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原稿用紙二枚分の感覚

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「原稿用紙二枚分の感覚」の応募作や関連する記事をまとめています。
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2020年4月の記事一覧

次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

くすんだ緑色のフェンスの前に、千代紙の花で飾り付けられた看板が立っている。「卒業おめでとう」と手書きされた文字は、少し歪んで右に逸れていた。

後輩が書いたんだよ、と遥香が話す。そうなんだ、と返事をして、僕は着古した学ランの横で左手をぶらぶらさせていた。

学校裏の細道に並ぶ桜の木は、まだ満開になりきらないのに、はらりはらりと花弁を手離していた。くすんだカルピス色の空に、渦を巻いた風が薄紅

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僕らは歩いていく #原稿用紙二枚分の感覚

僕らは歩いていく #原稿用紙二枚分の感覚

ザジャリザジャリと僕らは歩く。

淡紅色の砂浜に、2つの影が、長ぁく伸びる。

ザジャリザジャリと影を追い、僕らはゆっくり身を寄せる。

2つの影が1つになって、離れるときには手で繋がっていた。

会話の無いまま、僕らは歩く。

ザザァザザァと打ち寄せる波。

右掌を握り直し、指を君の左手に絡ませた。君の肌の柔らかさと、薬指にはめられた指輪のツルツルした硬さを感じる。

半歩先を行く君がそれを握り

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約束事

約束事

 雨叩く夜の密林。深い深い海の底のような闇に紛れ、湿気を掻き分け、兵士たちは退却を続けている。
 負傷者のうめき声と、血の臭い。
 全員の荒い呼吸と、汗の臭い。
 追駆者たちの散発的な銃声と、硝煙の臭い。
 雨では消えぬ、戦場の音。
 雨では流せぬ、戦場の臭い。
 兵士たちの足並みはすっかり乱れ、随分と数も減っていた。下手に反撃する者は、横殴りの雨のように返ってくる敵の弾に蜂の巣にされた。まだ動け

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そのあぎとが見えるか

そのあぎとが見えるか

 はじめに骨組みが歪んだ。

 赤いさび止め塗料がぼろぼろと剥がれ落ち、クレーンの骨組みが歪んでいく。曇り空がまた一段、薄暗さを増した気がした。僕も、周りの連中も、強風に煽られて立っていることができず床に這いつくばる。

 錆び付いたドアを開くような音が鼓膜に殴り掛かってきた。クレーンの金属があげるその悲鳴が辺りを打ち据え、誰もが耳をふさぐ。

 クレーンは泣き、暴れ、歪められていく。いつだかテレ

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どないもならへん

どないもならへん

天気予報では今日の降水確率は50%だといっていたのにすっかり忘れて家を出た。エイジと待ち合わせている鶴橋駅のセブンイレブンで黒い折畳み傘を税込1,100円で買った。「PayPayで」ミカはスマホを店員に向けてから「やっぱし現金で」と言い直した。財布に2枚あった一万円札のうち1枚を出す。

「ただいま五千円札を切らしておりまして」 返ってきたのは千円札が8枚と五百円玉1枚、百円玉4枚。ミカの小さな三

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山伏神幸小噺

山伏神幸小噺

ある山間に小さく貧しい村があった。その村に生まれた子供は皆、八歳を迎えたある時に、神隠しに遭って消えてしまうものだから、働き手の若者たちは祟りを畏れて村を捨て、村に残った者は年寄りばかりであったという。

ある時、村辻にしゃらん、しゃらんと不思議な音が聞こえた。畑の村人たちが頭を上げると、笠を目深に被った白服が一人、鐸という奇妙な形の鈴がついた杖を打ち鳴らして歩いておった。あれは山伏じゃ、と誰かが

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【掌編小説】カレーの日

 病院の窓。外。ショッピングセンターの駐車場。数少ない車。ぴかぴか輝く、屋根や鼻っ面。
 独り者のドアが開いた。運ばれてきた食器には、いつも通りに蓋がされている。お皿の数は少ないのに、何だかいつもより豪華に見えるワンプレート。

 「お食事ですよ。今日はアレですよ」
 「えへへ」

 看護師さんが含み笑いで退室する。蓋を開ける。食欲をそそる、あの匂い。有名店のとっておきのスパイスが入っている訳でも

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観覧車が見える。#原稿用紙二枚分の感覚

観覧車が見える。#原稿用紙二枚分の感覚

夏のある晴れた日、私たちは、丘の上の観覧車に乗った。木立の中から、空中自転車がこちらに向かってくる。ジェットコースターがゆっくりと昇っていく。木々に覆われた遊園地が、地図のように見えた。

「まぶしいね。」

と、娘が言う。

「まぶしいね。」

と、妻が返す。

私は、太陽と反対側の窓に目を向けた。

そこには、昭和の時代に建てれられた白い4階建てのアパートが、何列も規則正しく並んでいて、夏の日

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それは幽かな

 初夏の午後、青年はひとりお墓の前にいました。

 菊の花を添え、水を掛け、眼をつむり、手を合わせていました。青年は携えていた鞄から一冊の本を取り出しました。本の表紙には青年の名前が書かれていました。

「完成したら、読ませてね」
 冒頭の一ページを破り、鞄に戻しました。青年はその本を墓前に置き、墓石へと向けていた靴先の方角を墓地のそばにある小学校へと変え、そして一歩、踏み出しました。

 小学校

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人々の祈りを、力に変えて

人々の祈りを、力に変えて

 侍女に先導され、「神事」の場に姿を表した少女を待ち受けていたのは、千を降らぬ人々の熱狂であった。剣の乙女、救い主、銀髪の君、戦巫女。数多なる二つ名の連呼は怒涛となって、立ちすくむ少女を包み込む。
 少女は、大剣を抱え込む両手にほんの少し力を込め、再び歩みだす。人々の海を割り、広場の中央へ。そこに穿たれた星型の孔の前に立つ。
 大衆の熱狂と怒号に背を押されるように、大剣を振りかざす。あとは、これを

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殺景。ふたり。

殺景。ふたり。

 クルス・ヤンが現場である廃倉庫に到着したのは、丁度、標的である資産家ロバート・ユナーの頭部上半分がぞるりと滑り落ちているところだった。
 その向うには、脇差を手にした薄紅色の和服を着た美女が。

「俺の標的のはずだが」
「さあ。ダブルブッキングかしら」
 美女は、薄っすらと笑う。標的の血飛沫が、クルスの安全靴のつま先に、染みを作った。
 クルスが無音無造作で拳銃を跳ね上げる。すでに美女は目の前で

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「原稿用紙二枚分の感覚」を開催します

〜はじめに〜 この募集は締め切りました。

 こんにちは。伊藤緑です。

 これまで、noteでいくつかの私設賞、私設コンテスト、企画などに参加してきましたが(嶋津亮太さんの『教養のエチュード賞』、ムラサキさんの『眠れぬ夜の奇妙なアンソロジー』、城戸圭一郎さんの『1200文字のスペースオペラ賞』などなど)、自分でも一度やってみたいなぁと思ったので、今回「原稿用紙二枚分の感覚」という賞(行事)を開催

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