DXとマーケティングその9:『マーケティング大原則』より

分析屋の下滝です。

DX(デジタルトランスフォーメーション)とマーケティングの関係を考えてくシリーズの第9回目です。今回は、マーケティングの定義に戻って、DX、特にビジネスモデルとの関係を探っていきます。

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。

これまでのおさらい

第2回の記事では、『DX実行戦略』の書籍におけるDXの定義において、DXを構成するいくつかの要素の一つとして、「ビジネスモデル」が存在することを紹介しました。また、この定義に基づけば、マーケティングとの直接的な繋がりは見つけられなさそうなことを示しました。

以下は、DXの定義となります。

私たちは、デジタルビジネス・トランスフォーメーションを「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善するとと」と定義する。第1に、企業業績を改善することがその目的であり、第2にデジタルを土台にした変革であること。組織は絶えず変化しているが、ひとつ以上のデジタル技術が大きな影響をおよぼしているものでなければ、デジタルビジネス・トランスフォーメーションには分類されない。そして第3に、プロセスや人、戦略など、組織の変化を伴うものであること。デジタルビジネス・トランスフォーメーションには、テクノロジーよりもはるかに多くのものが関与している。
──『DX実行戦略』, マイケル・ウェイド, p.27

この定義と関連する概念を整理したのが以下の図となります。

DX_overview_汎用


DXとマーケティングの関係を分析するにあたり、各ビジネスモデルとマーケティングにおけるフレームワークである4Pとの関係を探っていく、というのが現状のアプローチになります。

DX自体をもう少し大きな視点で見てみましょう。『DX実行戦略』では、「組織のもつれ度」と「変革の程度」の軸で4つの変革を区別しています。DXは、このうちの右上に対応する話になります。DXではない例としてあげられているのは、広告部門が「新聞・テレビ広告」から「オンライン広告」に移行するような場合です。これは、古典的な変革にあたります。詳しい説明は第二回の記事を参照してください。

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『DX実行戦略』では、DXとしての変革で必要となる考えは「変革目標」であるとしています。「変革目標」無しで進める変革プログラムは失敗する、としています。各自が自分なりの変革の定義を行い、各自が好みの結果を求めるためです。「変革目標」は以下の3からなります。
1.カスタマーバリュー創出
2.ビジネスモデル
3.対応戦略
カスタマーバリュー、つなわり、顧客にもたらしている価値には、コストバリュー、エクスペリエンスバリュー、プラットフォームバリューの3つがあります。それぞれのバリューには、5つのビジネスモデルがあります。これらのビジネスモデルは、『DX実行戦略』の著者らが、デジタル・ディスラプションの仕組みを調査するために、B2CとB2Bを含む100社以上のデジタルディスラプター(破壊的な企業)のビジネスモデルを調べた結果判明したものです。
3目の対応戦略には4つあります。
・収穫戦略:ビジネスモデルの大きな変化はない。従来の変革のアプローチで対応できる(右上に当てはまらない)。ディスラプターの脅威をブロックし、攻撃されている事業から得られる収益を最大化する。
・撤退戦略:ビジネスモデルの大きな変化はない。従来の変革のアプローチで対応できる(右上に当てはまらない)。収益が枯渇したら事業から撤退、もしくはニッチな市場に移動する。
・破壊戦略:ビジネスモデル用いて、カスタマーバリューの創出を行う。DXのためのアプローチが必要(右上)。自らのコアビジネスを破壊、もしくは新しい上を創出する。
・拠点戦略:ビジネスモデル用いて、カスタマーバリューの創出を行う。DXのためのアプローチが必要(右上)。ライバルを出し抜いて新しい市場で競争に勝利する。
このような戦略の話が必要なのは、既存企業がディスラプターとどのように戦っていくのかの話であるためです。『DX実行戦略』と『対デジタル・ディスラプター戦略』では2つのコンセプトが提案されています。
・バリューバンパイア(価値の吸血鬼):自らの競争優位によって市場全体の規模を縮小させるディスラプティブな企業。
・バリューベイカンシー(価値の空白地帯):デジタル・ディスラプションによって生じた、市場で利益を享受できるチャンス。
バリューバンパイアやバリューベイカンシーに対し、どう対応していくのかが対応戦略になります。

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話のロジックとしてはこんなイメージです。

1.デジタル化できるものはデジタル化される。
2.デジタルを使いこなす新興企業(デジタルディスラプター)は、顧客にとって価値あるものを提供するために、デジタルで可能になったビジネスモデルを使う。ディスラプターは、市場規模を縮小させる傾向がある。ただし、顧客にとっては価値があるので、既存企業にとっては市場シェアを奪われることになる。
3.既存企業は、新たなデジタルビジネルモデルを導入し、デジタルディスラプターと戦う必要がある。ただし、デジタルビジネルモデルは、組織全体に影響するような変更を要求する。既存企業はデジタルディスラプターと比べて、組織的な変革を行うことが難しい。組織の規模や依存性、ダイナミズムが、変革を難しくする。
4.したがって、既存の企業は、組織変革のための新しいアプローチが必要となる。

4以降の話については『DX実行戦略』で詳しく述べられています。

今回の話

この記事の連載を始めてから、新たに気にし始めたこととしては、「ビジネスモデル」と「マーケティング」との関係にあります。DXにおいてビジネスモデルが重要な要素だというのは、『DX実行戦略』での話から分かります。経産省の定義でもビジネスモデルという話は出てきますし、他の解説記事でもビジネスモデルという用語自体は出てきます。ただし、DXの成功事例として、ビジネスモデルの視点から明確に語られることはほぼないと思われます(このあたりの分析は今後のテーマとしたいと思います)。

ちょっと読み切れてはいないですが、コトラーの著作なんかを読んでみても(索引を追ったりしてみても)ビジネスモデルの役割が一つの議論のテーマとしてマーケティングで語られることは無いのではないかと思います(こちらも調査結果として今後共有していきたいです)。

ということで、今回は、『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』(以下、マーケティング大原則)という著作におけるマーケティングの定義やマーケティングにおいて、何を中心と考えているのか、を取り上げて考えたいと思います(ちなみに、コトラーとドラッカーのマーケティングの定義は、第一回目で取り上げました)。ビジネスモデルとのつながりは見つかるでしょうか? ビジネスモデルの定義としては以下です。

組織がいかにして価値を創出し、供給、実現するかを原理的に説明したもの
──『DX実行戦略』,マイケル・ウェイド, p.76
※この定義自体は『ビジネルモデル・ジェネレーション』という書籍の定義をもとにしている

また、『DX実行戦略』『対デジタル・ディスラプター戦略』でより具体的なビジネスモデルとして取り上げられているものは以下です。
・無料/超低価格:対価を求めず、製品やサービスを無料提供。キャッシュバックやリワード。利益はわずか、もしくはゼロ。フリーミアム。
・購入者集約:人や時間に対して、コストを分散させる。
・価格透明性:価格を比較することで有利な条件で取引できる。
・リバースオークション:逆オークション形式の販売。競争入札。投げ銭方式。
・従量課金制:使用または消費した分だけ対価を支払う。
・カスタマーエンパワメント:セルフサービスを可能にする、中間業者の排除、DIY。
・カスタマイズ:製品やサービス、体験をパーソナライズする。
・即時的な満足感:製品やサービス、付加価値体験をリアルタイムで、もしくはモバイル機器など新しいデバイスを通じて届ける、非物質化。
・摩擦軽減:さらなる単純化、効率の向上、情報の集約。
・自動化:解析や低コストの労働力を使ったプロセスの自動化
・エコシステム:標準化された道具や基盤、環境、サンドボックスを提供して、他社が独自に価値を創出できるようにする。
・クラウドソーシング:参画者たちのエコシステムから何らかの提供を受ける。
・コミュニティ:受信者のネットワークやコミュニティを通じた情報の流布。クチコミのコンテンツ。
・デジタル・マーケットプレイス:個人と集団を結びつける。マーケットプレイス機能の創出。共有型経済とP2Pの力学。
・データオーケストレーター:センサーや機械のデータを組み合わせて、新しい洞察を引き出すために解析する。

マーケティングの定義の確認

『マーケティング大原則』では、マーケティングを次のように捉えています。

マーケティングはひとつの手法でも、企業活動の中におけるコミュニケーション分野のことでもなく、あくまでも商売そのものです。あえて定義するなら、マーケティングとは、①人の心に何かしらの影響を及ぼして結果的に行動を変えること、②目的達成のためにすべきすべてのことを行うこと、③成功が継続するような仕組みを作ること、です。この3つがそろって初めてマーケティングだと私は思っています。
──『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』, 足立 光, 土合朋宏, p.2

これら3つに関して、具体的には次のように述べられています。まずは1つ目。

たとえば、人の心を動かして行動を変えるという意味では、政治家が選挙で一票を入れてもらうというのも立派なマーケティングです。シャンプーを一個買ってもらうのと、基本的なロジックは同じです。
──『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』, 足立 光, 土合朋宏, p.2

続いて、2つ目です。

また、あるひとつの製品やサービスを売るためには、考えなければいけないこと、やらなければならないことがたくさんあります。つまり、マーケティングには、それらを全部考えて、必ずしも誰の仕事でもないけど必要なアクションすべてを拾って実行していくという「プロデュース」の面があるわけです。要するにその商売にかかわる多岐にわたる必要なことをすべてやるというのがマーケティングです。
──『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』, 足立 光, 土合朋宏, p.2

最後に3つ目です。

さらに、継続してビジネスが成長する仕組みを作るのもマーケティングです。「一発当てる」だけではマーケティングとは呼べません。将来もその成功を続けられる仕組みがあってこそのマーケティングなのです。たとえば、近年盛んにもてはやされている「ブランディング」も、あくまで「成功を継続する仕組みのひとつ」です。また成功の仕組みを方程式化・形式知化して、自分ではなく他の人が担当しても成功が継続するようにすることや、強い組織を作るのも、マーケティングです。こうした「大局観」がなければ、マーケティングの成果は上がりません。
──『世界的優良企業の実例に学ぶ 「あなたの知らない」マーケティング大原則』, 足立 光, 土合朋宏, pp.2-3

ここでは、2つ目の「その商売にかかわる多岐にわたる必要なことをすべてやる」という部分が重要に思えました。「すべて」というのがどこまでのことを指すのか。マーケティングとは、DXを含めて実施される、と見なすべきでしょうか。本連載では、DXでは、ビジネスモデルは重要な要素の一つであると捉えてきました。どのようなビジネスモデルを新たに導入するのか、その決定自体もマーケティングの役割でしょうか。DXはまた、定義からして、組織変革を伴うものでもあります。そのための戦略やアプローチの採用や実行もマーケティングの役割でしょうか。また、これまでの連載で見てきたように、特定のビジネスモデルを採用するとは、4Pに対する決定を行うことを意味しそうです。であるとするなら、4Pの決定は「ビジネスモデル」に影響する、または、影響されるという考えがマーケティングでの基本的な枠組みとして議論されることもおかしくありません。

もし、マーケティングがDXを含む活動だと捉えるならば、従来のマーケティングが対象としている範囲は限定的であり、その範囲はさらに拡大されるべきだということになります。

上記を念頭に、『マーケティング大原則』をもう少し読み進めてみましょう。

戦略的コンセプト

『マーケティング大原則』では、より具体的に「コンセプト」というものをマーケティング活動の中心的な原則であると捉えています。コンセプトとは、「誰に何を提供するか」として説明されるものであり、コンセプト開発のフレームワークとしてはABCと呼ばれるものがあると解説しています。
・A(Audience):ターゲット消費者
・B(Benefit):消費者便益
・C(Compelling Reason Why):説得力のある「信じる理由」
『マーケティング大原則』では、このフレームワークを進化されたものとして5つの要素からなる「戦略的コンセプト」が解説されています。
・A(Audience):ターゲット
・B(Benefit):消費者便益
・C(Category):カテゴリー
・D(Point of Difference):差別点
・E(Emotional Character):トンマナ(トーン&マナー)
これら5つの要素を定義することにより、ブランドや製品・サービス、コミュニケーション、イベントなど、すべてのマーケティングを一貫性を持ちながら、効率的に考えることができる、としています。

ここでの「すべてのマーケティング」が先程の2つ目の「その商売にかかわる多岐にわたる必要なことをすべてやる」のことを言っているのかはわかりません。ただ、第一章のタイトルが「戦略的コンセプト」であること、最初に紹介されている原則が「コンセプトこそ、マーケティング活動のすべての中心」であることを捉えれば、『マーケティング大原則』においてマーケティング活動としてどこまで含むのかの参考になります。

次回は、「戦略的コンセプト」の5つを具体的に取り上げ、DXとの関係を探っていきたいと思います。続きはこちら。

過去の記事

第1回はこちら。経産省のDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第2回はこちら。『DX実行戦略』におけるDXの定義とマーケティングとの関係について考察しました。
第3回はこちら。「無料/超低価格」のビジネスモデルを分析しました。
第4回はこちら。「購入者集約」のビジネスモデルを分析しました。
第5回はこちら。「価格透明性」のビジネスモデルを分析しました。
第6回はこちら。「リバースオークション」のビジネスモデルを分析しました。
第7回はこちら。ここまでの記事をまとめました。
第8回はこちら。「従量課金制」のビジネスモデルを分析しました。

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