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#翻訳小説

“The Swimmer” John Cheever

“The Swimmer” John Cheever

カーヴァー、ブローティガン、アップダイク•・・。少し昔のアメリカの小説家が、全般的に好きである。
今回はそんな私のお気に入りのアメリカ人作家達の一人、ジョン・チーヴァーの、素晴らしい短編小説を一つ紹介したい。
『泳ぐ人』という題名で翻訳もあり、映画化もされている作品だ。

*****

真夏のある日曜日。昼過ぎの高級住宅街。
ネッドは友人宅のプールサイドでくつろいでいる。
もう若くはないもののまだ

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『希望のかたわれ』 メヒティルト・ボルマン

『希望のかたわれ』 メヒティルト・ボルマン

オランダ国境に近いドイツの村。
農夫のレスマンが朝の作業をしていると、道を歩いてくる一人の少女の姿が目に入る。零下10度の寒空というのに、肩がむき出しの薄いドレス一枚だ。
何者かに追われているらしい少女をレスマンは家に助け入れる。

場面は変わり、ウクライナへ。
ここは、チェルノブイリ原発事故により汚染された立入禁止区域。
誰も住まないその土地に打ち捨てられた一軒の家に、ヴァレンティナという女性が

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『フリーダム』 ジョナサン・フランゼン

『フリーダム』 ジョナサン・フランゼン

かなり分厚い本だが、すいすい読める。
すいすい泳ぐように進む文章と共に、魅力的なストーリーのなせる技である。

時間を忘れて没頭してもう満腹なのに、まだこんなにたっぷりページが残っていて、これ以上何が出てくるの?と思いながらページをめくるとこれがまたまた面白く、またもや夢中で読み進んでしまう。
そんな、読書家は狂喜必至の、長大なコース料理のような一冊だ。

*****

主人公はパティとウォルター

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『穴の町』 ショーン・プレスコット

『穴の町』 ショーン・プレスコット

乾いて埃っぽく寂寥とした風のような小説だ。どこかの荒野から吹いてきて、どこかへ吹き去っていく。

オーストラリア中西部の、歴史も特徴もない町に、どこからかやって来た主人公。彼は、スーパーマーケットのウールワースで働きながら、「消えゆく町々」についての本を書いている。

主人公が住み着いたその町は、ショッピングプラザと、マクドナルドやピザハットといったチェーン店がメインの、どこにでもありそうな特徴の

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『消失の惑星』 ジュリア・フィリップス

『消失の惑星』 ジュリア・フィリップス

少女の誘拐という不穏な出来事を通奏低音にして、様々な女性達の心の叫びが、息苦しいような旋律を奏でる。
その楽曲のテーマは、人生の喜び、悲しみ、そしてままならなさ。

この小説を大きく特徴づけているのは、その舞台がカムチャツカ半島であるということだろう。
カムチャツカ半島。土地名としては、日本人には耳馴染みのある響きだと思うが、そこがどんな場所であり、どんな人々が暮らしているのか、きちんと知っている

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『設計者』 キム・オンス

『設計者』 キム・オンス

何と壮絶で、哀しく、かっこいい男だろう。

レセン(来世)という名を持つ主人公は、韓国の裏社会に生きる暗殺者。本書は、この暗殺者レセンを主人公にした連作短編集である。
飄々としてユーモラス、そしてハードボイルド。
ぐいぐいと読む者を引き込み、読後には熱い余韻を残す。

暗殺者、そして国家や企業から秘密裏の暗殺を請負う設計者。登場するのはいずれも計り知れない闇を抱えて孤独に生きる、裏社会の住人である

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『そんな日の雨傘に』 ヴィルヘルム・ゲナツィーノ

『そんな日の雨傘に』 ヴィルヘルム・ゲナツィーノ

「自分は、自分の心の許可なくここにいる」という気分を抱えて生きている男の物語である本書のカギは、「存在許可のない人生」、「無許可人生」という人生観だ。

初めから終わりまで、なにやら面倒な感じの中年男が町を歩きながらつらつらと心中で呟く独白が繰り広げられる。
町や河畔をひたすら歩き、時々アパートに戻り、またはカフェで食事をし。知人の姿を見つけると対面せずに済むようにこそこそ避けたりもする。
そうし

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『舞踏会へ向かう三人の農夫』 リチャード・パワーズ

『舞踏会へ向かう三人の農夫』 リチャード・パワーズ

ぬかるんだ田舎道に佇む三人の男。
二人は明らかに若く、一人は年齢不詳。
揃いのスーツと帽子姿の三人は、めかし込んでどこかへ向かう途中のようだ。

表紙の写真は、写真家アウグスト・ザンダーによるもの。
本書は、この一枚の写真を巡って想像力を羽ばたかせた、歴史の流れの物語である。

3つの物語が並行して交互に語られながら進行する。「めぐりあう時間たち」の構造だ。
簡単にキャプションをつけるならば、

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『めぐり逢う朝』 パスカル・キニャール

『めぐり逢う朝』 パスカル・キニャール

時は17世紀、ルイ14世統治のフランス。
ヴィオール(ヴィオラ・ダ・ガンバ)の名手サント・コロンブ氏は、妻を亡くして以来、娘2人と共に川のほとりの屋敷で、世間から隔絶して暮らしていた。
宮廷からの招待にも応じず、裏庭に建てた小屋にひとり籠ってはヴィオールを弾く毎日。
彼が心を傾けるのは、ヴィオールと、亡き妻の亡霊だけだった。

そんなサント・コロンブ氏の元にある日突然、17歳の青年マラン・マレが訪

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『砂漠が街に入りこんだ日』 グカ・ハン

『砂漠が街に入りこんだ日』 グカ・ハン

日本、韓国、中国。
今、アジアの若い女性作家が面白い。

フランスに移住した韓国人作家による、フランス語で書かれたデビュー作である本書は、8編が収められた短編集だ。

いつからか砂漠が入りこんだという街を訪れ、孤独にさまよう女性。
移住先での先の見えない生活の中、SNSを見て過去に交流のあった友人の死を知り、彼女と共に過ごした思い出の断片に心を巡らす女性。
平凡で単調な生活の中で、橋の向こう側への

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『ありふれた祈り』 ウィリアム・ケント・クルーガー

『ありふれた祈り』 ウィリアム・ケント・クルーガー

一年で一番好きな日はハロウィーン、二番めはクリスマス、そして三番目は、花火が見られる7月4日(独立記念日)。
しかしこの年の7月4日は、少年フランクの人生を決定的に変えることになる。

13歳の少年フランク。思慮深い牧師の父。芸術肌の母。音楽の才能に恵まれた姉。吃音を持つ弟。
アメリカ中西部の田舎町の、ありふれた家族。

歳上のワルとの喧嘩に、幼い性の目覚め。
フランクの瑞々しい夏の経験が、いかに

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『ささやかだけれど、役に立つこと』 レイモンド・カーヴァー

『ささやかだけれど、役に立つこと』 レイモンド・カーヴァー

カーヴァーの作品は端正だ。
真昼の陽光が全ての像をくっきりと照らし出すように、彼の乾いた筆致は、名もなき人々の人生のそこはかとないおかしみや哀しみ、また悪夢をも描き出す。
その端正さゆえに、それが悪夢である時、彼の作品は衝撃的に残酷なものになる。
突然運命に牙をむかれ、なすすべもなく打ち砕かれる主人公たちは、同じくなすすべもなくそれを目撃するしかない読者の心に、衝撃的に焼き付くのである。

それぞ

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『エルサレム』 ゴンサロ・M・タヴァレス

『エルサレム』 ゴンサロ・M・タヴァレス

窓から飛び降りようとする男。
余命わずかの女。
性欲に翻弄される男。

好きな向きにはたまらない出だしだ。

32章からなるこの小説の各章には一人あるいは数人の名前が記され、各章ごとに名前を記された人物の物語が進行する。
そして、章ごとのシーンと心理描写を追ううちに少しずつ、彼らの人物像とそれぞれのつながりが形成されていく。
はじめはバラバラと思われたそれぞれの物語は、糸が絡まるように繋がりはじめ

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リスボンへの夜行列車

リスボンへの夜行列車

『リスボンへの夜行列車』 パスカル・メルシエ

素晴らしい頭脳の持ち主だが、地味で面白みのないギムナジウム教師グレゴリウスが、ある日偶然出会った女性をきっかけに、突然、仕事を投げ出して出奔する。

大まかな筋だけ書くとまるでミステリーかファムファタルものか、エキセントリックなロードノベルのようだが、本書を一言で言うなら、哲学書である。それも、とびきり素晴らしい哲学書である。

たしかに、ミステリー

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