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『砂漠が街に入りこんだ日』 グカ・ハン

日本、韓国、中国。
今、アジアの若い女性作家が面白い。

フランスに移住した韓国人作家による、フランス語で書かれたデビュー作である本書は、8編が収められた短編集だ。

いつからか砂漠が入りこんだという街を訪れ、孤独にさまよう女性。
移住先での先の見えない生活の中、SNSを見て過去に交流のあった友人の死を知り、彼女と共に過ごした思い出の断片に心を巡らす女性。
平凡で単調な生活の中で、橋の向こう側への「家出」を計画する少女。

どの物語でも、登場人物は、孤独と、静かに澱む焦燥を抱えている。
どこと特定されない土地で生きる彼ら彼女らは、どことなく似通い、8編の物語の主人公たちは、ただ一人の人物を8分割した側面のようだとも感じられる。
共通しているのは閉塞感と現状への不満、そこから抜け出したいという気持ちと、その反面の熱量の不足、そして過去へのノスタルジー。
自分のことが自分でも理解しきれていない感覚が、そのままに描き出されている。
まるで孤独な女性が眠れぬ夜に布団の中で、想像上の友達にささやき聞かせているような、静かな物語たちである。

無駄のない文章が美しく、現実と幻想が溶け合うような情景描写が独特だ。街や学校が舞台になっているが、そのどれもが、不思議にエキゾチックな色合いを持っている。
そのエキゾチックさゆえに、主人公たちの孤独や閉塞感から個人的で現世的な質感が抜き取られ、どこか形而上的な、普遍的な心の彷徨の物語がそこにはある。

「私に限っては、慣れ親しんだ母国語は執筆するのに十分な条件ではなく、むしろ障害である。ある意味、この韓国語という言語のせいで、私の想像力は阻害され、息が詰まってしまう。外国語で執筆することでようやく、私は物語を個人的な体験から切り離して構築することができる。」

作者はあとがきでこう書いているが、その試みはすばらしく上首尾に成功していると言えるだろう。

個人的に一番気に入ったのは、「真夏日」と題された作品。他の作品に比べると、オチのある、小説として読みやすい形に仕上がっている。
舞台はどこかの女子校。
無口で目立たない女生徒である主人公が、ある特別な女生徒について語る。
その女生徒は将来有望なテニス選手であり、颯爽とボーイッシュで孤高の彼女は学校中の女生徒の憧れの的だった。
だがある時、彼女がひとりの女生徒と特別な関係にあることが知れ渡り、それまでの憧れ焦がれは、一気に嘲笑へと変わり。。。
主人公の静かで強い心が清々しい結末だ。

8編全てそれぞれに味わい深い。
現実にはないどこかの世界のどこかの国の、誰かの日記帳を読むような、繊細な余韻のある1冊である。