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次に別れるときは「またな」って言うよ #原稿用紙二枚分の感覚

くすんだ緑色のフェンスの前に、千代紙の花で飾り付けられた看板が立っている。「卒業おめでとう」と手書きされた文字は、少し歪んで右に逸れていた。

後輩が書いたんだよ、と遥香が話す。そうなんだ、と返事をして、僕は着古した学ランの横で左手をぶらぶらさせていた。

学校裏の細道に並ぶ桜の木は、まだ満開になりきらないのに、はらりはらりと花弁を手離していた。くすんだカルピス色の空に、渦を巻いた風が薄紅色を連れていく。

遥香の歩幅に合わせて歩きながら、流行の音楽のような言葉の波に相槌を打つ。彼女が右手に持った卒業証書の筒に紺色のスカートがはためくのを、僕は唇を薄く開いたまま眺めていた。

桜の花びらを空中でキャッチできたら、願い事が一つ叶うんだよ。遥香が振り返って言う。

ちゃんと聞いてるの、うん聞いてるよ。僕は両手のひらをいっぱいに広げてみるが、花びらは指の間をすり抜けて次々に落ちていく。

飛行機の時間なの、と遥香が言うから、僕はできるだけ目を合わせないようにした。

足元の砂利は細かく、風が吹き抜けるとほこりが舞って視界が霞がかる。

じゃあね、という言葉に、じゃあなと返す。冷たい春風でかじかんだ左手を、制服のポケットに突っ込んだ。柔らかいものが手の甲にあたる。

つまんで取り出してみると、くしゃくしゃに萎れた桜の花びら。視線を上げると遥香が大きく右手を振っていた。

僕は花びらごと握り締めた左手をポケットしまい、上を向いて並木道を戻った。



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こちらのnoteは#原稿用紙二枚分の感覚 の企画に参加しています✳︎

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