 彼女とは長い付き合いだった。物静かで髪の短い、一月の雪みたいに肌の白い子だった。好きなものは花と恐竜と靴で、嫌いなものは血の出る映画とトマト、そんな子だった。僕らは六年もの間付き合っていたけれど、結局は退屈な恋愛の果てに別れたのだ。十月のはじめ、切り出した別れ話に彼女は鼻をすすってうなずくだけで、言い終わりに顔を覗いたら、彼女は顔をそむけ
2023年10月1日 15:24
同級生が捕まった。画面越し、唐突な再会だった。まっさきに浮き出た感情は懐かしさで、その感情に引かれるように、警察車両に乗せられる彼の茶色くなった頭を見ていた。帰宅途中の女子大生を誘拐したのち殺害したらしい。いまいちぴんとこなかった。彼が? まさか。
2023年9月16日 17:25
夜半の中途覚醒だった。夜のぬるさに肉体の輪郭が溶け出していた。自然と意識が目覚め、僕の意識は闇の天井を見つめ出した。 窓の外からはぱたぱたと雨音が聞こえていて、まどろみの浮くような感覚は特別な高揚感をともなう。時間の支配のない、この全く希少な感覚を損なわないように、僕は暗い部屋の中から玄関へ向かった。 外の雨は柔らかい霧のようにひやりとした。身一つで見やる外の景色は平面的で、部屋のアパートも