DXとマーケティングその30:『DXナビゲーター』とマーケティング
分析屋の下滝です。
DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングの関係を考えてくシリーズの30回目です。
今回は、DX関連書籍の一つである『DXナビゲーター』を参考に、以下を確かめます。
1.DXをどのように定義してるか。どのような要素(概念)で構成されるか。
2.マーケティングに関わるような記述があるのか。その記述におけるマーケティングの要素(概念)は、DXの構成要素とどのように関わるか。
3.マーケティング領域とDX領域とをつなげる要素があるかどうか。どのようなつながりであると言えそうか。一貫性や整合性があるつながりなのかどうか。
下記の図は、各領域での要素のイメージを示しています。
これまでの記事
第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。
第12回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのプランニングプロセスの関係性を見ました。
DXと経営篇
第14回はこちら。DXと経営との関係付けの準備を行いました。
第15回はこちら。DXと事業の定義がどのように関係するのかをみました。
第16回はこちら。DXと「われわれの事業は何になるか」と「われわれの事業は何であるべきか」がどのように関係するのかをみました。
第17回はこちら。DXの背景を整理しました。
第18回はこちら。DXの背景と「顧客は誰か」との関係を整理しました。
第19回はこちら。DXの背景と「顧客はどこにいるか」との関係を整理しました。
第20回はこちら。DXの背景と「顧客は何を買うのか」との関係を整理しました。
デザインドフォー・デジタル篇
第13回はこちら。『デザインドフォー・デジタル』というDXの書籍をもとにDXとマーケティングの関係をみました。
第21回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングの関係を指摘しました。
第22回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでの新製品開発との関係を整理しました。
第23回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのカスタマーインサイトとの関係を整理しました。
第24回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのカスタマーインサイトチームとの関係を整理しました。
第25回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムとの関係を整理しました。
第26回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムでの情報ニーズの評価との関係を整理しました。
第27回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングでのマーケティング情報システムでの社内データと社外データとの関係を整理しました。
第28回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングにおけるマーケティング情報システムでのマーケティング・リサーチとの関係を整理しました。
第29回はこちら。シェアード・カスタマーインサイトとマーケティングにおけるマーケティング情報システムでの情報の分析と利用との関係を整理しました。
DXナビゲーターにおけるDX
まずは『DXナビゲーター』から、DXの定義に関わると思われる箇所を引用しながら確認していきます。
ここでは、2種類の変革を同時に行うことをDXだとしています。
a.企業の既存の中核事業がどうすればデジタル化により利益を得られるかを念入りに検討する
b.顧客のために価値を創出する新しい(デジタル)手段を模索して実現する
これら2つは、後に説明するS字曲線のS1とS2に対応します。
続けます。次のように表現されている箇所もあります。
ここまでを次の図のように整理しました。
他にも、DXとは何かの記述です。
ここでは、DXを「2つのS字曲線を通じて事業を根本的に見直すこと」だとしています。この「S字曲線」は、本書でのコアとなる概念です。次のように説明されています。
図0.2とは次のような図です。
S1とS2曲線の関係に関しては、他にも次のように書かれています。
ここまでの整理として、基本的には、『DXナビゲーター』では、このS1とS2、S1とS2の関わりを中心に議論がされています。たとえば、戦略策定に関しては、次のように書かれています。
1つ目がS1、2つ目がS2、3つ目が、S1とS2の相互連携といった枠組みになっています。
本書ではさらに、Why、What、How、Whereというフレームワークの構成で、解説されています。本の構成もこのフレームワークに則っています。
・Why(なぜ行動するのか?)
・What(何をするのか?)
・How(どのように実現するのか?)
・Where(どこで結果をみるのか?)
これらの概要を順番に見ていきながら、『DXナビゲーター』での大枠を見ていきます。
Howに関しては、さらに詳しく次のような要素で議論されています。
・組織:柔軟な組織を構築するには?
・テクノロジー:変革の推進力としてテクノロジーを活用するには?
・プロセス:どのように目的を達成するか?
・リーダーシップ:何をリーダーに求め、どのようにリーダーを探すか?
・人材:何を人材に求め、未来の戦力をどう構築するか?
・文化:どのように組織を活気づけ、団結を促進するか?
DXの定義に関わる確認は、いったんここまでとします。ここまでを次の図のように整理しました。S1とS2の概念と、Why、What、How、Whereとの関係を表しています。
S1とS2の連携に関しては、乱雑になりそうなので省略しています。また、WhatとHowの区別が難しかった(何かを行うのは両者ともに同じ)ので同様に表現しています。また、「行動」の要素は図では各2回と表現していますが、実際は、成果が出てくるまで何度も実施されます。
図を説明します。中核事業が存在し、デジタル事業が存在しないところからスタートとなります。中核事業をデジタル化するのと同時並行で新たなデジタル事業を創出するのがDXであるとされます。この2つを同時に行うことがなぜ必要なのかがあり(Why)、そのために何をするのか(What)とどのように実現するのか(How)があります。S1とS2ともに、WhatとHowにより何らかの行動が行われることで、S1とS2の事業とそれに関わる要素(組織やインフラ、人材や文化等)が変わっていきます。変化の過程で、結果としてどうなっているのかが測定され、成功しているかどうかが評価(Wehre)されます。
次に、『DXナビゲーター』の大枠をとらえながら、マーケティングとの関係を分析していくにあたり、次のような整理を考えました。
Why(なぜ行動するのか?)での
・S1におけるマーケティング
・S2におけるマーケティング
・S1とS2の連携におけるマーケティング
What(何をするのか?)での
・S1におけるマーケティング
・S2におけるマーケティング
・S1とS2の連携におけるマーケティング
How(どのように実現するのか?)での
・S1におけるマーケティング
・S2におけるマーケティング
・S1とS2の連携におけるマーケティング
Where(どこで成果をみるのか?)での
・S1におけるマーケティング
・S2におけるマーケティング
・S1とS2の連携におけるマーケティング
S1、S2、S1とS2の連携の要素と、Why、What、How、Whereのフレームワークの組み合わせになります。
これを次の図のように表現しました。連携の部分に関しては、乱雑になるため省略しています。
今回の記事での分析の枠組みは上記の図までとなります。今回は、S1曲線やS2曲線の具体的な内容や、Why、What、How、Whereの詳細は、省略したいと思います。必要に応じて、後の記事で見ていきたいと思います。
DXナビゲーターにおけるマーケティング
読んでみたところ、マーケティングに関係する活動を強調した記述は無いように思えました。あくまで、一般論としての用語の使い方のように読めました。
以下では、マーケティングに関わると思われる部分を順に見ていきます。
まずはWhyの章のS1での記述があります。
ここでは、S1の中核事業における効率化の対象の一例としてマーケティングがあげられています。
続けます。Whyの章からです。
ここでは「デジタルマーケティング戦略」があげられていますが、単なる例としてですので、今回の議論では関係無さそうです。
Whyでのマーケティング要素を図に示しました。
続けます。Whatの章からです。
ここではビジネスモデルイノベーション(と呼ばれるもの)を行う際に関係ありとされるものの中に、マーケティング領域での概念とも呼べそうなものがありそうです。
・事業環境の理解
・顧客ニーズ
・価値創造
なお、ビジネスモデルイノベーションは、次のステップからなるとされています。
・設計フェーズ
・現状分析
・パターン適用
・事業設計
・実行フェーズ
上記の引用は、この「現状分析」のステップで行うことの記述となります。
続けます。Whatの章からです。ビジネスモデルイノベーションのステップでの「実行フェーズ」にあたる記述です。
ここでは「ビジネスモデルのプロトタイプ」としていますが、「新製品開発」のプロセスとして、マーケティング領域との関係がありそうです。
Whatでのマーケティング要素を図に示しました。
続けます。Howのテクノロジーに関わる章からです。
ここでは「顧客体験」がマーケティングに関わりそうです。
続けます。Howの章からS1曲線でのテクノロジーの活用の例があげられています。
ここでは、デジタルマーケティングを、データを活用したマーケティング活動の一種として呼んでいそうです。
続けます。Howの人材の章からです。
ここでは、研修内容のトピックとしてのデジタルマーケティングとなります。また、同様にこれまでの業務がマーケティング部門に振られるといった、業務再編成と呼ばれる考えでもマーケティングがでてきます(p.268)。
Howでのマーケティング要素を図に示しました。
ここまでで拾ってきたキーワードをまとめると次のようになりそうです。
・Why:中核事業における効率化の対象の一例としてのマーケティング
・What:事業環境の理解
・What:顧客ニーズ
・What:価値創造
・What:「ビジネスモデルのプロトタイプ開発」をマーケティング領域での「新製品開発」のプロセスの一種として扱う
・How(組織):なし
・How(テクノロジー):テクノロジーを用いて「顧客体験」を向上させる
・How(テクノロジー):データを活用したマーケティング活動の一種としてのデジタルマーケティング
・How(プロセス):なし
・How(リーダーシップ):なし
・How(人材):研修対象としてのデジタルマーケティング
・How(文化):なし
・Where:なし
Whereのところは、それらしいものは無さそうに思えました。また、Howの要素の中でも見つからないものありました(組織、プロセス、リーダーシップ、文化)。ただし、これらの中からでも、今後、詳しくみたときに気づく要素もあるかもしれません。
ところで、「ビジネスモデル」はマーケティング用語なのでしょうか。今回の記事では、マーケティング用語ではないとして扱いました。というのもマーケティングの教科書である『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』やその原著にあたる『Principles of Marketing(18版, 2021)』では特段扱われていないためです。索引にも用語解説にも存在していないようでした。
何をマーケティングでの概念と考えるかによって、この節での議論の内容は変わると思いますが、いったん、ここまでとします。
次節でDXとマーケティングの関係を考えてみたいと思います。
DXとマーケティングとの関係
現時点の結論としては、『DXナビゲーター』でのDXにおいては、マーケティングの役割は、あまり言及されていないように思えました。以下で少し考察してみます。
DXの定義でみたように、『DXナビゲーター』では、2つの事業に関わるプロセスを扱います。「既存の中核事業のデジタル化(S1曲線)」と、「新たなデジタル事業の創出(S2曲線)」です。
これら2つの取り組みは、連携しつつもそれぞれがある程度は個別で取り組まれるものだと思われます。S1とS2のそれぞれで戦略が策定されるためです。であるとするならば、S1とS2のそれぞれの実現の過程でマーケティングの役割はありそうですが、DXの取り組み過程だからといって、S1とS2において、何らかの特別なマーケティングの取り組みが必要であるとの言及は見られないように思えました。
言及が見られない理由としては『DXナビゲーター』でのDXの取り組み(S1曲線とS2曲線の実現)が、その実現は難しいにしろ、新しい概念が必要であったり、マーケティング領域から見ても新たな視点を要求するようなものがなさそうなためかもしれません。つまり、大枠としてのDXの取り組みの中に、従来のマーケティングの概念が収まるようなイメージと言えそうです。
以下では、前節で取り上げたマーケティング要素を順に評価していきます。
Whyでのマーケティング
Whyでの要素は以下となります。
・中核事業における効率化の対象の一例としてのマーケティング
どのような業務プロセスにおいても、業務に効率化は、無視できない課題かと思われますが、「効率化」という概念は、マーケティング特有の概念ではないと言えそうです。
Whatでのマーケティング
Whatでの要素は以下となります。これらは、ビジネスモデルイノベーションのステップで出現する要素でした。
・事業環境の理解
・顧客ニーズ
・価値創造
・「ビジネスモデルのプロトタイプ開発」をマーケティング領域での「新製品開発」のプロセスの一種として扱う
「新製品開発」のプロセスは、マーケティングプロセスのステップの一つに位置づけられます(『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』より)。
なお、原著の18版では、新製品開発は、ステップ3「マーケティング計画の設計」に含まれています。ステップ3は、マーケティングミックス(4P、プロダクト、プライス、プレイス、プロモーション)に関わる部分であり、「プロダクトの要素」が「新製品開発」の説明に対応しています。
また「事業環境の理解」「顧客ニーズ」「価値創造」といった、ビジネスモデルイノベーションの現状分析のステップでのこれら要素も、「新製品開発」のプロセスとの関係の視点から分析ができるかもしれません。
Howでのマーケティング
Howでの要素は以下となります。
・テクノロジーを用いて「顧客体験」を向上させる
・データを活用したマーケティング活動の一種としてのデジタルマーケティング
・研修対象としてのデジタルマーケティング
1つ目と2つ目のテクノロジーやデータを用いて、顧客体験や顧客満足度といったものを高めようとすることは、マーケティングでのトピックの一つではあると思われます。たとえば『Principles of Marketing』でも、ビッグデータからのカスタマーインサイトの獲得といった記述がみられます。
3つ目に関しては、1つ目と2つ目と関係して、テクノロジーやデータを活用することの研修が必要だとされるということもありそうです。
しかしながら、マーケティングでのこのようなテクノロジーやデータの活用は、『DXナビゲーター』においては、マーケティング領域に対して特別な視点を要求しているようには見られませんでした。
まとめ
今回の記事ではDX関連書籍である『DXナビゲーター』を取り上げました。本書でのDXの定義の確認と、本書内でのマーケティングに関わる記述を確認しました。
そして、『DXナビゲーター』でのDXの取り組みが、従来のマーケティング領域とどのように関わり合いそうなのかを少し考察しました。
結論としては、DX領域とマーケティング領域での関わり合いを分析する場合、以下の関係性が考えられそうです。
1.「マーケティング領域での新製品開発のプロセス」と「DX領域でのビジネスモデル開発プロセス」との関わりが考えられそうです。
2.テクノロジーやデータがマーケティング活動にどのように影響するのかの関わりがありそうです。
最後に3つ目として、マーケティング用語として明確には出てこなかったので、議論しませんでしたが、「戦略」の視点での関係性の分析がありそうです。『DXナビゲーター』におけるDXとして何をするのかは、次のようにまとめられています。
1.戦略的な目標を設定する
2.戦略を支える適切なビジネスモデルをつくる
3.各種プロジェクトを可視化して、全体像をつかみ優先づけの指針にする
一方で『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』では、2章「企業とマーケティング戦略」で戦略に関わる部分が議論されています。そこでは戦略計画策定のステップは次のように書かれています。
1.企業ミッションの定義
2.企業の目的と目標の設定
3.事業ポートフォリオの設計
4.マーケティング戦略など機能戦略の策定
これら2つの流れはどのように関係するのでしょうか。たとえば「事業ポートフォリオ」や「マーケティング戦略」はDXでの戦略には含まれないのでしょうか。次回はこの戦略の視点から見ていきます。続きはこちら。
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