DXとマーケティングその12:DX実行のプロセスとマーケティングのプランニングプロセス

分析屋の下滝です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングの関係を考えてくシリーズの第12回目です。

前回は、マーケティングのマネジメントプロセスと、DXの実行のプロセスを見比べました。そこでは、DXでは、企業の業績を改善するために組織変革を実行することに課題をおいているのに対し、マーケティングマネジメントプロセスでは、調査でセグメントを見つけ出し、そのセグメントで利益を上げていくことに焦点が当てられていました。

今回は、マーケティングのプランニングプロセスを見ていきます。マーケティングマネジメントプロセスよりも上位での決定が行われるプロセスになります。

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。
第9回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍におけるマーケティング定義を確認しました。
第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。

DXの実行プロセス

『DX実行戦略』でのDXの定義は以下となります。後に見ていく、マーケティングの定義や役割との違いは何でしょうか。

私たちは、デジタルビジネス・トランスフォーメーションを「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善するとと」と定義する。第1に、企業業績を改善することがその目的であり、第2にデジタルを土台にした変革であること。組織は絶えず変化しているが、ひとつ以上のデジタル技術が大きな影響をおよぼしているものでなければ、デジタルビジネス・トランスフォーメーションには分類されない。そして第3に、プロセスや人、戦略など、組織の変化を伴うものであること。デジタルビジネス・トランスフォーメーションには、テクノロジーよりもはるかに多くのものが関与している。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.27

『DX実行戦略』では、組織変革に焦点があてられています。

本書全体を通じて、現実の企業がいかにして「結びつきのアプローチ」で変革を推進したか(場合によっては失敗したか)について、実際のストーリーを紹介する。その過程で特定の方向性を示し、実行可能なツールを提供する。これらを組み合わせることで、大規模な組織変革を「オーケストレート(編成)」するための方法論ができあがる。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.28
組織を変革しようとする取り組みは、そのほとんどが失敗に終わる。概算にばらつきはあるが、その失敗確率は60~80%だ。
(中略)
すでに述べたとおり、変革の失敗率が高いおもな理由のひとつは、企業のリーダーが、自分たちが直面している問題を正しく理解していないことにある。このまちがった理解は、「組織が持つ3つの特徴」から生まれており、これら3つの特徴がすべて組み合わさると、従来の変革手法によるデジタルビジネス・トランスフォーメーションは困難となる。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, pp.35-36
では、結論としてはどうなるのだろうか。これまで述べたきたことは、変革を目指す組織が数十年前から直面してきた課題とどうちがうのか(アマゾンには「チェンジマネジメント」に分類される書籍が8万タイトル以上あるという概算もある)。
デジタルビジネス・トランスフォーメーションに伴う変化の範囲と規模の大きさを考えると、「チェンジマネジメント」そのものも変わらなければならないというのが、私たちの見解だ。既存企業に見られる「もつれ」の現実に対処すべく、アプローチそのものも進化しなければならない。
(中略)
要するに、企業は、組織変革というものに対して、もっと特別な目を向ける必要があるということだ。図表1-6では、「組織のもつれ度」と「変革の程度」によって、変革に向けた取り組みをそれぞれ2つのゾーンに分けた。これにより、変革に向けた努力をより分類しやすくなるだろう。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, pp.52-55

『DX実行戦略』によれば変革には、4つの種類があります。

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チェンジマネジメントゾーンでは、従来のチェンジマネジメントのアプローチが有効で、オーケストレーションゾーン(右上)では、新たなアプローチが必要となります。『DX実行戦略』ではそのアプローチである結びつきのアプローチが紹介されています。

DXの実行に向けて、まずは、事業ごとに「変革目標」を設定します。
・対応戦略を決める
・カスタマーバリューを決める
・ビジネスモデルを決める

変革目標の役割は以下となります。

事実、変革プログラムの多くが、曖昧な理念や極秘のプロジェクトによるものだ。あるいは、ある実践者が言うところの、実現化を目指したでたらめな行動が貧弱に結びついたもの。いずれも、寄せ集めのプログラムにすぎず、誰もが「変革」を自分なりの定義し、どうすれば自分好みの結果になるかを好き勝手に決めている。
おまけに、あまりにも多く変革が「カスタマーバリュー創出」や「ビジネスモデル」「対応戦略」と無関係におこなわれている。私たちは、これら3つの要素すべて合わせたものを「変革目標(guiding objectives)」と呼ぶ。変革目標とは、明確に述べられた一連の目標のことで、変革プログラムを効果的に実行するための出発点となる。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.68

『DX実行戦略』でのDXでは、ビジネスモデルを決めるのは、カスタマーバリューを提供するためです。企業がどのようなカスタマーバリュー(コストバリュー、エクスペリエンスバリュー、プラットフォームバリュー)を追い求めるのかは、どの対応戦略(収穫戦略・撤退戦略・破壊戦略・拠点戦略)をとるのかで決まります。対応戦略の位置づけは以下です。

既存企業はバリューバンパイアやディスラプターにどう対応すべきだろうか。どうすれば、デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを利用して競争優位を確立し、自らディスラプターになれるだろうか。そのためには、カスタマーバリュー創出やビジネスモデルの構築に加えて、変革目標の第3の要素が必要となる。それが「対応戦略」だ。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.78

対応戦略の概要は以下です。
・収穫戦略:ディスラプターの脅威をブロックし、攻撃されている事業から得られる収益を最大化する。従来の変革手法(チェンジマネジメント)で実行可能。
・防衛戦略:収益が枯渇したら事業から撤退。もしくはニッチな市場に移動する。従来の変革手法(チェンジマネジメント)で実行可能。
・拠点戦略:ライバルを出し抜いて新しい市場で競争に勝利する。新しい変革手法が必要。オーケストレーションゾーンでのアプローチが必要。
・破壊戦略:自らコアビジネスを破壊、もしくは新しい市場を創出する。新しい変革手法が必要。オーケストレーションゾーンでのアプローチが必要。

どの対応戦略を優先するのかは、『DX実行戦略』では以下のような20の質問からなるシートを使うことが参考になるとしています。各戦略での質問に「はい」か「いいえ」答えた結果、「はい」最もが多いものが有力な戦略です。なお、この作業は事業ごとに行います。各事業で直面している状況が異なるためです。企業全体としては、有力な戦略一つだけというよりも防衛的戦略(収穫と撤退)と攻撃的戦略(破壊と拠点)をバランスよく混ぜた「ポートフォリオ型アプローチ」がとられるとされています。

<収穫戦略>
・この事業はディスラプターからの異常な市場圧力にさらされているか?
・「バリューバンパイア」が市場に存在しているか?
・デジタル化による効率向上やコスト削減で競争力を保ち、利益を維持もしくは増大できるか?
・ディスラプターをブロックできるか?(訴訟や積極的な対抗マーケティングなどで)
・収益が減っても少なくともあと2年間は、この市場はあなたの会社にとって旨みがあるか?
<撤退戦略>
・この事業は「変曲点」を通過しており、もはや資本利益率は魅力的ではないか?
・小規模だが利益をあげられるニッチな(ディスラプターが興味を持たない)市場で、特殊な顧客を対象にして今後二年間は事業を維持できるか?
・損失を出したとしても、他部門との相乗効果でこの事業を継続する旨みを出せるか?(目玉商品として売ることで顧客を囲い込むなど)
・他部門に移せば、利益に貢献できそうな資産や知的財産、プロセス、人材を持っている事業か?
・あまり大きな費用をかけずにこの事業から離脱、もしくは売却できるか?
<破壊戦略>
・デジタル技術やデジタル・ビジネスモデルを使って、この事業のカスタマーバリューを劇的に改善できるか?
・従来のバリューチェーンを使わずに、バリューを一からつくり直すことはできるか?
・「バリューベイカンシー」があることに気づいているか?
・この業界のマージンは大きか?(ジョブ・べゾフ風に言えば「あなたのマージンは私のチャンス」)
・新市場を形成する、あるいは隣接市場に参入することで、既存の製品やサービスもしくは能力を利用できるか?
<拠点戦略>
・あなたの会社にとって魅力的な市場は、すでにライバルによって破壊されてしまったか?
・あなたがターゲットにできる堅実な「バリューベイカンシー」はあるか?
・長期にわたり市場リーダーの地位を獲得できる道筋はあるか?
・(他社ではなく)あなたの会社がディスラプションを起こしたら、製品やサービスを変更する、もしくは激化した競争に対応するために経営にてこ入れする必要があるか?
・「バリューベイカンシー」を破壊して競争勢力図を一変させてしまうような「次の」ディスラプションはあるか?

戦略ごとに、追い求めるカスタマーバリューの種類が決まります。
コストバリュー      収穫:○ 撤退:○ 破壊:△ 拠点:○
エクスペリエンスバリュー 収穫:○ 撤退:○ 破壊:○ 拠点:○
プラットフォームバリュー 収穫:  撤退:  破壊:○ 拠点:○

次に、企業全体の「変革理念」を設定します。役割は以下です。

変革理念は、企業全体の変革目標のアウトラインを定めた声明だ。この理念は、企業内の全部署、全事業の変革目標が持つ戦略的意図を集約し、変革に向けた目標をひとつにまとめることで足並みをそろえた実行を可能にする。変革理念は、曖昧な「(社内向けの)綱領」でも「(社外向けの)ブランドを通じた約束」でもない。未来における特定の時点(基本的には数年後)に自社の競争力をどう変化させたいのかを表すものだ。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.105

「変革理念」は、たとえば、「2025年までに、4つの事業分野のすべてで、デジタルチャネルから収益の50%を得る」というものです。

次の図では、ここまででできた要素をまとめたものとなります。

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更に詳しい内容は、前回の記事を参照してください。

マーケティングのプランニングプロセス

ここからは、前回と同じく、コトラーの書籍をもとにマーケティングにおけるプランニングプロセスのプロセスを見ていきます。マーケティング・プランの役割は以下となります。

マーケティングが戦略的かつ戦術的に優れていたとしても(本書の第I部と第II部を参照)、マーケティングの管理がうまくいかなければ、失敗することがある。マーケティング管理とは、適切なマーケティング・プランを準備し、かつ実行できる能力を有することである。
すべての戦略と戦術は、マーケティング・プラン上で統合され、マーケティング組織の手で効果的に実行されなければならない。本章では、マーケティング・プランニングとマーケティング組織を見ていきたい。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.266

詳しく見ていく前に、DXと見比べるために、マーケティングの役割を確認しておくと良いかも知れません。『DX実行戦略』でのDXにおける組織変革の取り組みとの違いは何でしょうか。

だが同時に、成長そのものを目標とすることには注意を要する。企業の目標は「利益を生む成長」でなければならない。マネジャーたちは、業界平均に勝るペースの売上と利益の伸張を迫られている。その結果、彼らは可能な限りの市場と顧客をカバーしようとする。そのため、自社のターゲット市場とイメージが曖昧になり、経営資源の有効性を希薄化してしまうのである。
マーケティングの中心的な役割は、利益成長を達成することである。自社がターゲット市場において優勢でない場合は、マーケティングによって市場機会を見つけ、評価し、選択し、そのうえで頂上を極める戦略を定めなければならない。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.25
マーケティングは、製品が誕生するずっと前からスタートするので、販売と同じということはありえない。マーケティングとは、マネージャーたちが顧客のニーズを評価し、その範囲と強さを測定し、利益を生む機会が存在するかどうかを決定する作業である。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.28
マーケティングとは、機会を発見し、開発し、利益を得るための技能である。機会をまったく見出だせないマーケティング部門ならば、ない方がましだ。
─『コトラーの戦略的マーケティング』,コトラー,  p. 56
いままで見てきたように、マーケティングの主たる責任は、その企業の売上を拡大することにある。マーケティングの主要な目的と技術は、需要の管理である。つまり、企業の目的の追求において、需要の水準やタイミング、その構成内容に影響を及ぼすことである。
─『コトラーの戦略的マーケティング』,コトラー,  p. 71
マーケティングは、多くの評者によって「顧客を発見し、維持する技能である」と定義されてきた。しかしわれわれは、この定義を次のように拡張しなくてはならない。「マーケティングとは、利益に結びつく顧客を見出し、維持し、育てる科学であり、技能である」
─『コトラーの戦略的マーケティング』,コトラー,  p. 195

これら引用で着目したいのは、何からスタートしているかです。「市場機会を見つける」「顧客のニーズを評価する」「機会を発見する」「利益に結びつく顧客を見出し」が該当しそうです。また、何のために、という視点です。「利益成長を達成すること」「その企業の売上を拡大すること」が該当しそうです。『DX実行戦略』との関係性はなんでしょうか。

マーケティングの視点に戻ります。コトラーによれば、どんな種類のマーケティングプランがつくられるべきか?という問いに対して、以下をあげています。DXでの「変革目標」と「変革理念」とどのように関係するでしょうか。

マーケティング・プランは、主要なマーケティング活動のそれぞれの局面で作成される必要がある。
・ブランド・マーケティング・プラン・・・企業にはブランド・マーケティング・プランが必要である。P&Gでは、毎年、洗剤担当ブランド・マネジャーの手によって、戦略的マーケティング・プランが作成される。
・製品カテゴリー・マーケティング・プラン・・・各洗剤担当のブランド・マネジャーがブランド・マーケティング・プランを作成するに先立って、洗剤のカテゴリー・マネジャーがいくつかの仮説や予測、目標を立て、各ブランドのプランニングを支援する。各ブランドのプランが整えられ、承認されると、それらをもとにカテゴリー全体のプランがまとめられる。
・新製品プラン・・・新製品もしくは新ブランドには、詳細な市場導入プランが必要である。製品コンセプトが決定されると、調整がなされ、テストされた後、試作品が製作される。導入段階では、細部にわたるまでの詰めの作業が行われる。
・市場セグメント・プラン・・・製品もしくはブランドが、いくつかの異なったセグメントに向けて売り出される場合には、個々のセグメント別にプランが作成される。IBMは、いくつかのセグメント(たとえば、銀行、保険、ホテル、旅行代理店)に向けて販売を行っている。IBMのセグメント・マネジャーは、自分が担当しているセグメントを対象にサービスのプランを作成する。
・地域市場プラン・・・個々の国、地域、町、さらに周辺ごとに、マーケティング・プランが作成される。
・顧客プラン・・・全国規模の得意先を担当するマネジャーは、個々の上得意先ごとにプランを作成する。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, pp.268-269

さらにプランに関しての言及です。

どの場合にも二種類のプランが必要である。それは長期的視点からの戦略プランと年度プランである。長期的戦略プランは、特定の期間をカバーしている。公共事業であれば、その期間は20年かもしれないが、ハイテク業界ならば3年かもしれない。この戦略プランでは、市場を動かす原動力、起こりうる可能性のある複数のシナリオ、将来的に望む企業のポジショニング、そしてその実現のための道筋が考察される。さらに、戦略プランをもとにして年度プランが肉付けされる。しかし、経営者は毎年、戦略プランの見直しを行い、必要とあらば改訂しなければならない。
これらのすべてのプランが連動しなければならない。それぞれがバラバラに作成されるべきではない。たとえば市場セグメント・マネジャーには、各セグメントに対するオファーや戦略を決定する前に、製品プランやエリア・プランの情報が必要になる。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, pp.269-270

コトラーによれば、マーケティング・プランに最低限含まれるものは以下となります。
・状況分析
・マーケティングの目的と目標
・マーケティング戦略
・マーケティング活動プラン
・マーケティング・コントロール

これら各項目に関してコトラーの解説を見ていきます。コトラーによるとこの解説は、ブランドもしくは製品プランに関してのものになります。実際には、市場セグメント・プランや地域プランに関してもこれらの項目が当てはまります。

以降では、各項目の解説を見ながら、これらが、「変革目標」と「変革理念」にどのように関係しそうかを考察していきます。関係性を見るにあたり、抽象度または粒度、対象の単位といったものがとっかかりとなるかもしれません。
変革目標は、事業ごとに設定します。たとえば、自転車の製造・販売会社であれば、部品を販売している部品事業、ロードバイク販売のロードバイク販売事業です。事業ごとに、ディスラプターに対応するための対応戦略があり、カスタマーバリューがあり、そのカスタマーバリューを実現するためのビジネスモデルがあります。
・変革理念は、変革目標を集約したものであり、企業全体に関して設定されたものです。たとえば「2025年までに、4つの事業分野のすべてで、デジタルチャネルから収益の50%を得る」というものです。
マーケティング・プランは、いくつか種類があることを見ましたが、ブランドが主要な軸となりそうです。企業レベルでの、全てが集約されたプランというものは、言及されていないように読めます。

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1.状況分析

状況分析は、以下の4つの要素から構成されるとしています。
・現在の状況についての記述
・SWOT分析(強み、弱み、好機、脅威)
・ビジネス上の主要な課題
・将来についての主たる前提
現在の状況に関しては以下を行います。

製品の現状を目標に照らし合わせて評価することからプランはスタートする。製品の売上高、市場シェア、価格、費用、利益、それに競合企業の実績を過去5年間(程度)さかのぼって、統計的グラフに描く。市場環境に大きな影響を及ぼす要因についても検討を行う。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.271

SWOT分析に関しては以下を行います。

次にマネージャーは、2つのリストを作成する。自社および製品の強みと弱みを列挙したSWリストと、主要な好機と脅威をあげたOTリストである。SWリストが企業の内部に関するものであるのに対し、OTリストは外部要因に関するものである。
(中略)
企業は、実態がとらえにくい好機と脅威をもとに、どの強みをより鍛えるか、またどの弱みを補うかを意思決定しなければならない。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, pp.271-272

次に事業上の主要な課題です。課題の例としては次があげられています。

1.主要な競合企業のコストは、わが社より15%低い。どうすればこのギャップを埋めることができるか?
2.これまでの競争優位が消滅した。どんな新しい競争優位を築くことができるか? スピード? 特徴? 保証?
3.競合企業と比較して優れた顧客データベースを持っているが、その維持には多額の費用がかかるだけでなく、十分な活用もされていない。どうすればもっと有効に活用できるか?
4.ディーラーたちがいま以上の割引を要求してきているが、それを認めれば利益はほとんどなくなってしまう。ディーラーの利用を止め、顧客への直販に進むべきではないか?
5.顧客の移り変わりが非常に速い。顧客満足を高め、顧客を維持していくためにはどういった政策をとるべきか?
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.274

最後に、将来への主要な前提です。以下が例としてあげられています。

1.経済状況は、ほぼ現状を維持するだろう。失業率は6%、インフレ率は2%を維持。消費者の実質購買力は約1%上昇。
2.今年、市場は数量ベースで約5%拡大。
3.当社の市場シェアは、20から25%に拡大。
4.競合企業が価格を2%引き下げ、わが社もそれに追随。
5.主要競合企業が、購入回数に応じた賞品提供を業界で初めて実施するかも知れない。その対抗手段を準備。
6.業界に影響を与えるような新たな法規制は特になし。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.275

「変革目標」は、チェックシートを用いて各事業の「対応戦略」を決めるところからスタートしました。チェックシートでのいくつかの項目は、状況分析でのものと似ているものがあるかもしれません。ただし、用語は『DX実行戦略』の方が具体的です。DXが必要な背景(止められないデジタル化とそれを行うディスラプターの存在)とそのためのアプローチがより具体的なためだと考えられます。「ディスラプター」「バリューバンパイア」「バリューベイカンシー」「ビジネスモデル」「カスタマーバリュー」という言葉、あるいは対応しそうな概念は「状況分析」では現れません。唯一近そうなのは「競合企業」でしょうか。

「変革理念」は、関係しなさそうです。

2.マーケティングの目的と目標

次にマーケティングの目的と目標の設定です。

プランは、分析から意思決定の段階へと進む。現在の、そして来るべき状況を考えた時、企業は何を目指すべきか。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.274

目的に関して次のように書かれています。

次年度において達成可能な全体的な目的を設定する。たとえば、そのなかには次のものがある。
・マージンの改善
・市場シェアの拡大
・顧客満足度の向上
選択された目的は実現可能なものであり、かつ社内で共有できるものでなければならない。そうでなければ、戦略策定の段階にうまくつながらない。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.275

目標に関しては次のように書かれています。

目的が方向性と統制を示すためのものであるならば、それは測定可能な目標に練り直す必要がある。目標にはまず、量的な指標と達成予定日が必要である。たとえば、「市場シェアを拡大する」という目的は、「年度末までに、市場シェアを20%から25%に伸ばす」という目標に移される。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.276

「変革目標」は関係しそうでしょうか。「変革目標」では、対応戦略の決定からスタートしました。一方、「マーケティングの目的と目標の設定」では、目的と目標を決めています。関係性は出てくるような気はしますが、どのように関係するべきかは分かりません。DXの実行が企業として行わなければならない高い優先順位のものであるとするなら、マーケティングプランでの目的と目標の設定は、その実行に従わなければならないとは思われます。

「変革理念」に関してはどうでしょうか。「変革理念」は、たとえば、「2025年までに、4つの事業分野のすべてで、デジタルチャネルから収益の50%を得る」というものでした。「変革理念」は「企業全体の変革目標のアウトラインを定めた声明」であり、「変革目標」を集約したものでした。プランは、企業全体のものでは無いため、「変革理念」のほうがより上位にくる決定と言えそうです。上でも述べたように、「変革理念」が企業として達成の優先順位が高いのであれば、マーケティングプランでの目的と目標は、その「変革理念」と整合性がとれている必要があると思われます。

3.マーケティング戦略

次に戦略の選択に関わる箇所です。

次にマネジャーは、会社が設定した目標を達成するための戦略を策定する。戦略は、以下の6つの側面から記述される。
・ターゲット市場
・コア・ポジショニング
・価格ポジショニング
・トータル・バリュー・プロポジション
・流通戦略
・コミュニケーション戦略
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.276

例として、ターゲット市場を見てみます。

ターゲット市場を選定する際には、レベルによって第一次、第二次、第三次の三つに分類するのがよい。第一次ターゲット市場を構成するのは、購入意欲や頻度が高く、恵まれた所得層である。最初にやらなければならないことは、この第一次ターゲット市場をきちんと定め、アプローチすることである。所得はそこそこだが、購入意欲と頻度がそれほどでもない層が、第二次ターゲット市場である。第三次ターゲット市場は、現在の購買意欲は低いが、将来に備えてモニターしておくべき対象である。
(中略)
プランには、ターゲット市場の特性も書き込む。消費財の場合であれば、人口統計的特性(年齢、性別、所得、学歴、居住地)と、関連する心理的特性(態度、関心、意見)がそうである。ターゲット市場がメディアや店舗をどう選択しているか、そしてその習慣にはどういったものがあるかを特定することも有益であう。最後に、ターゲット市場の構成メンバーがどの場所に多く住んでいるかもプランに含まれる。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, pp.277-278

「変革理念」とはどのように関係しそうでしょうか。戦略という言葉だけでいれば、対応戦略が近そうです。しかし、対応戦略は、ディスラプターに対応のための戦略です。対応戦略のための一つ、収穫戦略はこのように説明されています。

「収穫戦略」は、危険な状態にある、もしくは低迷している事業から最大限のものを得るようにデザインした防衛的戦略だ。それは得てして「ブロック戦術」からはじまる。ブロック戦術では、顧客や提供業者、規制機関、世論形成者、資本提供者との関係を活用する。その目的は、より適切な対応策を思いつくまでディスラプションの速度を鈍化させたり、時間稼ぎをしたりすることにある。具体的には、ディスラプターの業務を中断させるための法的措置や、ディスラプターの主張に対抗するためのマーケティング活動、資金力にものを言わせてディスラプターよりさらに料金を下げるなどの手段が、これに該当する。とはいえ、ブロック戦術でディスラプションを完全に阻止できることはめったにない。
これに対し、収穫戦略は、悪い状況のなかでもベストを尽くし、低迷期間中に引き出せるだけのマージンを引き出すことを狙いとする。新たな現実に事業を適応させるには大がかりな組織再編が必要で、そうした再編には、業務の統合やコストの最適化、プロセスの合理化、生産量の低減、ブランドに忠実もしくは依存している顧客の囲い込み、マーケティングによる品質やブランド価値の強調、十分な価値を創出しなくなった製品の刈り込みなどが含まれる。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, pp.79-80

マーケティングの戦略での関心の側面と、対応戦略での関心は異なるように見えます。対応戦略ではディスラプターに対してどう対応すれば良いのかに焦点が当てられていますが、マーケティング戦略では、その点は強調させていないように読めます。

収穫戦略では、マーケティングの役割は少し言及されています。
・「ディスラプターの主張に対抗するためのマーケティング活動」
・「マーケティングによる品質やブランド価値の強調」
そういう意味では対応戦略とマーケティングでは「収穫戦略を実行するために、マーケティングの機能が使われる」という関係がありそうです。ただし、そいった関係の場合、マーケティングにおけるプランニングがどのように影響され、どうなるのが適切なのかは、分かりません。

「変革理念」は、関係がなさそうです。

4.マーケティング活動プラン

次にアクションプランです。

次に、目的と目標は、日程を決めた具体的なアクション・プランに落とし込まなければならない。すべてのプランは個々のタスクに分解されるつまり、広告キャンペーンやセールス・プロモーション活動、展示会への出展、そして新製品導入などについて日程を組むのである。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.280

「変革目標」とは、関係がなさそうです。アクション・プランに当たるものは、変革目標では扱いません。

「変革理念」とは、関係がなさそうです。アクション・プランに当たるものは、変革理念では扱いません。

5.マーケティング・コントロール

最後に、コントロールです。

設定された目標がアクション・プランによって達成できるかどうかを確認する仕組みが、マーケティング・プランには必要である。一般的に、マーケティング・プランには、月ごとあるいは四半期ごとに、目標がどこまで達成されるべきかというベンチマークが示されている。目標の達成がむずかしそうであれば、マネジャーは活動内容を変更し、戦略を修正し、ターゲット市場を見直し、下位の目標を変更するなどの施策をとらなければならない。
──『コトラーの戦略的マーケティング』, コトラー, p.281

「変革目標」とは、関係がなさそうです。コントロールに当たるものは、変革目標では扱いません。

「変革理念」とは、関係がなさそうです。コントロールに当たるものは、変革理念では扱いません。

まとめ

今回は、『DX実行戦略』でのDXの実行プロセスと、マーケティングプランニングのプロセスを見比べることで、どのような関係性があるのかを見ていきました。
・テーマの違い:『DX実行戦略』でのDXでは、組織変革がテーマであるのに対し、マーケティングでは、「市場機会を見つける」ことや「顧客のニーズを評価する」ことがテーマと言えそうでした。このテーマの違いは、どのようなプロセスを実行するのか、という違いとなって現れます。
・プロセスの違い:『DX実行戦略』では、デジタルディスラプターにどう対応するのかという視点で既存企業にどのようなプロセスが求められるか、を説明しているのに対し、マーケティングのプランニングでは、そのような視点は、少なくとも具体的には無さそうでした。
・影響範囲の違い:『DX実行戦略』では、個々の事業がそれぞれ行うこと(変革目標)を設定し、それらを集約して企業全体として達成したいこと(変革理念)を設定してるのに対し、マーケティングのプランニングでは、企業全体として集約して設定されるものは無さそうでした。この違いは、DXでの決定がより上位の決定であり、マーケティングでの決定は、DXでの決定に従う、という関係性を示唆していそうです。
・関係性の範囲:『DX実行戦略』では、対応戦略の実行時には、マーケティングの機能が必要になりそうなことを見ました。しかし、対応戦略の実行とマーケティングプランニングプロセスとがどのように関係するべきは分かりませんでした。

次回は、『DESIGNED FOR DIGITAL』というDX関連の書籍をさらっと見てみます。続きはこちら

過去の記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
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第10回はこちら。『マーケティング大原則』という書籍で紹介させている「戦略的コンセプト」をDXの視点から関係性を見ました。
第11回はこちら。DXの実行プロセスとマーケティングのマネジメントプロセスの関係性を見ました。

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