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DXとマーケティングその33:DXでのデジタル化面の強化とマーケティング戦略の役割

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングとの関係を考えてくシリーズの33回目です。

今回も、DX関連書籍の一つである『DXナビゲーター』をもとに、マーケティングとの関係を分析していきます。

今回も前回から引き続き、『DXナビゲーター』で述べられている3つの戦略の1つ目を詳しく見ていき、その中にマーケティング戦略の役割が言及されているかどうかを見ていきます。

3つの戦略とは、以下の3つのことです。
1.既存の中核事業のプロセスをデジタル化する戦略
2.新規のデジタル事業を立ち上げるための戦略
3.この2つの戦略を連携させる包括的なデジタル戦略

今回の記事では、1つ目を扱う記事の後半です。

また、マーケティング戦略とは、市場細分化(セグメンテーション)、ターゲティング、差別化、ポジショニングの4つを決めることです。

つまり、既存の中核事業のプロセスをデジタル化する戦略において、マーケティング戦略の役割は言及されているのかどうかを見ていきます。

これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。
第12回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのプランニングプロセスの関係性を見ました。

DXと経営篇
第14回はこちら。DXと経営との関係付けの準備を行いました。
第15回はこちら。DXと事業の定義がどのように関係するのかをみました。
第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。

デザインドフォー・デジタル篇
第13回はこちら。『デザインドフォー・デジタル』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第21回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングの関係を指摘しました。
第22回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでの新製品開発との関係を整理しました。
第23回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのカスタマーインサイトとの関係を整理しました。
第24回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのカスタマーインサイトチームとの関係を整理しました。
第25回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムとの関係を整理しました。
第26回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムでの情報ニーズの評価との関係を整理しました。
第27回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムでの社内データと社外データとの関係を整理しました。
第28回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングにおけるマーケティング情報システムでのマーケティング・リサーチとの関係を整理しました。
第29回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングにおけるマーケティング情報システムでの情報の分析と利用との関係を整理しました。

DXナビゲーター篇
第30回はこちら。『DXナビゲーター』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第31回はこちら。DX戦略とマーケティング戦略との関係をみました。
第32回はこちら。DXでのデジタル化戦略とマーケティング戦略との関係を見ました。

おさらい:DXナビゲーターにおけるDX

『DXナビゲーター』でのDXとは、以下の2つを同時に並行して行うことであるとされます。
1.既存の中核事業のデジタル化
2.新たなデジタル事業の創出(立ち上げ)

これまでの記事で見たように次の図で整理しました。

同時に行う理由は、同書によると、それが成功法則であり、互いの事業をうまく連携させることで相乗効果が生まれるためだと述べられています。

関連する概念として、『DXナビゲーター』では、これら2つで取り組む事業をそれぞれ、S1曲線とS2曲線として次の図で示されています(p.21より)。

『DXナビゲーター』では、S1曲線の事業を維持しながら、S2曲線の新たな事業を立ち上げること、さらには2つの曲線の相互作用を管理する方法が解説されています。

そして『DXナビゲーター』では、このDXの取り組みを説明する枠組みとして、Why、What、How、Whereという4つの視点での整理を行っています。
・Why:なぜ行動するのか?
・What:何をするのか?
・How:どのように実現するのか?
・Where:どこで結果を見るか?

これまでの記事では、上記の4の視点も含めて次の図のように整理しました。

図では「行動」は各2つしかありませんが、実際は目的を達成に向けて何度でも繰り返されるという意味です。

過去の記事では、Whyに関して少しだけ紹介しました。

今回の記事の記事の範囲は、Whatに関わる部分となります。

おさらい:DXでの戦略

『DXナビゲーター』でwhatで書かれていたものを整理したものが以下の図です。出現する要素やプロセスは、まだ一部だけであり、これまでの記事で扱ったもののみ表しています。

whatでは、以下の3つの戦略が説明されています。
1.既存の中核事業のプロセスをデジタル化する戦略(S1曲線の戦略)
2.新規のデジタル事業を立ち上げるための戦略(S2曲線の戦略)
3.この2つの戦略を連携させる包括的なデジタル戦略

今回の記事では、1つ目の戦略を見ていきます。見たあとに、マーケティング戦略との関わり合いがあるのかを考察します。

中核事業のデジタル化の戦略

中核事業では、既存の戦略を見直し、必要に応じて修正を行うとされています。戦略における目的として、以下の2つがあげられています。
目的1.デジタル技術を使用して既存事業の効率化と競争力向上をかなえること
目的2.中核事業のデジタル面の強化を戦略的目標とすること

前回の記事では、目的1を対象にして議論しました。今回は目的2となります。

目的の2つ目を行う理由としては、デジタル技術とツールを使用して、主要製品やサービスの顧客体験の質を大きく向上できるためだとされています。

もう少し詳しくは前回の記事を参照してください。

おさらい:マーケティング戦略

マーケティング戦略の考え方は、前回の記事で参考にしたように『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』の書籍をもとにしています。

マーケティング戦略とその設計は、同書のいうマーケティングプロセスのステップ2に該当します。

同書によれば、このマーケティング戦略は、「顧客主導型マーケティング戦略」と呼ばれます。

顧客主導型マーケティング戦略の設計では、下記の図に示すように、4つのことを決めます。

決めることは、「対象とする顧客を選定すること」、「提案する価値を決定すること」の2つに分類されます。

<対象とする顧客の選定>
・市場細分化:
市場を小さなセグメントに分割する。
・ターゲティング:参入するセグメントを選定する。
<価値提案の決定>
・差別化:優れた顧客価値を創造するために市場提供物を差別化する。
・ポジショニング:ターゲット顧客のマインド内における市場提供物の位置を決める

ここで市場提供物とは、「ニーズやウォンツを満たすために提供される製品、サービス、情報、経験の組み合わせ」だとされます。

4つのそれぞれのもう少し詳しい説明は、前回の記事を参照してください。

これまでの議論の全体像

これまでの記事では「戦略」という言葉を中心に、DXでの戦略とマーケティング戦略の概要を見ながら、これらの戦略と関係のある要素を特定しました。そして、DX領域とマーケティング領域の関係を分析するにあたり、その分析の範囲を設定しました。以下の図が、現状の分析の範囲となります。

次に、マーケティング戦略とDXでの戦略がどのように関係する可能性があるのかを考察しました。結論としては、マーケティング戦略は、DXでの戦略の中、あるいは、それ以降の活動として存在するだろうということを考察しました。

前回の記事では、中核事業の戦略策定のプロセスにおいて、マーケティング戦略が位置づけられるのかどうかを考察しました。結論としては、業務効率化を目的とする場合においては、マーケティング戦略は、関係が無いと結論づけました。

今回の話は、上記の図の目的2における、マーケティング戦略との関係性を考察します。

今回の話

今回は、中核事業のデジタル化の戦略の目的の2つ目を扱います。もう少し具体的には「デジタル技術とツールを使用して、主要製品やサービスの顧客体験の質を大きく向上できる」という話でした。

以下の図にこの関係性を表現しました。

議論を進めるにあたり、次の2つを区別して議論する必要があるように思えました。
パターン1:製品やサービスはすでに存在しており、この製品やサービスを対象にする。
パターン2:既存の製品やサービスに関係するような新たな製品やサービスを新たに追加し、この新たな製品やサービスを対象にする。

やや曖昧さがあると思われるかもしれません。理由としては、以下に関わると思えました。
・どこまでを1つの製品やサービスとするのかということ

たとえば、具体的には次のような疑問を持ってみました。
・カップヌードルは一つの製品でしょうか? ブランドだとも言えます。「カップヌードル シーフード」は、一つの製品のように思えます。さらに細分化では、「カップヌードル シーフード ミニ」や「カップヌードル シーフード ビッグ」もあります。それぞれ一つの製品のように思えます。
・アパホテルのホテルは、どこまでが一つのサービスでしょうか? 個々のホテルの建物が一つの単位でしょうか? それとも部屋によって価格や提供するサービス内容に違いがあるとするなら、部屋が一つの単位でしょうか?
・クックパッドは、どこまでが一つの製品やサービスでしょうか? ウェブサイトとアプリを含めて製品やサービスとして一つなのでしょうか? プレミアムサービスは含めるのでしょうか? 
・ベネッセのこどもチャレンジは、年齢別に教材が分かれています。「1・2歳向け」、「2・3歳向け」などのようにあります。それぞれが一つの製品やサービスのように思えます。
・飲食店が、テイクアウト販売やデリバリー販売を始めたときは、どこまでを一つとするのでしょうか?  デリバリー専用のある商品を開発した場合、その商品は一つの製品なのでしょうか? それとも、店舗内販売、テイクアウト販売、デリバリー販売を、それぞれ一つの製品やサービスとして扱うのでしょうか?
・ゲームセンターは、一つのサービスでしょうか? ゲームセンター内の各筐体が一つのサービスでしょうか?

これらの疑問に回答することは難しいですが、次に進みます。

製品レベルの枠組み

このどこまでを一つの製品として扱うのかということの参考として、『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』での枠組みを参考にしたいを思います。同書では、製品やサービスを3つのレベルで考えるべきだと述べられています。
<レベル1:顧客価値>
これは製品やサービス自体という意味よりも、製品やサービスから顧客が得られる価値と何ととらえるかの設計に関わるものです。例としてあげられているのは、口紅を買う女性は、唇に塗る色を買っているだけではなく、夢を買っている、というものです。スマホの場合であれば、携帯電話を買っているのではなく、人や情報源とのつながりを買っている、というような捉え方のようです。
<レベル2:実態製品>
これは、製品やサービスの特徴、デザイン、品質水準、ブランド名、パッケージングなどに関する設計です。レベル1の顧客価値を実現できると期待できるような設計を目指すことになります。
<レベル3:拡張製品>
これは、実態製品に付加的なサービスやベネフィットを提供するものになります。アフターサービス、保証、製品サポート、配達や信用取引などがあげられています。

顧客が求めているのは、これら3レベルで満たされるものだと言えそうです。

ここでも、どこまでを一つの製品とするのかの厳密な定義は無いように思えました。同書でも議論があるように一つには「製品ライン」や「アイテム(製品バリエーション)」という考えも取り入れる必要があるかもしれません。前節でカップヌードル等の具体例をもとに疑問にしましたが、この製品レベルの枠組みに当てはめて考えるのは、機会があればということにします。

議論を進めるために、以下の図に、上記のレベルの枠組みとデジタル技術とツールにより、製品とサービスを変化させる過程を表現しました。このモデルをもとに、議論を進めます。また、今回は、冒頭で指摘したパターン1の「製品やサービスはすでに存在しており、この製品やサービス」を対象に考えます。

さらに議論を具体的にするために、デジタル技術やツールとはどのようなものを指すのか確認しておきます。『DXナビゲーター』では次のようなものとされています。
・モバイルインターネット
・知識労働の自動化
・IoT
・クラウドとエッジコンピューティング
・データ分析とAI

さて、これらデジタル技術とツールは、どの製品レベルで関わることで、顧客体験を向上させると考えられるでのしょうか。

また、いったん、ここでは、顧客価値と顧客体験とは同じものだとして考えてみます。

上記の製品レベルの枠組み内で考えるならば、これらデジタル技術とツールが価値を発揮するためには、レベル1の顧客価値に関わるものでなければなりません。デジタル技術とツールを使ったが顧客価値に関係がなければ、使う意味がないためです。価値の観点において関わるかどうかは、現状で提供している顧客価値が最適かどうかを評価することで分かりそうです。ありえる評価の結果は大きく2パターンです。ここでは、仮定として、特定のデジタル技術とツールが一般的にどのような顧客価値を提供できるのかを知っていても良いとしています。
評価結果1:レベル1の顧客価値を十分に提供できている。
評価結果2:レベル1の顧客価値を十分に提供できていない。つまり、現状の顧客価値と何らかの新たな顧客価値とのギャップが存在します。

1と評価するならば、何も行う必要はないと思われます。2の結果の理由としては以下の2つの可能性が考えられます。
・理由1:提供できる新たな顧客価値があるとこれまで気づいていなかった場合。改めて評価することで、最適ではないと気づいたケースです。これは設計者の「当時と知見」と「現在の知見」のギャップと言えそうです。ただし、気づいたとしても次の理由2のため、新たな顧客価値を必ずしも提供できるとは限りません。
・理由2:提供できる新たな顧客価値があると気づいていたが、価値実現のための実現が難しかった場合。技術的に困難であったり、コストが見合わないようなケースです。実現性のギャップです。

理由1となる場合には、特定のデジタル技術とツールが一般的にどのような顧客価値を提供できるのかを知っているかどうかも作用すると考えられます。たとえば、AI技術により、顧客一人ひとりに最適なコンテンツをレコメンドできると知ったならば、それが当時との知見のギャップを生むと考えられます。

整理すると、デジタル技術とツールを使用することに価値がするとするなら、以下の2つの条件を満たす必要があります。
・条件1:現状の顧客価値と何らかの新たな顧客価値とのギャップが存在すること
・条件2:新たな顧客価値を実際に提供できること
新たな顧客価値は、「レベル2の実態製品」や「レベル3の拡張製品」をデジタル技術とツールにより変化させることにより、実現できると想定することになります。なお、条件1のギャップを埋めるのに、デジタル技術とツールだけが対象となるとは限りません。

本節では、現状で提供している顧客価値が最適かどうかを評価する、としました。正確には、再評価するプロセス、もしくは、見直すプロセスと捉えられそうです。すでに何らかの顧客価値を提供している既存の製品やサービスを対象としており、新規で開発するわけではないためです。

では、新規で開発する場合における、プロセスのはどのようになるのでしょうか。次節では、マーケティングプロセスの枠組みをもとに、ここまでの議論を拡張します。

マーケティンプロセスにおけるマーケティング戦略との関係

ここまでを踏まえて、次は、マーケティング戦略の観点から、考察してみます。改めて、顧客体験(顧客価値)の質を向上させるとは、どのようなことを意味するのでしょうか。マーケティング戦略での以下の決定を再度行う、見直す必要があるのでしょうか(すでに戦略が存在すると仮定しています)。
・対象とする顧客の選定(市場細分化とターゲティング)
・提案する価値の決定(差別化とポジショニング)

疑問として表現するなら、次のようになるかもしれません。
・疑問1:デジタル技術とツールを使用することは、「対象とする顧客の選定」に影響を与えるのか? あるいは、既存の選定は、最適ではなくなるのか?
・疑問2:デジタル技術とツールを使用することは、「提案する価値の決定」に影響を与えるのか? あるいは、既存の価値は、最適ではなくなるのか?

まず、顧客体験自体は、マーケティング戦略を変更するだけでは、変化しないと思われます。マーケティング戦略は設計するものであり、その設計に基づく何からの行動を実行するわけではないためです。また、ここでは、顧客体験の定義は明確にされていませんが、顧客が体験の変化を感じられるのは、製品やサービスやそれらに関わる何かが実際に変わった時だと思われます。製品レベルの枠組みで言えば、「実態製品の要素」か「拡張製品の要素」が変化した時です。

顧客体験の実際の変化を起こすには、変化させたマーケティング戦略に基づいて、4P(製品、価格、プロモーション、流通)のどれかをさらに変化させる計画を策定し、その計画を実行することだと考えられます。その実行の結果として、顧客体験の変化(の可能性)が生まれると考えられます。

マーケティングプロセスを今一度見直してみると、マーケティング戦略の設計はこのプロセスのステップ2であり、ステップ1は顧客ニーズの理解です。ステップ3が4Pの話になります。

このプロセスから分かるように、理解した顧客ニーズをもとに、マーケティング戦略の設計が行われています。

したがって、マーケティング戦略の設計を見直すプロセスは、顧客ニーズの理解に変化が存在すると判断した時に、行うと言えそうです。また、顧客ニーズの定義はさておき、理解のもととなる顧客ニーズは、固定のものではなく変化していくものだと考えられます。

なお、マーケティング戦略の設計を見直すプロセスは、『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』に書かれている箇所を見つけられませんでした。

以下の図は、顧客ニーズの理解の変化とそれに伴うマーケティング戦略の変化の関係を表しています。

次に、上記のマーケティングプロセスに、前節での製品レベルの枠組みを追加して表現してみます。製品レベルの枠組みの記述は、もともと4Pのうちの一つであるProductに関わる章で議論されていたものです。図では、残りの3つのP(価格、プロモーション、流通)も表しています。

「顧客ニーズ」と「顧客価値(顧客体験)」との区別が曖昧ですが、ここでは、「顧客価値」は、「理解した顧客ニーズ」に基づいて決定されるとします。実質は、区別なく同じような意味で使われるかもしれません。

ひとまず、上記の枠組み内に、「デジタル技術とツールが顧客価値(顧客体験)を向上させる」ということがどのように組み込まれるのかを考察します。

製品レベルの枠組みの話では、デジタル技術とツールにより製品とサービスが変化すると表現しました。この考えに基づき、上記の図の「見直しによる変化」を「デジタル技術とツールによる変化」とより限定して下記の図で表現しました。

ただ、上記の図は少し乱雑なため、簡略化します。また、各要素に記号を振ります。
・N:理解した顧客ニーズ
・S:設計されたマーケティング戦略
・V:顧客価値
・P:製品とサービス

これにより、変化のプロセスのパターンを列挙できそうです。このパターンをもとに、マーケティング戦略とここでのDX戦略との関係を考察します。
1.N -> N':理解した顧客ニーズに変化があったが、設計されたマーケティング戦略に影響が無く、顧客価値には影響はなく、製品とサービスも影響がないケース。
2.N -> N', S -> S':理解した顧客ニーズに変化があり、設計されたマーケティング戦略に影響があったが、顧客価値には影響はなく、製品とサービスには影響がないケース。
3.N -> N', S -> S', P -> P':理解した顧客ニーズに変化があり、設計されたマーケティング戦略に影響があり、顧客価値には影響はないが、製品とサービスに影響があるケース。
4.N -> N', S -> S', V -> V', P -> P':理解した顧客ニーズに変化があり、設計されたマーケティング戦略に影響があり、顧客価値に影響があり、製品とサービスに影響があるケース。
5.N -> N', V -> V', P -> P':理解した顧客ニーズに変化があり、設計されたマーケティング戦略に影響がないが、顧客価値に影響があり、製品とサービスに影響があるケース。
6.S -> S':理解した顧客ニーズに変化はないが、設計されたマーケティング戦略を修正し、顧客価値には影響はなく、製品とサービスには影響がないケース。
7.S -> S', P -> P':理解した顧客ニーズに変化はないが、設計されたマーケティング戦略を修正し、顧客価値には影響はなく、製品とサービスには影響があるケース。
8.V -> V':理解した顧客ニーズに変化はなく、設計されたマーケティング戦略も変化はなく、顧客価値を修正するが、製品とサービスには影響がないケース。
9.V -> V', P -> P':理解した顧客ニーズに変化はなく、設計されたマーケティング戦略も変化はなく、顧客価値を修正し、製品とサービスには影響があるケース。
10.P -> P':理解した顧客ニーズに変化はなく、設計されたマーケティング戦略も変化はなく、顧客価値に変化なく、製品とサービスを修正するケース。

今回は、デジタル技術とツールに関心がありますので、P -> P' を引き起こす以下のケースが議論の対象となります。
3.N -> N', S -> S', P -> P'
4.N -> N', S -> S', V -> V', P -> P'
5.N -> N', V -> V', P -> P'
7.S -> S', P -> P'
9.V -> V', P -> P'
10.P -> P'

また、マーケティング戦略との関係に関心がありますので、S -> S' に関係のあるケースが議論の対象となります。
3.N -> N', S -> S', P -> P'
4.N -> N', S -> S', V -> V', P -> P'
7.S -> S', P -> P'

最後に、顧客価値(顧客体験)の向上という変化に関心がありますので、V -> V' に関係のあるケースが議論の対象となります。
4.N -> N', S -> S', V -> V', P -> P'
顧客ニーズと顧客価値(顧客体験)を同一だと考えるならば、3も対象となります。
3.N -> N', S -> S', P -> P'

まとめると「デジタル技術とツールの使用により製品とサービス変化させ、結果として顧客体験を向上させること」、つまり、デジタル化戦略における目的の2つ目は、マーケティング戦略との関係があると言えそうです。ただし、その関係は、「顧客ニーズの理解」が変化し、その理解に伴い「マーケティング戦略」を変化させ、その「変化させたマーケティング戦略」に基づき、「製品とサービス」をデジタル技術とツールの使用により変更させる関係となります。

言い換えるならば、デジタル技術とツールの使用により製品とサービス変化させ、結果として顧客体験を向上させることは、マーケティングプロセスのの中に位置付けられると見なせそうです。

この図では、目的2を行う際には、マーケティングプロセスが関わるということだけ示しています。策定されたDX戦略の中に、マーケティングプロセスのステップが明示的に含まれるかどうかは分かりません。たとえば、「顧客ニーズの見直しを行い、デジタル技術やツールによりこれまでに満たせていなかったニーズを満たす機会があるかどうかを評価する」というような行動が含まれるべきかどうかは分かりません。

最後に、いくつか議論が残っている点を挙げておきます。
1.4Pの他の要素:今回は、製品とサービスとの文言をそのまま受け取り、4PにおけるProductだと解釈して議論を進めました。顧客体験の向上という意味では、他のPに関しても同様の議論ができる可能性があります。その場合でも、今回の枠組みでの議論と同様のものとなると思われます。

2.マーケティングマネージメント:今回の議論では、マーケティングプロセスの枠組みをもとに議論を行いました。マーケティングプロセスのいくつかのステップは、マーケティングマネージメントでの「計画」の箇所にあたります。したがって、マーケティングマネージメントの枠組みの視点から、さらに今回の議論を行うこともできそうです。

3.デジタル技術とツールの理解の変化:今回の議論では、マーケティングプロセスに従い、顧客のニーズを理解することから、プロセスが始まるとして議論を進めました。しかし、デジタル技術とツールができることへの理解が変化することで、これまで認識できなかった新たな顧客ニーズや顧客価値、顧客体験を認識でき、現状が最適でないことに気づけるかもしれません。

まとめ

今回の記事では、『DXナビゲーター』でのDX戦略の一つである、中核事業のデジタル化とマーケティング戦略との関係を考察しました。

特に、中核事業のデジタル化では目的が2つあり、今回は2つ目のデジタル技術とツールを使用することで既存の製品とサービスの顧客体験を向上させる、というケースにおいて、マーケティング戦略との関係を考察しました。

本記事では、製品とサービスを4PにおけるProductだと位置付けるのと同時にマーケティングプロセスの枠組み内で捉えました。

マーケティングプロセスは、顧客のニーズを理解し、その理解に基づきマーケティング戦略を策定し、その戦略に基づき、マーケティング計画(4P、マーケティングミックス)が策定されるというステップとなります。

デジタル技術とツールを使用することはProductを変更することだとするのであれば、その変更は、マーケティング戦略の変更に基づくものだと考えられます。また、マーケティング戦略を変更することは、顧客ニーズの理解の変化に伴うものであると考えられます。この一連の流れにおいて、DX戦略とマーケティング戦略が関係性がありそうだと考察しました。

次回は、新規のデジタル事業を立ち上げるための戦略策定におけるマーケティング戦略の役割について議論します。続きはこちら。

これまでの記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
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